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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
10.先導編:268-295話
269/323

269.必要



 目覚めてすぐ、寝台から身を起こした自分は、硝子窓を開ける。

 夜闇が残る室内に、新しい風を取り込む。レウリファの眠りを妨げるだろう薄寒さは、確かに自分の眠気を覚ます。

 格子の窓を照らした屋外。空には日が昇る以前の青みが見えている。早朝の光だ。


 身支度を済ませるにも早いとなれば、身軽な寝間着を諦められるはずもない。無駄な時間を過ごすために、書き物机に向かった。


 照明も使わず、室内を眺める。

 生活の大半は共同の設備で補えるため、私的な空間は今見渡せる範囲だけになる。 睡眠を目的とした、二人分の寝台と両手で数えるだけの家具がある部屋だ。収納場所の中や日用品を含めても、一遍の生活感は感じられない。


 専属従者の私室で眠り、聖女と同じ建物で過ごす。

 多くの人が特別視するだろう生活を、日の最初に振り返る。


 部屋の外へ出歩くのも面倒で、自身で水を確保する。

 魔法は便利だが、結局、喉を潤す際には容器を持ち出してくる。体内で魔力を操るには不安があり、慣れた作業も一つ狂えば身を滅ぼしかねない。身体強化も好きで保っているわけではない。

 必要に迫られれば、今の作業も短縮するかもしれない。


 多少の不快を蓄えつつ、しばらくすると外から遠い雑音が届くようになる。日の出も過ぎ、早番の者が照明を持たずに歩ける時間だ。


 目覚めの近いレウリファが、毛布に隠れた横向きの体を揺らす。

 深呼吸の後には、小さな唸り声を出して、上半身を起こした。


「レウリファ、……おはよう」

「……あ、アケハさん」


 寝起きの耳を驚かさない声量で呼びかける。

 未だ反応は遅く、レウリファの言葉と表情は分かれて生じた。


「喉は乾いていないか?」

「いただきます」


 レウリファの隣に腰掛けて、個別に配給されている容器で水を飲ませる。

 

 一度で飲み切ろうとせず、最初の乾きを解消すると少量を口内に留めている。

 活動前の体が十分な唾液を出せるようになるまで、手近な水を代用する。口を染み渡らせた余りは、小さく奥に流されていった。


 大抵は、こちらが早く目覚めるため、水の準備には慣れている。

 次の一杯が断られて、使った容器を机に置く。


 再び寝台に戻れば、レウリファを抱きしめる。

 片腕で済ませた抱擁を、次第に強める。下から回されていた腕の片方を弱くはがし、最後には腕を重ねる。腕の表面を進み、上から重ねた指で皮膚の密着を増やす。


 動きに変化を加えるたび、小さな媚声が漏れる。

 

 反応が早いおかげで、他人を操っている実感を得る。

 思い込みによる楽な快感であり、勘違いである。飽きずに一生続けられるとしても、決して満足には届かない。


 他者から敵視されない。こちらにとって本質的に求めるものであるからこそ、手近な答えを恐れる。自分程度の意思では、一度収まってしまえば、抜け出せなくなる。

 ごく一部で満足してしまえば、世界で生き抜く力を求めなくなる。鍛える理由を失ってしまう。

 ひとつの失策が先の全てを奪うのだ。一部を見捨てた先に今より優れた可能性があるとしても、進めなくなる。


 世界のわずか一片でしかない自分が生き残るには、進歩を続けなければ、影響力を増やさなければならない。誰一人として避けられない困難があるとしても、自分が諦めるわけにはいかない。


