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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
1.意思編:2-37話
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27.雨の旅人



 石臼をゆっくりと回す。レウリファは既にニーシアのところへ向かった。

 力をかけ続けていると臼の脇から材料となる粉が出てくる。料理に慣れていない自分が手伝うとすれば、材料の準備ぐらいだろう。

 お菓子に使う麦は長期保存のために、もみ殻の残る状態で保管している。料理に使う前に加工しておく必要があったので、すり鉢の中で潰して殻を外し終えたものを、石臼の上側にある注ぎ口に落とす。

 石臼で一度に加工できる量は多くないため、何度も分けて麦を注ぎ入れる。

 たき火の傍で鍋をかき混ぜているニーシアも作業を続けている。向こうはお菓子に使う砂糖を作っているらしい。途中でレウリファと交代する様子もあり普段の料理以上に疲れるのだろう。

 ビツ芋を刻んで鍋に入れて煮詰めていて、加工時に捨てられたビツ芋の表皮は配下たちの腹の中に入った。

 用意した麦の粉を布に包む。使い切る分だけ毎回加工するのが普通だと彼女たちから聞いている。都市の方では両方の材料が加工された状態でも売られていた。加工代金を払う事も納得できる。

 鍋を持っているニーシアの元へ向かう。たき火から遠ざけられた鍋の中には茶色い砂糖ができていた。

「アケハさん、お疲れ様です」

 自分は離れてから体をほぐす。重い石臼を回し続けたため肩に熱が残っている。自分に任された作業も終えたため休憩をする。

 腰掛けに座って、彼女たちがお菓子を作る様子を視界に入れる。

 食卓の上ではニーシアがお菓子の生地を鉄板の上に手際よく並べている。

 生地の塊から一掴みしたものを手の中で丸めて、両手で挟み込んで潰された円形の生地は隙間をあけて鉄板に張り付けられる。

 生地を並べられた数枚の鉄板は彼女たちに運ばれて、たき火に組まれた台に置かれる。

 へらを持ったニーシアが鉄板の上の生地を裏返すと、鍋つかみをはめたレウリファが鉄板を並び変える。

 最期にはすべての鉄板が遠火で焼かれるように移動させられた。

 レウリファはお菓子のついでに飲み物も準備している。


「あとは乾くのを待つだけですよ」

 話し掛けてくるニーシアは温められた飲み物を飲んでいる。横で休憩しているレウリファが先ほど作ったものだ。

 植物の葉を煎じたこの飲み物には味見した砂糖とは異なる隠れた甘みがあり、渋味と緑の香りを楽しめる。

 お菓子の焼ける香ばしい匂いが漂うこの場所でもしっかり味わえる。

 自分の器が何度か空になり、レウリファの方を見る。

「これ以上は、お菓子と一緒にいただきましょう」

「そうか」

 残念ながらレウリファには待ちを示された。


 ニーシアとレウリファがたき火の方へ戻ると、今度は鉄板を運んでくる。

 遠くからでも届いていた匂いは、このお菓子が美味しいことを主張しているように感じる。

 彼女たちが木の皿にお菓子を盛っていく。皿とは別に布にのせているものは保存用だろうか。

 材料が異なる生地をいくつか用意していたので、色や具材が違って個性がある。

 薬味野菜や木の実を刻んで足してあるの食感も楽しめるだろう。

 全ての鉄板からお菓子を移し終える。


「ほのかに苦みがあって、これも良いです」

 固さと脆さを備えていて、かじると音を出して崩れる。他の2人も食感を楽しんでいる事が良くわかる。

 ニーシアはスープに使われる香草が加わったものを気に入っているようだ。

 レウリファは控えめな速さで食べていて、すべての種類を食べ終わっていない。

 何口か食むたびに飲み物を含んで舌を休憩させている。

「アケハさんはどれが一番好みですか?」 

 一つに決めるのが難しい。

「1種類だけを食べ続けるとすれば、簡素なこれだな」

 つまんで口に入れる。

 生地を分けた後に具材を加えなかったものでも、甘さや香ばしさがあって飲み物に合っていると思う。これを中心に他の味が少しずつあれば、味の変化を楽しめる。

 ニーシアも自分と同じ種類を頬張る。

「私たちの努力が一番分かりやすい味ですね」

 確かに砂糖や麦粉の加工には時間を多く使った。ただ彼女たちからみれば、どの種類でも手間をかけているだろう。

「そう思ってくれると手伝った甲斐があったな」

