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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
10.先導編:268-295話
278/323

278.根源



 光神教の活動資金には個人や国からの寄付が含まれている。

 市民生活では洗礼の際に経験する。教会側に数枚の土貨を渡す。村が世代ごとに子供を連れていく場合にも、まとめて寄付を行うらしい。


 少々の身体強化でも生活改善にはなる。魔法を学ばずとも利益が少なからず存在するため、あえて嫌う者は少ないだろう。洗礼印の種類や色で個体差が現れるとしても、農作業や荷運びが少し楽になる。

 基本的に洗礼で損をする者はいない。洗礼の印が特別だったりして生活を一変する例外は想定しておらず、寄付以上の利益があるため快く受け入れている。


 洗礼で特別視されている聖者や聖女を、洗礼を広めた光神教が養う。教義に沿う形で魔物に対抗する力として歴代が実績を残しており、今代にも活躍が求められている。


 聖女の専属従者でありながら、光神教の教義に背く。

 自分は専属従者ではない。


 自分を偽らず目標のために行動できる。何もできずに状況に流された以前よりは良いとしても、外から見れば害でしかない。

 主体的に動ける達成感に満足するのは自分だけだ。


 魔族の保護は明らかな背反だ。

 専属従者の権限を越えており、光神教の存在意義にも影響する。魔族が暴走してしまえば、反逆者として個人が処刑されるだけでは済まない。

 聖者への妨害行為でしかなく、専属従者として確実に間違っている。


 すべて自分だけの都合だ。


 専属従者として貢献し続けるなんて、安全な手段では足りない。

 破滅を恐れて不安を抱え続けるより、一度でも解消した実績が欲しい。専属従者を引退した後も怯えて暮らすくらいなら、結果や成果が欲しかった。


 だから、保身の為に魔族を利用した。


 ダンジョンを操作できる事実を語れない段階よりも悪化している。

 知らない存在なら新しい待遇を考えられるかもしれないが、既存の対処を否定するのは困難だろう。

 無害な魔族など誰も求めていない。教義に当てはまらない例を知ったところで区別は困難であり、今の自分と同じ環境を皆が整えられるはずがない。


 少なくとも一人では不可能に近い。姿を隠せる魔族だったから。獣舎に個人用の部屋があったから実行できた。


 魔族と人間、双方の条件が揃う場合など想定する方が間違いだ。

 これまで魔族を見た経験から分かりきっている。自分だって、魔族の蝶が姿を隠せなければ試そうとも思わなかった。


 魔族の為に、誰にも知られない部屋を用意できる者は少数だろう。都市が主導したとしても、反抗時に鎮圧できる環境を整える必要が出てくる。


 実現性に欠けた案だ。

 定期的に観察して光神教への敵対意識を確認する。対象の魔族が安全だと判断できるまで、どれだけ期間をかけるのか。

 一度の攻撃で都市を崩壊させる可能性まである。今の自分のように本心を隠して行動されてしまうと対処もできないだろう。


 無害だと判明した後に十分な見返りがなければ誰も認めない。ようやく受け入れた無害な魔族に対処費用を請求しなければならないわけだ。

 魔族への待遇は最悪だろう。


 一度成功したところで次は試せず、成功する価値は存在しない。


 魔族も人間も得をしない。

 半端な自分だけの利益だ。

 背信の事実は変わらず、行動意図を疑われても処刑されるだろう。


 死にたがりというのは全く正しい。

 今の鬱屈が死ぬまで続くなら耐えられる自信は無い。


 必ず報われる行動に限りがあるなら、変わらない不安を解消してくれるかもしれない未知にすがるしかない。


 根本のところが解決しないため、慣れも諦めも満たされない。専属従者を一年以上続けても聖女棟での暮らしに違和感を覚える。


 アプリリスが自分を雇った件は失策だろう。

 危険人物を養う。事態の緊急性からすれば失敗とは言い切れないが、元は素人だったという要素を含めて、雇用に向く人物ではなかった。

 各所に連れ回すにしても専属従者という名目で邪魔は多かったはず。


 聖女であっても、都合よく条件が揃うとは限らない。聖女同士の対立を見れば、特別な印も性格を保証するものではないと分かる。


 一人でも生き残れば支援に足りるというなら、洗礼を授けた女神は意外に柔軟な考えをしている。

 対話できたなら、できる者がいるなら傲慢にも尋ねてみたい。

 無害な魔族はいるのか。自分が人間の仲間として暮らしていけるのか。おそらく答えを受け取っても素直に従えない。人民の個々の考えを否定してまで、実現するものではないだろう。


