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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
10.先導編:268-295話
272/323

272.指針



 アプリリスの変装が通用している。

 街中の行き交う一瞬で、人を見分ける。普段は服装で区別される教会関係者だ。私服姿を想像する者は少なく、至近距離でなければ聖女であろうと気付けないだろう。

 仮に見抜かれていたとしても、呼び止める者がいなければ、不都合にならない。


 教会周辺を離れて、いくつか通りを過ぎれば、足での移動を諦める。予定通り、乗合馬車を利用する事にした。

 目的地は聖都の外だ。今回の休暇は多くを移動に費やすため、少々の出費で朝の人混みを避けられるなら、進んで用いるべきだろう。


 中央から離れる順路でも、乗り合わせる客は多い。待機の列が短かったとはいえ、馬車の到着を見て駆け込む客はいた。

 停車のたびに、席は埋まる。乗客は入れ替わる。


 街の一番外に向かう自分とアプリリスは、帆馬車の奥の席に移っていた。


 座席の下にある荷物から、水筒を取り出す。他人を警戒させる魔法は使えない。面倒でも道具を取り出す。

 隣で小窓から街を眺める、アプリリスにも水を勧める。


「この辺りに、お菓子の店はあるのか?」

「区間二つほど離れた場所に、付き合いのある店があります。他用の人混みを避ける一歩外れた立地なので、ここからでは覗けませんね」


 これまで街で暮らす内に、お菓子を買いに行く機会があっただろうか。

 専属従者として過ごす中で間食として消費する。自分は随分と手慣れたものだ。俗に従って、変化できている。


「客が集まるといえば市場だが、菓子折りに親しい客層となると異なる雰囲気があるだろうな」

「私も取り寄せているだけなので、詳しくは語れませんね。……手紙で伺うところでは、生活音を探したくなる閑散があるそうです。横切る足音を耳で追う。時折聞こえてくる会話を背景に、馬車が通り過ぎる。好んで訪れる絵描きも多いそうですよ」


 お菓子を買う人物が、市場の端で売られる出来合い料理に群がるとは思わない。

 個人的に消費するだけでなく、他家へと持ち寄る。見栄と礼節を重んじる部類だ。頼んで取ってくる使用人も仕事であり、群衆の一人として扱われる意識は無いはず。


 どうにも、人を遣う方が手軽というのは理解に遠い。


 視点を車内に戻したアプリリスは、自身の水筒を受け取る。

 毎回少量ずつ、口を潤す程度に水を飲む。


「お嬢様。外を見るのはお好きですか?」

「……あら、貴方もこもりきりで珍しいのではなくて?」


 アプリリスの外出は聞かない。聖女棟から出る機会も、重役との面会くらいだろう。今回の休暇を組んだ事でも、知るかぎり初めてである。

 街並みを見回す様子は、普段のアプリリスに似合わない。


「これでも側仕えなので、立場はわきまえているつもりですよ」

「そう都合よく利用して、……普段の粗雑さからは想像できませんね?」

「リコ様、努力はしているつもりですが、どうにも私には難しいようです」

「まあ、随分と謙虚な心構えですこと」


 普段の思考の読めない表情より、悪戯な笑みの方が安心できる。外見の違いだけで中身は変わらないというのに、随分と自分は騙されやすい性格のようだ。


「アケハ、そろそろ終着のようですね」


 街並みが変わる頃に、乗り換えを行う。

 馬車の順路は区域で分かれている。都市を横断するような者は少なく、一定範囲を循環させる方が需要に適する。

 一目で判別できるよう、相乗り馬車の外装には、一部に走る区域を示した塗装がなされている。


 街道を渡る際も同じ。壁の内と外では環境が異なる。必要な設備が異なれば、担当する人間まで変わってくる。


 法国は街道の整備が進んでいる。

 往来は多く、多少不便な場所でも商売を行う価値は生じる。これも圏外から遠く、外の脅威が少ないためだ。


 村の経営する宿泊施設は大きく、個人で都市を渡る場合にも困らない。野営道具を持たない人が現れるのは村も理解しており、相部屋への素泊まりを断られる事はまずない。最悪、村の隅で野営すればいい。安い食事一回分、土貨数枚で少々の設備不足は補えるだろう。

 街道馬車は、村の宿屋と契約して常に部屋数を確保している。おかげで乗客が宿選びを迷わずにすむ。宿代も本来より安くなるらしい。


 教会で住み込むようになり、通貨のやり取りは減っていた。実際に触れて数えてみると、専属従者の稼ぎは、街中で生活するには異常だと自覚できる。光神教内での交流が少なく、獣魔関係の出費でも貯金が減る状態にはならなかった。