「沢山種類を作ったので、数日は楽しめそうですね」

 食事や休憩する時に食べたりするのだろう。出来たお菓子は皿に盛られたものよりも保存用に分けたものの方が量が多い。

「レウリファさんはどれを選びますか?」

 ニーシアはレウリファがすべての種類を食べ終えるのを待っていたのだろうか。

 飲み物の器を降ろしたレウリファに話しかける。

「私は味が少ない、この種類が好みです」

 レウリファは自分が選んだものと同じ種類を示す。

「ミルクに漬ければ味が染み込みそうですので」

「それは美味しそうですね」

 長期保存が利かない動物の乳はここでは用意できないな。都市に行けばそういったお菓子も売っているだろうか。

 すこし冷めてきたお菓子を食べつつ、急がない時間を過ごす。

「食べ過ぎても夕食を減らせばいいですよね」

 ニーシアが呟きながら、自分の皿に全種類のお菓子を盛っていく。

 普段から贅沢できない分、こういう時に目一杯楽しんでもらえないと長い生活に飽きてしまう。

 飲み物を入れていた水差しも既に空になっていて、最期の一杯がニーシアの器に注がれる。

 レウリファも少しはここに慣れたような表情をしていて安心できた。

 食卓の中央に置かれた大きな皿にはお菓子の粉しか残っておらず、食べ終えた達成感もある。

 干していた保存用のお菓子は壺に入れられて食材置き場に置かれる。

 食器の片づけを終わらせ、それぞれ昼寝をしたり空いた時間を好きに過ごす。





 侵入者の警戒をしていた夜気鳥が寝台で休む自分の元へ飛んでくる。

 ダンジョンの壁に埋め込まれたラインからの情報で入口付近を確認すると、ダンジョンの入口に赤い鳥がいる。

 侵入してきた鳥は配下の夜気鳥よりも大きく、翼を閉じている状態でも自分の頭ほどある。全身は濡れている状態で、足元から水滴が外まで続いている。

 外では雨が降っていて、地面を叩く雨音も聞こえている。

 囲まれて武器を向けられているのに、動じない鳥に興味が湧いていた。

「ニーシアはレウリファと一緒に部屋の中にいてくれ」

 急に襲ってくる可能性もある。レウリファには武器を持たせてニーシアを守らせる。

 ゴブリンの一体に彼女たちの護衛を命じて部屋の入口につかせて、再びコアルームに入る。

 監視機能を使って壁視点で侵入してきた鳥を観察する。

 武器を向けられた状態の赤い鳥は顔を横に向ける。

 向けた側の翼を広げると水が飛び散り、配下たちの武器がその動きに警戒して揺れた。

 広げた翼に顔を埋めて、頭を羽へとこすり付ける。翼を動かして根元から先へと流れる様にこする場所を変えていく。

 片方を終えると反対の翼も毛繕いを始め、それを終えるとうずくまって動かなくなった。

 こちらの行動に反応しない鳥の様子を見て警戒も薄れてしまう。もしかすると雨宿りのために来たのだろか。

 ダンジョンの奥に進む様子も無いので、このまま配下を使って囲み続けても疲れるだけかもしれない。

 距離を離れて装備を近くに置いていれば、襲ってきた時に対処する事もできるだろう。

 交代で数体だけ見張りをつけるようにして、他の配下達を鳥の近くから引かせる。

 入口近くに住んでいる腹切りねずみ達も寝床を離れてダンジョンの奥に向かっている。

 部屋に隠れさせた2人にも現状を伝えるために、コアルームを出る。

 休んでいる様子の赤く艶のある鳥をみていると、以前に入口で寝転んでいた、今は都市にいる貴族の女性を思い出す。

 ダンジョンが人に狙われるようになれば眠る時間すら無くなってしまう。守り続けることができないなら手放すしか無い。

 自分たちが他の場所で生活を整えるまでは隠れさせてほしい。


 翌日には雨も止み、晴れて明るくなる頃には赤い鳥は飛び立って居なくなった。

 雨宿りを終えて飛び立った後には、赤い羽根が数枚集まって落ちている。

 ニーシアが一枚の大きな羽根をつまみ上げる。

「艶もあって綺麗ですね」

 つまんだ指を動かして光に当てている。深い赤色と黒の濃淡が表れていて傷も無い。捨てることも考えていたが、ニーシアが欲しいなら保存しておこう。

「せっかくだから羽根を残しておこうか」

「お願いします」

 あの鳥が屋根を借りた分のお返しをしたと思っておこう。

「残すのであれば、念のために洗っておきます」

 レウリファは地面に残る羽根を集めると、ニーシアの持っていた羽根も受け取る。

 配下たちに警戒させる必要も無くなっただろう。



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