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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
10.先導編:268-295話
279/323

279.決壊



 扉を叩いて、待機室に入る。


「エルフェ。預かった会計簿の確認をしたい。待機を任せていいか?」

「……分かったわ」


 唯一見つけたエルフェは水回りに近い席で水休憩をしていた。

 

 フィアリス側の専属従者がいないと椅子の空きが多い。聖女が一人減った時点で、書き物机を取り合う状況はまずありえない。特にフィアリスが夜番を頼まないおかげで、夜から朝にかけては占有に等しい。

 壁の鍵置きから保管室の鍵を取って、一旦部屋を離れる。資料を取って帰ってきた待機室では、エルフェは出入りの楽な席まで移動していた。


 静かな室内で会計作業を終えて、書類を一つに重ねる。

 手帳に要連絡と書き残す。


「もう、音を立てても大丈夫だ」

「そう?」


 見ると、読書を止めたエルフェが視線を向けてきている。


「もしかして、汚れが付いているか?」

「いえ、何も……」


 視線は動かない。


「あまり頼られなくなってしまったわね」

「まあ、いつまでも頼りきりになるわけにもいかない。……と言っても、細かい部分では助けてもらうままだぞ」


 後任を教えるような熟達は諦めている。本来、世話係でしかない従者は入れ替わりが少ない。教会事情に疎い人材が入るでもなければ教わる一方だ。

 聖女が任命権を持つ役職でなければ、早々に外されていただろう。最初から光神教に関わる事も無かったかもしれない。


「そうね。……時間だから顔を見せに行くわ」


 エルフェは室内の時計を見て話す。


「一緒に行く。書類を片付けるまで待ってくれるか?」

「わかった。私も食器を洗わないといけないから、急がずにね」


 予定を決めた事で、同時に立ち上がる。

 資料室に書類を預けた後、待ち合わせたエルフェと廊下を進む。


 歩調を合わせて、行く先の内装を見渡す。

 足音は薄い絨毯に隠れる。開いた窓から風を取り込み、昼中の光が屋内の影を薄めている。


「エルフェも魔法を使えるんだったよな?」

「最低限ね。教会勤めで義務的に学んだものだから、実践ではなく知識寄り。貴方みたいに普段使いできるほどではないわ」


 あくまで専属従者は日常の世話係だ、武術や魔法の技能も必須ではない。

 戦闘参加を求められない以上、聖者や聖女に関する魔法の知識も得られない。正確な情報が手に入るとすれば、聖騎士や教育係、宝物庫の管理人くらいだろう。


 戦力を探るには不適な立場でありながら、実際の戦闘風景を見た。

 実益は少なくとも十分な成果だ。


 聖者は光神教が語るまま、魔族に対抗する力として活躍をしている。敵対されるわけにはいかない。


「普段使うものでないなら、どういった用途になるんだ?」

「手元の明かりを足すか、ちょっとした自己防衛くらいね」


 照明も防御手段も、日常生活での実用性が高い。

 少なくとも探索者が欲しがる技能だ。明かりの調達に困る野外では、少しの燃料も緊急時に備えたくなる。


「便利だな」

「まあ、使えば便利よね」


 魔法は一度使うだけでいい。奇襲の有無が大差を生む。

 多用される戦いの時点で普通はありえない。


「……アケハも無理はしないでね」

「どうした」

「ほら、聖者の活動も本格的になるでしょう? 魔族の動向も怪しくなってきたから、この先、危険な場面も増えてくる」


 主張は正しく、聖者は国を襲う魔物を排除するだけではない。いずれ圏外へと旅立ち、魔物の王を討伐しなければならない。


 魔族の意図は不明だが、その活動頻度には偏りがある。最近になって被害が連発している事も、歴代の記録を知れば断言できるほどの特徴だ。

 統率者の発生が影響している。


 近い数世代が討伐に失敗しているわりに、魔物の王の活動は世代を越えない。致命に届かずとも大きな損傷を与えて、長い回復期間を要していたのか。魔族の中でも競争があり別の存在に取って代わられたのか。

 自分は詳しい事情を知りえる立場に無い。


 限られた情報の中でも、推測できる事はある。


 ラナンとフィアリスが続けている訓練の日々は、危機が迫れば形を変える。

 彼らの今の姿は仮初だ。半端な時期に加わった自分も、聖者の活動からすれば始まりの出来事でしかない。


「遠征なんて付いていくものじゃない。大抵は死に場所を探すようなものなのよ。一度向かってしまえば、聖者や聖女でさえ生還を見込めない。聖者の遠征は、各国が支援する遠征とは訳が違う」


 元探索者で野営の心得がある程度では足りない。

 戦力が足りなければ邪魔になる。

 

 洗礼において聖者と聖女は別格なのだ。 

 魔族の討伐に人生を捧げる、彼らの助力になるとすれば訓練を続けてもらうための支援だろう。半端な戦力は魔族の前では邪魔になるだけだ。


「次の仕事でも探しておこうかな」

「どうして、そこで辞める話になるのよ……」


 戦闘技術は戦士として劣る側だ。

 唯一誇れる魔力量を活用できなくなるなら、貢献できる部分が減る。


 身軽な一人だから価値があった。

 教会で補給を行うだけなら、既に十分な人材が集められている。日頃から武装を管理する者がいる。一人に限る理由も無い。


「貴方は自信を持ちなさい。事務作業もできないわけではないでしょうに……」


 呆れを示したエルフェは、すぐに態度を緩める。


「元々、戦闘なんて兵士に任せればいい。私たちの仕事は教会での生活を支える事。外の事を心配しても、無駄な負担になるだけなのよ」

「……意外と嫌われていないんだな」

「冗談よね? 態度が硬くて面倒な部分もあるけど、顔見知りを新任させるほどじゃないわよ。私が嫌いと言った事ある?」

「いいや」


 首を振って否定する。

 エルフェが見たかは不明だが、納得した様子で歩いている。


「それに私たちは見届け役になるかもしれない。……聖者の寿命は知っているでしょう? 聖女も負傷によっては活動が難しくなる。私たちは彼らの死にゆく姿を眺める立場でもあるのよ」


 遠征での負傷で、帰還後が療養生活になる場合もある。

 健康状態を調べる医師を常駐させるようになり、生活の不自由を専属従者が補う形になる。聖女棟は事態を想定して余裕のある設計がなされており、自分も移動式の寝台の保管場所や扱いを確認した。


 聖者や聖女の生きた姿をそばで眺める仕事だ。

 今は死ぬ姿が想像できなくても人間には違いない。歴代と同じ結果になるなら、専属従者は死を見届ける役になる。


「主人が去った建物の維持を、知らない人間に任せるのは嫌よ」

「……そうだな」


 思い入れが生まれるのも当然だ。

 聖者も聖女も、人としての生活がある。身近に仕えれば情も湧く。異常な部類のアプリリスでさえ職務に努めており、貢献を疑う者はいない。


 次の世代にも使われる。光神教が擁立する者の施設だ。エルフェも後継の管理者が粗雑に扱うとは思っておらず、少しでも知っている者の手で対処したいのだろう。

 簡単に辞めると嫌われるらしい。


 エルフェが機嫌を取り戻して移動を早める。

 慣れない歩調に合わせる途中、過ぎ去る光景に違和感を覚えた。


 足を止めて横を見ると、窓の外に黒い存在が見えた。


「アケハ?」


 蝶だった。


「エルフェ……。済まない。忘れ物をしたみたいだ」

「え――」

「取りに戻るから、構わず先に向かってくれ」


 数歩の距離が詰まる前に、背を向ける。

 急ぐ足を抑えて、来た道を戻った。



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