 上履きを脱いで寝台に上がる。

 レウリファは既に毛布を抜け出しており、最低限の距離を残して、こちらを待っていた。


「レウリファ」


 同意をもって、魔力を浴びせる。

 直後からレウリファは、自身を包み込んだ魔力に対して全身を震わせる。獣人の全力でも潰れない体に安心して、細かく波打つように体をくねらせ、全身を押し付けてくる。


 言葉未満の声が断続する。口を閉じても漏れる声と、服同士の摩擦音が混ざる。

 布を取り去れば柔らかい皮膚が密着する。冷静から遠い動作には、少しの隙間も許さない勢いがある。


 聖都へ帰還する途中には行わなかった。

 過剰な魔力は、魔物が持つ魔石に悪い。人間に対しても悪影響があるという忠告を聖女フィアリスから聞いた。調節できるまで実用は避けて、馬車に運ばれる日々で休憩時に練習を重ねた。


 今では手から放出する段階を過ぎて、薄く全身を包む形に落ち着いた。出力を抑えながら行っている現状を、レウリファは喜んでくれている。


 魔力で満たされると快感が得られる。

 魔法未満の魔力の操作は、アンシーの練習道具で教わった。魔道具へと魔力を供給できる者なら、誰でも同じ真似ができるだろう。


 魔力は力だ。

 たとえ、他者の魔力だとしても、満たせるだけで安堵できるものかもしれない。他人が整備した魔道具で身を飾るようなものだ。受け入れる時点で相手との力量差や信頼関係が前提にある。分け与える行為自体に悪印象は無いだろう。

 魔力を奪う拷問があるくらい、逆の信頼性がある。


 いつしか量の限りを忘れた自分は、魔力の価値を他者より相対的に低く見積もっているかもしれない。緊急性の無い状況で、余らせている魔力を与える。レウリファからも安い対価だと見透かされるかもしれない。

 どのみち、レウリファに割ける労力は限られており、対等には扱えないのだ。魔力を与える事で、喜ばせようとする意思だけ伝われば十分だろう。


 習慣になるだろう行為を終えて、仕事の準備を始める。着替えを済ませ、早鐘が鳴らされる前の、利用の少ない洗面所を訪れる。

 私室に戻れば二人で服装の不備を探して、専属従者の装いを整えた後は他の従者も集まる待機室へと向かった。


「おはよう。……もう朝なのね」

「うちに鐘も鳴る。交代しよう」


 待機室に入ると同僚のエルフェと遭遇する。挨拶の次に置き時計を眺めた顔には、夜番を続けた眠気が見えている。


「そうね。お願いしていいかしら?」

「ああ。朝の間は、ゆっくり眠るといい」


 エルフェは使用済みの食器を水回りの方に運ぶと、脇の扉から仮眠室の方へ移った。


 従者の待機室は、聖女らの談話室と比べて華美は少ない。

 主人の私室とは階を隔てた位置にあり、主人は立ち入らない。専属の従者が待機するための部屋でしかないため、必要以上の装飾は不要だろう。


 大物家具の一式は丈夫で質も良く、棚も机も、装飾を足さずとも高級感が現れている。革張りの長椅子は寝台代わりにもなる。職人の手間も購入費用も、おそらく、個人では中々手が届かないものだろう。

 外の従者や使用人を招く際の部屋も近くにあり、周辺のせまい範囲は専属従者が独自に扱える空間でもある。

 いくつかの装飾は過去の従者が持ち寄った物であり、暇つぶしの道具も個人で足してきた形らしい。

 

 これまでの従者が快適を作り上げてきた待機室も、今は活躍が少ない。聖女が一人欠けており、アプリリスやフィアリスが専属を増やさないおかげで、日中は談話室の方で全員が収まってしまう。

 呼び出しが無ければ、夜番も時計の針を追うだけになる。


 読書や掃除を続けていると、時計が時間を告げ、外からも鐘の音が届く。

 仕事の開始を意識したのはレウリファも同じらしく、向けた視線が合わさる。


「厨房に行って、食事の方を確認してくる」


 頷きを返したレウリファも、少し後には主人の起床を確認するために、部屋を出る事になる。

 他人の生活を支える、異質な仕事を着々とこなす。


 少ない足音を探しながら、廊下を進む。



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