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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
10.先導編:268-295話
281/323

281.離反



 小さな悲鳴はフィアリスが発したものだった。


 異常を感じて目を開けると、倒れたラナンがいて、奥に魔族が立っていた。


「……なぜ」


 覚悟は報われない。


 どうして、魔族がラナンに攻撃している。

 聖者に攻撃してしまえば後は討伐されるしかない。

 魔族自身も庇ったこちらも。


 決して光神教に敵対したかったわけではない。

 ただ、生きられる余地が欲しかった。


 隠し通せるとは思えず、口外された場合でも排他されない環境が必要だった。

 害のある力でも必要に迫られなければ、使わなくてすむ。

 平凡に暮らしたかっただけだ。


 掴み取った体を床に引き倒し、仰向けの相手を体格差で強引に押さえつける。


「どうして攻撃した! ……頼む、答えてくれよ」


 両腕を捕らわれた魔族は何も答えない。


「抵抗しろ。どうして俺に攻撃しない……」


 魔族は小さな笑顔を作るだけで、一切の抵抗を見せない。


 せめて敵意を向けてくれれば言い訳に殺せる。何でも構わない。ラナンに攻撃を通せるぐらいなら、自分程度は容易に殺せるはずだ。

 拘束が解かれた両手も、こちらに触れてくる程度で力を示さない。


 首を絞められる状態でも、魔族から攻撃の意思が感じられない。こんな一方的な立場になりたかったわけじゃない。


 もう、早く終わってくれ。

 魔族なんだ。魔物である以上は魔石が存在する。生命の支えとなる部位に、過剰な魔力を送って壊してしまえばいい。


 魔力くらい幾らでも与えてやる。こちらの魔力が先に尽きるなら、取り込んだ分で反撃してくればいい。


 いつまで無害の演技を貫くつもりだ。

 こちらは確実に殺す。反撃して逃亡しなければ生存はありえない。


 他人の魔力に全身を侵される。魔法一つで即座に壊される状態になる。抵抗しなければ自分の身を守れず、制御が奪われていく状況は魔族であろうと苦しいはずだ。


 死にたくなければ俺を殺せ。


 表情を取り繕う暇があるなら、眼前の敵に対処しろ。


 攻撃ひとつ試せば変わるかもしれない状況に、泣いている暇など無い。


「……もう死んでいます」


 声に振り返ると、アプリリスがそばに立っていた。


 笑うしかない。


 保身で行動した結果がこれだ。

 ラナンは傷つき、保護したはずの魔族も自らの手で殺した。安全を手に入れるどころか、脅かす行為にしかならなかった。


 込み上げた吐き気から、部屋の隅に逃げた。





 獣舎から連れ出されて、アプリリスの私室に閉じ込められる。無人の部屋で待たされる間も逃げる気にならず、時の鐘を聞く前に扉は叩かれた。


「アプリリス……」


 専属従者を誰も連れず、一人で入った後は扉を閉じる。椅子に座るこちらの元まで近づくと、立ったまま見下ろしてきた。

 床の方へ視線を外す。


「ラナンはどうなった?」

「生きています」


 魔族を殺した後でも、ラナンは地面に倒れ込んだままでいた。

 事件後に回収され、今は適切な治療を受けているのだろう。


「彼は、もう戦えません」


 一瞬だけ話を疑ってしまう。

 数々の戦闘を勝ち続けたラナンが、ただ一度の攻撃で動けなくなる。腕の欠損を回復できるアプリリスさえ治療を諦める。そんな状態がありえるのか。


 聖者も人間に変わりない。傷が積み重なれば活動も継続できなくなる。聖者が若くして死ぬ理由に負傷が関係しないとは言い切れない。


「反逆罪で死刑か……」


 専属従者である自分が魔族の保護を試みた結果、聖者が活動不能になった。

 明らかな背信行為であり、結果も最悪だ。


 今世代の魔族への対抗手段が失われた。

 取り返しのつかない損害だ。


「アケハ」

「従う。拘束も自由にしてくれ」

「……いいえ」


 拘束も処罰もしないと言うなら、このまま専属従者を続けろと言うのか。処遇を待つ身に告げるには随分と悪質な冗談だ。


 聖女という重要な立場なら人を誘拐するくらいは損益で補える。任務を続けるために、多少の犯罪行為を秘匿する場合もあるだろう。

 だが、現状を否定するには聖女の地位でも不釣り合いだ。


 聖者を活動不能にさせた者を処罰しないなら聖女である意味が無い。聖者ありきの聖女だと言うなら、存在価値を奪われた事と同義だ。

