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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
10.先導編:268-295話
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282.ちぎれ雲



 私室に入ると、中にいたレウリファが寝台から立ち上がる。


 レウリファは奴隷だ。魔族の保護が主人の独断であっても、立場を利用して命令されると従うしかない。状況が落ち着くまで部屋に閉じ込めたというところだろう。

 ラナンが出動する事態になって、他の専属従者も待機を言い渡されていたかもしれない。


「レウリファ」

「アケハ……さん」

「すまない。専属従者でいられなくなった」


 胸の前で手を迷わせるレウリファに近づく。経緯を知らされず結果だけ教える。異常な状況でも拒否されずに腕の中に納まった。


「ラナンを負傷させた」


 聞こえた様子のレウリファが見上げてくる。


「庭園に住み着いていた魔族と接触していた。聖女棟に接近しているのを遠ざけようとして……。獣舎の部屋まで運びこんだ時には、ラナンたちが追いついてきていた」


 魔力を放出する手でレウリファの頭を撫でる。

 耳を通った後には頬へとそえて、表情を眺める。


「魔族は死んだが、ラナンも深刻な負傷を負った。外見は変わりなくても、アプリリスの見立てでは今後の活動を望めない状態らしい」


 内容を知れば違和感を感じるだろう。魔族を保護した経緯も雑で、聖者に怪我を負わせる状況を作った、本人が未だ拘束されず対面している。


「アプリリスは俺を聖者扱いしたいらしい。間に合わせの立場ではなく、本気で挿げ替える気だ。……だから逃げる」


 アプリリスはこちらの異常を知っていた。おそらく、出会った当初から気付いていたのだ。

 学園に通わせたのも聖者だからではない。選んだ相手が実用的な異常を持っていたから、聖者を代行できる程度まで育てようとした。


 獣舎にラナンが現れた時もアプリリスが仕向けたような様子だった。魔族の存在を知りながら、聖剣を持たせない事でラナンの負傷を誘導した可能性もある。


「以前にも聞いたかもしれない。本当に俺の奴隷でいいのか? このまま付いてきても安心から遠い、異常なだけの生活しか続けられない」


 視線をレウリファの横に外す。


「今を逃せば後は逃亡だけだ。主従を解くなら今回しかあり得ない。専属従者を続けたいなら、アプリリスへの口添えだって構わない」


 与える選択肢は、どれも劣悪だ。

 抱きしめながら語る内容ではない。


 主人の巻き添えになるため、必然的に奴隷の待遇は低くなる。レウリファ自身、次の主人を探すには不利な立場だろう。

 事情など語られない。一度主従を解かれた奴隷が厚遇を得るのは一部の特殊な例だけ。専属従者で働いた経験があるとしても恣意的に虐げられないとは限らない。


 ただ、主従を解く決断ができるなら、専属従者を続ける事も難しくないはずだ。元奴隷という関係からを抜け出してしまえば、今より安定した生活が得られるかもしれない。


「俺の元に残るなら、せめて後に死なせるよう努力はしよう」


 言葉を飾ろうとも信用が足りない。悪い主人だ。現状維持より上が存在せず、今処刑されても条件を違えることにはならない。


 私室を一人離れて、待機室を訪れる。

 フィアリスがラナンの方に向かい、専属従者も同行したのだろう。室内にいるのはアプリリスの専属従者だけだ。


「あ、貴方! 何が起こっているのよ」

「悪い、エルフェ。専属従者を辞める事になった。レウリファも一緒に抜ける」

「嘘よね!」


 エルフェが椅子から立ち上がろうとして騒音を鳴らす。両手が叩いた机の上で、ひとつの水面が揺れた。


「諦めてくれ。……仕事の割り当てを再調整してほしい。急ぎの用だけ済ませるが、今以降は協力できない」

「三……、二人で受け持つには、面倒な量よ」


 計上されなかった一人には見当がつく。


「負担についてはアプリリス様に臨時の手当を頼んでくれ。たぶん配慮してくれる」


 独り言を吐き出すエルフェを放置する。

 最悪の状況にはならない。専属従者の限界を悟れば、アプリリス自身で補うようになる。その状況をエルフェが許すとも思えず、最終的には補助の人員を求める形になるだろう。

 去り際に、読書の演技を続けるもう一人にも謝罪を残して、小さく返事を貰った。


 仕事関係の方々を歩き回った後、聖騎士の修練場に近い収容所に向かう。

 目的は半地下と呼ぶべき部屋だ。地上よりも簡単に壁を補強できて、地上部に窓を設置する事で換気も難しくない。

 脱走される場合も対応できる戦力が近くに揃っている最適な立地だ。


 地上を下りて通路を進む。