 村に到着したのは夕方だ。

 夜にも馬車は運行しているが、急ぎでないため利用しない。朝から活動していた自分たちには睡眠が要る。いくら治安が良いとしても、無防備な姿を他人に見せたくない。

 持ち物を失えば目的は果たせなくなる。とはいえ、誘拐されずに済めば身分を明かして帰還できる。比較的、安全な旅路だ。


 食事を済ませて部屋に戻れば、後は寝るだけだ。


 部屋に入る瞬間は、廊下や窓の外の方が明るい。連れ込むアプリリスのために、魔法で光球を生み出して明かりを足す。

 無人の間は照明用の魔道具も消灯してある。廊下が明るい以上、食堂まで照明具を持ち込むのも面倒だった。


 寝台二つに家具少々。聖女が利用するには貧相だが、最低限は足りている。

 持ち込みで布一枚の仕切りを設置すれば、残る問題も解決した。


 アプリリスは寝台に向かうと、仕切りの無い部分に座った。


「お湯は用意しよう」

「お願いしますね」


 桶は既に用意してあり、後は魔法で水を生み出すだけだ。井戸や食堂を往復せず、捨てる時だけ部屋を離れることになる。


 魔法は便利だ。

 両手で抱える荷物しか持たないため、服の替えは少ない。必要になる洗濯も、乾燥の部分はアプリリスが短時間で行ってくれる。

 自分も真似できなくないが、焦げや破損は免れない。


 準備が整ったところで、アプリリスは仕切りの奥に隠れる。

 自分も服を脱いで、桶に浸けた布で体を拭く。


「アケハ。……窮屈なら、一緒に逃げてしまいませんか?」


 アプリリスが不意に話題を出した。

 思わず振り返ったが、仕切りに隠れて姿は見えない。


「急に、どうした?」

「どこか疲れているように見えていた……」


 作業の手を止める。


「いつも何かに追われている。行動の裏に焦りと不安がある。……一度離してみれば、悩みは解消するのではないかと思っていたのです」

「今回の遠出も、その一環なのか?」

「はい」


 戦争直後に護衛を付けずに出歩く。度々、私情の休暇も認められた。単独行動が許されてきた理由には、雇用時の騒動以上に配慮があったらしい。


 優遇を強制したわけではなく、こちらの私情を黙認してきただけなので不満は言えない。今回の旅に関しても、元より情報の主導権はアプリリスにある。


 元第三聖女から貰った鍵が教会関係の品だった。こちらの不手際で所持が発覚し、アプリリスが話題に挙げた。

 会話だけで済まさず、直接現地に向かうのも悪い手段ではないだろう。提供側が開示手段を選んだところで本質は変わらない。嘘偽りで騙そうとしているわけではないのだ。

 たった数日の遅れで相手を拒絶するほど、焦りに不慣れではない。


「私が一緒に向かえば、何かを変えられるかもしれません。不遜だとしても協力したい……」

「心配しすぎだ」


 アプリリスに出会わずとも、同じ事態に陥っていた。

 欲しい情報を探れず、かといって賭けに出るには保身が惜しい。専属従者という立場が特別悪いわけではなく、早いか遅いかの違いだ。

 専属従者になった理由の一因を、アプリリス自身が担っているから思い至ったのだろう。


 第一、厄介者の従者一人に懸念しすぎだ。

 十分な補助は受けている。他の専属従者からも指導を貰えている。全ては聖者ありき、聖女ありきの専属従者である。こちらの能力が足りないだけ。雇い入れる際の諸事情さえなければ、人を入れ替えるだけで解決した話だ。


「辞める気は無いよ」


 一口に無関係と語っても、アプリリスは認めないだろう。既に認知された心情だ。解消されなければ再び追及される。

 だが、負担を与えておきながら専属従者を続けるのも変な話ではある。


「今の地位を降りたとしても、これまでの貢献は無くなりません。大半を押収されても、慎ましやかに一生を過ごすだけの資産は認められるでしょう。そうでなくても、逃げ延びるだけの能力はあるつもりですよ」


 聖女を辞められるかの答えは既にある。

 ロ―リオラスしかり、アプリリスしかり。聖者との不仲や背信行為があれば、聖女は地位を失う。他家との婚約も降格させるための方法だろう。

 いくら魔物への強力な対抗手段とはいえ、生死が関わる活動に不安要素を残すわけにもいかない。


 アプリリスの懸念がロ―リオラスの反逆であったなら、本筋は解消している。任務である魔物の王討伐も、ラナンとフィアリスの仲が良好な限り、問題無しと判断しているのだろう。

 予備としてロ―リオラスも収監できているため、光神教にとってアプリリスの存在は既に必須でなくなった可能性もある。


「嫌いに思われていても、役に立ちたいのです」


 ただ、アプリリスの提案は受け入れられない。


 たとえ、今後、光神教と敵対するとしても、今の立場は捨てられない。聖女一人をどうにかしたところで勝ちは遠く、武器を持たない程度でアプリリスを圧倒できるとも思わない。

 ダンジョンを操る者が隷属されては意味がない。地位を勝ち取る。他人に認めさせる手段を探しているのだ。


「いつ解消できるかは分からない。でも自力で達成すべき事だと思っている。本気で許容できないなら言ってくれ。その時は素直に辞める。そうあるべきだ」

「はい」


 ダンジョンを操る事が、街の諸問題より軽視されていたなら、本当の徒労である。実際問題、ダンジョンでの死亡数より、病気や火事、労働災害の方が被害は深刻だ。

 自分は社会の悪を誇称して、特別扱いを求めているだけなのだ。


「アケハ、約束してくれますね?」

「……約束する。リコ」


 一方的な要求のはずが、合意の元での約束される。

 解決を諦めるつもりはないが、多くを依存している実態がある。


 アプリリスに本心を告げるだけで楽になるのかもしれない。

 一瞬で眠らされるのだ。殺すのも一瞬だろう。


 ひたすら、布一枚で隔てられた奥を覗きたくなった。



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