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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
10.先導編:268-295話
277/323

277.扇動



 魔族の蝶を観察する。朝は清掃作業で時間が余らず、庭園で遊ぶ余裕のある昼になって、必要な道具を持ち込んだ。


 個室に入って、まずヴァイスを撫でる。

 寄りつく動きは平常で、顔を触れるついでに口内の健康も確かめる。自分と接する以外は一体で過ごす。群れで生きる生物には厳しい環境でも、不安や疲れを見せてこない。

 室内に暴れたような痕跡は見つからず、いくつか玩具が散らばる状態から運動を嫌っていない事も分かる。


 ヴァイスと触れ合う間に、部屋の通気口から蝶が入り込んでくる。

 こちらの訪問に合わせて侵入する。ヴァイスの警戒が薄いため知らない内にも訪れているかもしれない。

 壁ぎわの小物に降り立った後には、羽を小さく動かして留まっている。


 ひとしきりヴァイスとの接触を終えて、魔族の蝶へと近づく。


「話せないのか?」


 魔族の蝶から返事は来ない。

 手を差し出すと、こちらの手の上に移動してきた。


 部屋の中央に座って、手に乗った蝶を見つめる。

 常に正面を向けてくる。普通なら飽きて飛び去るほどの時間が経っても、蝶は姿勢を直す程度だ。


 試しに手から魔力を放出してみると、蝶は手の上を離れて少し先の宙に留まる。

 小さな円を描くように飛び続けていると、最後は地面に落ちて姿を変えた。


 小盛りの塊から、黒衣を着た人型になる。


 座った姿勢で見つめてくる魔族の小脇に、ヴァイスが移動する。体が大きな雨衣狼に逃げも怯えもしない。肩に頭を押し付けてくる行為を脅威と思っておらず、ヴァイスに対する嫌悪は無いらしい。

 小さな笑顔と共に伸ばした手を、ヴァイスに避けられている。


 自分が接近すると、魔族の顔はこちらに向かう。


「何か話してくれ」


 言葉は伝わらない。

 目の前で手を動かしてみると、視線で追っていた魔族は自身の手を重ねようとする。途中に呼びかけると視線が動くため、音には反応しているだろう。


 手を重ねてみると、肌の表面に相手の魔力を感じる。魔族が真似をして魔力を放出している。魔法が使えるのだから魔力の扱いは慣れたものだろう。

 魔族の無傷の手には、人同然の指紋もある。


 思ったより清潔が保たれている。

 床に直接座ることに抵抗が無い。潔癖でないわりに衣の汚れは端に付着した麦わらくらいだ。活動中の探索者にありふれた、汗や垢を蒸した臭いも無い。

 定期的に体や服を洗う習慣がある。どこかに隠れ家を持っているか、姿を隠して教会の施設を利用しているのかもしれない。


 こちらが手を引くと、魔族の手は追いかけようとして諦める。

 笑顔は薄れて、眉を落とした表情が残った。


 一度、離れた位置で休んむヴァイスへ視線を向けてから、準備してきた道具を取ってくる。


 魔族の前に戻り、床に道具を広げる。

 紙と筆。意思疎通のために準備してきたものだが、言葉を声で理解できないなら、関係する文字も期待できない。

 二つ用意した筆の片方で字を書いてみても、魔族は見ているだけだった。


 そもそも、筆の持ち方を知らない。

 掴み取るくらいは可能でも、書く際の筆の持ち方にならない。教えたところで不安定に崩れるため、筆先を意識して動かす余裕も無いらしい。

 どうにか書ききった線も歪だ。


 不便だ。

 魔族同士で会話できないなら、人間を滅ぼすなど到底できない。魔族一体で大量の人間を殺せるにしても、一度きりではなく、二体で協力して生還して襲撃を繰り返せばいい。

 そもそも、魔族であったサブレとは会話が可能だったのだ。目の前の個体だけ意思疎通に難があると思うべきだろう。


 筆を返してもらった後に、魔族の手を取る。

 一緒に立ち上がらせると危うげでも直立する。

 人型の状態に慣れていない。

 

 魔族は床にある道具を回り込んで、抱き着いてきた。

 力に緩急がある抱擁も、魔力を与える内に収まる。抱え上げるのも容易な体重を預けてくる。

 魔族の背後へ慎重に腕を伸ばして、肩と背中を支える。


 騙されているなら手に負えない。

 抱擁を解いて身をかがめる。

 視線が合わさる存在は魔族だ。少女の外見でも人間ではなく、蝶の姿に変わるだけで異常なのだ。


 魔族問題ばかりに時間を割けない。日常通りにヴァイスと軽い運動を行い、昼の休憩を使い切る。

 魔族は、部屋を出る間際でも人型を保っていた。


 庭園を歩く中で、晴れ続きの空を見上げる。

 雨の日は獣舎の近くに留まるのか、庭園の木々の下にいるのか。自分に関与しない事柄で思考を紛らわる。


 当然だが、魔族への対処には限界がある。

 出自の不確かな相手にどこまで対応できるか。


 能力の限界は明らかだ。魔法による魔族の判別に対応できない。適性が無いため自分で件の魔法を扱えず、回避する手段を探せない。

 匿えるとすれば獣舎の中だけであり、存在が広まるようなら切り捨てるしかない。


 手に余る案件だろう。

 本来なら即刻に報告すべきことだが、自分の利益のために危険を増やしている。

 自覚はある。


 魔族の判別など光神教の関係者しか知らず、習得した者の協力は得られない。

 そもそも、無害な魔族を生かしたがる者は自分くらいだ。

 魔族に特別な価値があるとしても、今は知らない。交渉材料にはならない。


 愚かとしか言えない。

 無害な魔族もいるなんて証明のために光神教に抵抗している。

 教義に背く以上、反逆だ。


 ダンジョンを操る存在、害になりえる存在の保護を求める。

 自分の安全だけ追えば苦労も少ないのに、見込みの安全を得るために魔族にまで手を出した。

 予想を立てるためとはいえ、戦力を探る先兵のように扱っていないか。


 失敗すれば、レウリファやヴァイスに被害が飛ぶ。

 光神教で自分の同類を探るだけに満足していればよかった。ニーシアが解放されると知って十分な成果を得たはずだった。


 どれだけ待遇が恵まれようと、新しい不安を探す。

 専属従者になれただけでも待遇は良い。途中で解雇されようと慎ましい生活を送る資金を得られる。


 自分の挑戦は全てを崩す。

 それでも不安を解消したい。

 これまで自力で達成してこなかった。

 自分だけが特別で、他の誰にも解決できないと信じている。


 特別意識も過ぎると破滅的だ。

 見切りをつけるべきだろう。


 聖女棟に入る前に服装を見直す。整わない言葉遣いも意識する。

 一歩進んだ自分は専属従者になる。



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