 近づく足音を聞いて、振り返る。

 廊下の奥から歩いてくるのは、使用人の長を務めている女性だった。


「アケハ様。……半期の会計確認をお願いします」


 使用人が名前を呼ぶ。正面に到着した後には手にある封筒を差し出してきた。

 封筒に収められているのは紙の束だ。上部には留めがあり、覗いた表紙にも会計用の印が押されている。


「リューネ、確かに預かった。今日中に確認して連絡させてもらうよ」

「かしこまりました」


 この後は、末尾の合計費用を別の用紙に書き写して、全体で合算した物を秘書課に届ける。

 あくまで聖女棟の総括であり、聖女個人の会計は別に手配する。フィアリスの専属従者には、できるだけ主人の対応に専念してもらう。ラナンと相性が良い分、従者同士の連絡も忙しくなる。


「……会話する暇はあるか?」


 封筒を小脇に抱えてから質問すると、待機している使用人から肯定を聞く。


「仕事の口出しになってしまうが、経費の変動が少なくないか? 掃除道具が新品になる場合でも、特別記載があるわけでもない。……細かい出費は積み立てから対処していたりするのか?」


 鑑識眼を持たない自分は、各々の費用には目を向けない。過去と比較して、大差があれば情報誌を思い返したりする程度の作業だ。

 一年ほど専属従者を続けている今でも、生活に贅沢を感じており、費用が数値で表される場合には探索者の頃を基準にしてしまう。


「いえ、店と契約して、一定額を支払って整備を任せています。個別に対応する場合、どうしても修理に遅れが生じますから、予備を含めて期間毎に交換してもらう形になっています」

「知らなかった。数が多いとそういった形になるのか……」


 道具を共有するだけなら街の生活でも少なくない。おそらく、予備を持つまでは考えられても、期間ごとに支払う形にはならないだろう。

 教会の清掃は細かく、毎日行うために使用頻度も一般とは異なる。


 個人で例えるなら、壊れた道具の下取り後に修理品を買うようなものだ。修理を頼んで数日待つより時間の節約になる。

 街への移動は馬車であり、他の予定もまとめて行うなら店で待機するのは難しい。


 実際に馬車へ積み込まれる光景を知らなければ想像付かず、荷車程度では行商と勘違いする。

 少なくとも自分は、教会が契約するような店に向かわない。教わる以外で知る機会は無かっただろう。


「もちろん、交換前の状態も報告しない部分で記録しています。破損が個人の責任であれば給与に関わる場合もありますから。……私が入る以前から続いていたそうなので、かなり古い制度だと思いますよ」

「複数の店と契約する形になるか。一度で済むとはいえ、運ぶ苦労がありそうだな」

「過去には運搬までを、一括で組合に頼んでいた時期もあったみたいです。諸々の事情で取り止めになったと聞いています」


 個人の作業量には限度がある。専属従者も毎日の作業確認を行うだけで、使用人の細部にまで目を通すわけではない。

 身近にある事柄も多くは見逃している。


「新しい道具を揃える場合には出費が増えるか……」

「店から試用を頼まれたり、こちらから要求したり。……個人が街で見つけてきた事もあります。導入を検討するために少数だけ購入して皆で試す。積み立ての用途はそのあたりになります」

 

 仕事上の交際費だけではないらしい。積み立ての内訳を知る必要性は低く、部署の資料を精査するのは膨大な作業になる。


「確かに、見つけてきた個人に負担させるわけにもいかない。結果として教会の利益になるなら惜しまず経費を渡すべきだな。道具ひとつも個人では中々買えない。教会としても一度の失敗で諦めてもらいたくないし、持ち込まれる機会を失うのは避けたい……」


 話す内に口が重たくなる。硬い表現ばかりだ。


「快適に働くためなら、使われない事の方が困りそうだ」

「ですので、ご容赦くださいね」


 陽気でない顔付きに笑顔が増している。

 女性の変化に自分も合わせる。


「なにも、気分で変えられるものじゃない。変な真似をして責任を追及されるのは目に見えているよ。不満を溜めずに過ごしてくれる以上に良い事は無い」


 聖都に到着してからの付き合いは長い。

 彼らの信用も奪う行為を続けている。


「話で足止めさせて悪かった。また変な質問をするかもしれないが許してほしい」

「いえ、知りたい事があれば聞いてください」

「ありがとう」


 礼を見せた使用人が廊下を去るのを眺める。

 後には窓の外にある庭園を見て、ため息が出た。



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