285.道筋
長引くと思われた移動も、以前より快適に過ごせている。
都市を繋ぐ街道に村が多数存在している。休憩を足しても半日で村に着く場合もあり、旅慣れた足なら野営を回避できてしまう。
数日歩き続ける辺境では、ありえない経験だろう。
馬車道も整備されており、徒歩で追いつくのは諦める速度で平然と過ぎ去られる。歩きで追い抜かせる場面でも、高く積まれた建材が運ばれていく様子は目を見張るものがあった。
布を被せ、縄で縛る。積み荷で変わる運び方を眺めた事は、退屈を避ける手段になっていただろう。
自分を売り込む事も一度は想像した。
結論として、運び手として雇われる可能性は皆無だ。護衛の数は多くても、運搬用の家畜では給金が少ない。長く続ける気にもなれないため、家畜より長生きという優位も売り込めなかった。
気楽に旅を進める内に、いくつも村を通過した。
村の設備は優れている。
旅人相手というより、往来を専門にする者への商売が成り立つ。都市間の中継では珍しくない光景でも、法国だと特に進歩しているだろう。
快適に過ごせるという感想も、出費を惜しまなければという条件が付く。
貯水槽や井戸水を注ぐ暇は与えられない。
次々と現れる馬車の樽を人手で移し替える。水が詰まっただろう樽が並んだ光景には、見えない苦労も存在するだろう。
土貨数枚の取引は、こちらが立ち去るまでに何度も行われていた。
旅費や輸送量の値上がりは確定的だが、移動速度や物資の破損防止に優れている。
多忙に慣れない自分は、中央から離れたところで休憩する。
夜になっても喧騒は続くため、村の住民も暮らしを分ける。定住者の生活範囲とは壁で隔たれており、門番まで存在している。
移住者以外で壁の先を知っている者となると、牧場に運ばれる馬ぐらいだろう。疲労した個体や寿命の個体を村で買い取る。食料にしたり、農業に利用されるはずだ。
足を進める。
新しさを覚えている内に、辺境が近づく。
土を踏み固めただけの地面では、見かける馬車も速度を落とす。特別な整備が行われず、道を示すのは足跡の積み重なりである。
前後に通行人は見えず、魔物と遭遇しても自身で対処するしかない。
都市を繋ぐ街道から枝分かれした、行く先がひとつに決まった道だ。
「この辺りなら、ヴァイスを走らせても大丈夫ですよね?」
「そうだな。頼めるか?」
ニーシアから指示を受け取ったヴァイスが、早足で周囲を回る。
移動を初めてから長く退屈させていた。獣魔と野生の害獣を区別するのは困難であり、雨衣狼ほど大きい体は、遠目でも馬との見分けがつく。常にそばを歩かせていなければ襲撃と勘違いされてしまう。
移動を優先して街道から大きく外れる事も無かった。場所の確保もできず、運動不足が続いていた
「人が見えた時は、すぐに呼び寄せてくれ」
「わかりました」
次の休憩までは自由に走れるはずだ。反対方向から人が現れない限り、急ぎで呼び寄せる必要も無い。
「専用の広場が必要だな」
「柵か壁で囲んでしまいましょうか」
独り言に返事が来る。
「……ニーシア。定住が決まったら、話す時間を作りたい」
視線を向けると頷きが返ってきた。
雨による足止めも数日、泥の地面は避けられた。養生しながら日焼けのある肌は、順調に進んだ証拠だろう。
前方を警戒していたリーフとレウリファの背中が近づく。こちらに振り返ると陽気に手を振り、距離を縮めてくる。
「見えたよ」
リーフが示す遠方に建物が見える。
「直前に休憩を頼めるかな。着替えておきたい」
「わかったが、……本当に良いのか?」
「悪用するわけでもない。文句は言われないよ」
光神教の名を利用して滞在許可を求める。
リーフの提案は効果的だ。
多少の利益も、不確かな存在を身近に置く不安に比べれば足りない。
村の生活に染まる移住者でもない。これまでの村の生活を変えてまで、ダンジョンを受け入れる理由が無い。
最小の見込みで行動していた状況も、光神教の名を借りれば多少は変わる。
少なくとも、未開拓の場所に設置して近隣住民と衝突するような場面は避けられるだろう。
名を借りる以上、道理に背いた場合は徹底的に潰される。
聖者の負傷が内部的に処理された事と違い。今回は不特定の多数が知りえる話題になる。光神教も国を動かすだろう。
ダンジョンや魔物といった、分かりやすい敵がある。
今はリーフだけが光神教の指標だ。
ヴァイスも呼び寄せて、村の正面にたどりつく。
木々は遠く、見晴らしも悪くない。
人の倍ある壁に囲まれた村は大きな門を閉めきっている。元々、訪れる人間が少なく、普段の生活も通用門で足りる。害獣への警戒が強いのだろう。
「村長は今忙しいかな?」
リーフが見張りに呼びかけて、通用門から村に入る。
仕事の時間帯でありながら村人の姿がある。こちらが到着するまでに集まってきたようだ。光神教の者と知らされた後も、異様な来訪に距離を置いて観察している。
住居の方向から一人の男が早足で現れる。村人の散り散りな包囲を抜け、リーフの前まで進み出た。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
おそらく四十前後。最年長ではないが孫がいてもおかしくない年齢だろう。鍛えられた体を呼吸で揺らす様子から、労働を中断して対応に来たようだ。
村との交渉をリーフに任せるため、後ろで小さく集まっておく。
「構わないよ。先触れを出さずに来たのは、私たちの方だ」
「それで、……どういった、ご要件で来られたのでしょうか?」
身分の確認もせず服装で判断している。
光神教の名を騙った賊だとしても、疑いを見せない方が得策ではある。
リーフが紋章と身分を示しても、村長の反応は悪い。
部外者は細かい役職など無関心だ。越権行為なら光神教が内部処分するものだ。
「近くの土地を利用したい。……おおよそ村一つ分、場所の選定まで含めて、交渉したい」
百人前後の村でも畑や牧場まで収めた土地は広い。要求した土地を四人で扱うとは思われず、交渉と言われて、先触れの一団と間違われているかもしれない。
村長の指示で、村人の集まりも解散して、自分たちも村長宅に案内される。
ヴァイスの世話にニーシアとレウリファを残して、リーフと自分で村長との話し合いを進めた。
ダンジョンの存在は隠していない。
小規模なダンジョンを設置して、試験的に魔物の畜産を行う。
村の利益はわずかだ。
土地利用が村の産業に関わるから意思を確認しただけ。交渉の進み方からして拒否権が存在しないような形だった。
計画が順調に進めば食肉の提供が可能になる程度。村に近づく魔物との緩衝になるというのも交渉材料にはなりえないだろう。
人手を借りる要求があれば、村長の反発もありえたかもしれない。
「ちなみに、行商は何日くらいで訪れる?」
「おおよそ、四半月に一度になります」
「教会との連絡を頼むから、知らせてほしい」
「訪れた際には知らせを向かわせます」
「助かるよ。ありがとう」
交渉を終えると、リーフは村の生活を聞き出すようになる。税に関わる話題を避け、害獣や農作物の話題で村長の話を促していた。
挨拶程度に運んできた酒類を託して、村長宅を後にする。