 犯罪行為を軽くやってのけるなら、公で裁かれる前に私刑を行うくらいが順当だろう。


 アプリリスを見上げると、見慣れた表情があった。

 表情を演じていない。


「貴方が聖者になりなさい」


 ありえない。

 代償で補える存在ではない。他者が外見を整えたところで身代わりになれない。特別だから聖者なのだ。

 形だけ整えただけで務まるなら、最初から特別扱いしていない。


 洗礼の中でも最大の恩恵がある者なのだ。同じ存在になれるなら皆喜んで聖者になるだろう。一人に制限している理由が分からない。


 アプリリスの提案は表を取り繕うだけの嘘だ。

 次に魔族の襲撃が起これば聖者の不在が確実にばれる。


「俺に命じるべき事じゃない。もっと優秀な人材を代役に充てればいいだろ」

「……そう、優秀ね」


 注目する言葉ではない。

 表に出て魔族に殺されるだけでもなければ、代役は選ぶべきだ。


「どうして洗礼も受けていないのに、優秀でないと決めつけているの?」

「そんなはずはない。魔法が使えるのは洗礼を受けたからだ」


 優劣が洗礼だけで決まるかのようにアプリリスが語る。

 それ以上に、こちらが洗礼を受けていないと断言したのは不可解だ。


「まるで知らない。他人が指摘した程度で自身の経験を疑う。魔法が使えなければ、洗礼を受けていないと答えたのですか?」


 答えない。


「……豊富な魔力量、緻密な魔力制御。自覚しないはずがない。どうして他人が魔法を出し惜しみするのか。魔力量に悩む者を知って疑問に思ったはず」


 前提の時点で間違えている。比べる相手はどれも洗礼後の者だ。洗礼を受けてないのに魔法が使える話とは別だ。


「自分は他人と大きく異なる。皆が切り詰めて扱う魔力を平然と使い捨てられる。貴方以外に聖者が務まるとでも?」


 答えたくない。


「……洗礼を受けていないのに魔法が使えるのは何故だ?」


 使徒と呼ばれる者でさえ洗礼を受けた影響なのだ。

 魔物とでも語るのだろう。


「貴方が聖者だから」

「嘘を言うなよ」

「嘘と言うなら……、私が貴方を保護する理由は何だと思ったのですか?」


 待遇を疑問に思ったことはある。都市の騒動で注目されていたとしても、未熟な探索者を専属従者に囲い込む理由にはならない。

 事件後に危険が残るとしても、遠方の都市に運んで当分の資金を与えるだけで、十分すぎる対応だろう。関係を一度きりにせず、面倒な手間をかけたのは、聖者に押し上げるためだったというわけだ。


 自分の違和感を、アプリリスの都合に従わせる義理は無い。

 勝手な狂気を押し付けてきているだけだ。

 こいつは、フィアリスが召喚したラナンを軽視している。第二聖女に降格した事実を受け入れられず妄言を吐いている。


「俺がそんな存在であるはずがない」

「なぜ?」

「ダンジョンを操れる。そんな者が聖者であるはずがないだろ」

「……そうですか」


 平然と応答される。

 アプリリスにしてみれば魔法一つで対処できる相手だ。魔族でもなければ大した敵にはならないのだろう。

 自分の抱えた不安は、聖女の吐息ひとつで終わる問題だったらしい。


「俺はお前の謀略に協力する気は無い」


 聖者の選定まで操りたいなど、光神教を乗っ取ろうとした連中と変わらない。

 聖者を召喚する事に栄誉があるとしても、外部から見れば些細な事だ。聖者と聖女がいるかぎり勝手に口論しようが構わない。


 現在の問題は、聖者を負傷させた事の処罰と、今後の任務への対処だ。

 代役を立てる案が適切でも、自分を選ぶのは間違っている。


 適切な人材を見つけるまでの使い捨ての代役であるなら、そう語ったはずだ。

 アプリリスの話は盲信だ。


「俺は敵だよ。アプリリス」


 専属従者として生きていけると期待したのが間違いだった。

 ラナンを再起不能にした自分がラナンを語るのも、アプリリスへの反発なのだろう。敵と宣言するのも言い訳だ。罪に相応しい処罰を受けれない。事実から逃げなければ生きていけない。


 話題は尽きた。席についている意味も無い。


「もう専属従者は辞める。聖者というなら勝手に決めつければいいさ。俺は聖者にならない」


 立ち上がった視点でアプリリスを直視する。


「私は諦めませんよ」

「好きにしろ、こっちも勝手に生きる」


 眼前の女も自分も正気じゃない。

 立ち去る背中を見せても、一切攻撃されなかった。



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