「アケハ様、面会予約は伺っていませんが?」


 出入りは必ず看守に見つかる。


「初めから予約していない。……ダンジョン騒動で魔族の協力者だった少女の部屋を教えてくれ」

「……協力できませんよ」


 移動させられているという事は無いらしい。


「妨害せずにいてくれれば、後で警報を出してくれても構わない」


 建物を紹介されていたと同様に、部屋の番号も教わっている。

 脱獄に看守の協力は不要だ。


 とはいえ、光神教の牢獄も単純という話ではない。収容される人間が普通でないため倒壊の際には救助も行われる。外部からの攻撃にも手堅い。


 個室前の二重扉には魔法による防御もあり、無断で侵入を試みれば小さくない被害を被るだろう。


 避けられず、覚悟はできている。

 一度も試さずにいた魔法を使うと、手袋と袖口が塵になって消えた。


 洗礼印の見えない手が見える。いくら魔法の制御に慣れても細かい部分に誤りが出る。自分は賢くない。

 貫手を刺して扉の開閉部分を消失させる。


「アンシー……」


 魔法の師であり、探索者としても学ぶ相手でもあった。

 こちらの異常を知りながら魔法を教えてくれた。アプリリスより先に出会っていたが、状況に混乱している今の自分では信頼を確信できない。


 二枚目の扉を叩いて、近づかないように告げてから扉を壊す。


 扉を開けた室内は意外に清潔が保たれていた。元聖女の監禁場所と比べれば安い内装だが、一般の暮らしとしては悪くない分類だろう。


「アケハさん?」

「ニーシア、出るぞ」

「……わかりました」


 椅子に座っていたニーシアが読書を諦める。模範的な態度だったのか。援助が得られない立場でも趣味が認められていたようだ。

 手元の本を本棚に戻すと、替えの衣服だけを抱えて来る。


「持ち出しは認められませんからね」


 顔で本棚を示して笑う。

 こちらの片側に寄せてから、一緒に部屋を出る。


 通路の途中で看守を見つける。


「アプリリスから知らされていたのか?」

「収容する際に、……可能性を聞かされていました」

「そうか、すまない」


 警報が出ないのは、看守側で止めていたからだろう。

 聖騎士では対処が難しいと判断された。通常装備では死人を出すだけに終わる。自分の予想もおおよそ間違いではないらしい。


 収容所を去り、獣舎に来てヴァイスを連れ出す。

 仕事に努める周囲を過ぎて、賑やかに話すニーシアと裏口までの道のりを歩く。

 庭園の終わり際に、荷物の準備を任せたレウリファを見つけて、隣にいる暇人にも気付いた。


「レウリファ、待たせたな」


 謝罪代わりに一度だけ抱きしめる。

 箱鞄が二つ、最低限を詰めたとしても一人で運ぶには苦労する。獣人でなければ最初から頼まなかった。


「それで、どうしてリーフがいる?」


 レウリファではなく、本人に視線を向ける。

 本人は間延びした声を出して、返答に間を作った。


「ま、いいや。監視役だよ、監視役。もちろん養われる以上は働くよ。こう見えて優秀だから。国を渡ったり大所帯で動くなら、相応の事務が必要だし。ここで雇って貰えないかなぁ、と」


 教会に入る以前は自分たちで生活していた。専属従者を続けて事務作業も経験しているつもりだ。

 レウリファを見ると頷きが返ってきた。賛同的らしい。


「一人増えるだけでも、助かる部分は多いでしょ?」


 リーフは数歩だけ近づく動きを見せる。


 自分と、レウリファと、ニーシア。

 それぞれに経験が足りない部分はあるだろう。貨幣で対応しきれない場面では、リーフの洗礼印も役立つかもしれない。


「……ああ見えて、自身の判断を盲信するほど愚かじゃない。暴走しないとしても監視を置く、居場所だけは把握しておきたいみたいだね」


 主人に対する物言いとは思えない。


「追跡する気か……」

「それは当然。いずれ知れる事でしょ?」


 リーフの主張は正しい。

 圏外に出る場合はまず生きられない。傘下にない国は言語の違いに苦労するため逃避先の候補にならない。本気で光神教から逃れるのは不可能なのだ。


「居場所を知らせておくのと追跡されるの。どっちがいい? ちなみに私を置き去りにすると、嫌いなあの娘が通い詰めになるかもしれないけど、……それで構わない?」


 アプリリスが追手というのは笑えない。

 離れた意味がなくなる。


「仮にも聖女だぞ、呼び方は考えろ」

「私は先輩だから良いの。アケハも教会の中なのに物騒だね」

「分かった。付いてきてくれ」


 リーフの本当の立場は不明のままだが、言葉で勝てない自信があるため、早く話題を終わらせる。

 業務中の昼寝を隠さない自己紹介を聞きながら、教会の敷地を出た。



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