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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
9.回想編:236-267話
265/323

265.経過



 ダンジョンの制圧作戦も完了して、ラナンの王都滞在も終わり際になる。自分を含めた専属従者は、日常業務に加えて、本国へ帰還の準備を任される。


 主人から直接聞いた命令を聞き、王都の教会にいる使用人を動かす。往路ほど緊急でないとはいえ、荷物の不備は厳禁だ。

 紙に書かれる直筆の署名が、使用人たちの労働の証明になる。探索者の頃にはありえない行動の重みを感じる。

 物資を納めた倉庫は検品を欠かせず、出立当日には積み込みの様子も監視しなければならない。


 形式的な宴会のためにラナンやフィアリスは教会を離れており、聖女棟にいる面々はアプリリスの関係者が多くなる。

 建物内の人間が減るため、異常な動きは簡単に見つけられた。


 ニーシアがアプリリスの私室に運び込まれた。


 魔族に情報提供した疑いで拘束された者が、聖女の近辺に運び込まれる。異常な対応だ。

 制圧部隊に加わっていた関係で、教会預かりになるのは認める。刑罰が暫定的に決められて、聴取を受けるまでは分かる。

 たが、牢屋から連れ出した先が聖女棟になるのは、不自然でしかない。


 昼前、私室への立ち入りを断わられた直後の出来事は、自分以外の専属従者たちにも疑問を与えていた。


「アプリリス様が、俺を呼んだのか?」

「そうよ。後の作業は預かるから、早く行ってきなさい」


 車庫で荷馬車の整備を眺めていたところで、同じ専属従者であるエルフェが小走りで伝えに来た。

 普段と異なる対応は緊急性を感じさせる。ニーシアの件で呼び出されていると予想できていた。


 急ぎ建物に戻り、許可を得て私室に入った。


「ただいま戻りました」

「アケハ。こちらへ来てください」


 アプリリスが一人。それ以外の姿は無い。呼ばれて部屋の中央まで進む中、再び室内を見渡した。


「ご用件をお聞きしても、よろしいでしょうか?」


 何か作業をしているわけでもなく、立ったまま会話を続ける。長話になるなら椅子に使うところだが、アプリリス本人に動く気配が無い。


「ニーシアさんと話したくありませんか?」

「私……、俺への配慮は不要です。いくら知人だとしても、本来認められない面会を手配してもらう必要はありません」

「いいえ、これは私と彼女との取引です。……貴方と話す機会を設ける。実際に会うかは別として、場所を提供するまでが条件でした」


 自分と無関係に進んだ事柄であれば、予想は否定される。

 ただ、アプリリスの異常性は出た。普通であれば、魔族と共謀した者との取引など考えない。


 情報提供を自白して拘束された身が、取引材料を持つはずがない。事情聴取への積極性を出すにも、刑の軽減が限界だろう。

 一時的でも監禁を逃れられる。魔族に関する重要情報でも提示したのだろうか。


 ダンジョンを操作できると知れば、解放はありえない。制圧作戦でアプリリスが見せたように、今度はダンジョンを操る者への対策があるというのだろうか。

 何にしても、ダンジョンで光神教に勝てない事は既に分かっている。


「魔族との関わりが確定的な相手と、取引したのか?」

「現状、魔族と交流した事自体を裁く法は無い。世代を経て、消されたというべきですが、今の処置も仮決めとしてのものです」


 魔族という存在を無視しても、王都へ魔物が流入した被害は無くならない。責任を取らせる意味で、追放刑を決定したはずだ。


 自分も劣らないが、アプリリスも身勝手だ。

 腕の治療の際では、強制的に眠らされた。辞職を考えた徒労を責める気は無いとして、こちらの意思を軽視する行為は好まない。

 最初の対面から何ら変わりない。価値観を理解できず、突然の行動には驚かされる。


 庶民的が考える犯罪を平然と行う。許される立場であるのは事実だが、今回に限っても行動理由は分からない。

 不安定という言葉は似合わなくとも、狂人の類ではある。


「ニーシアさんは浴室の方にいます」


 面会室を使え。聖女の部屋を貸してまで行う事ではない。専属従者の知人であるため一時的に特別な待遇を認めた、と疑われて当然だろう。


「この話の後、私は談話室の方に向かいます。鍵は自由に使ってください」

「ああ」


 薬の効果は確実ですよ、と横切る際に告げられた。


 一人取り残された後には、昼を映した窓から目を背けて、アプリリスが出ていった扉の鍵をかける。


 浴室へ進むと、直前の更衣場でニーシアを見つける。


「えっと、少し待ってください?」

「……ああ」


 室内には湿気と暖かさがある。

 ニーシアが運び込まれてから自分が訪れるまで、入浴を済ませる時間は十分にあった。拘束中の汚れを気にする状況でもないため、待たされる事には違和感が残る。


 話題が見つからず、ニーシアの作業を待つ。片付けをする段階にあったのか、部屋の隅にある、容器がいくらか詰まった木箱を閉めただけで終わる。


「一緒に入りませんか?」


 面と向かい合ったニーシアが言う。

 見上げる視線は、少々背が伸びたところで変わらない。まるで習慣であるかのように平然と告げて、返事を待つように首が小さく傾けられた。


 慣れた着脱は、細工を含んだ従者の服でも遅れを出さない。丁寧に服を脱ぐニーシアと大差ない時間で済む。


 大人に届ききれない肢体だ。数年が大きな誤差になる若者では、個体差と判断するには早い。

 洗礼を受けて見習いを続けていただろう少女は、前面を布で隠しつつ、こちらの視線を察知していたように顔を向けてくる。

 言葉未満の嬉々が小さく届く。


 場所を移し、浴槽の隣に来たニーシアが湯に手を伸ばす。温度を調べるようにかき混ぜられる、お湯は白い濁り色をしている。


 空間全体が薄甘い匂いに包まれている。呼吸の始めに感じる程度なら、匂い残りは少ないだろう。

 体を洗い終えると、向かい合う形で浴槽に入った。


 微笑を保ったニーシアは、湯の中で手を動かす。お湯の色が濃いため、深く潜った部分は肌の色が隠れる。


「その……なんだ、再会できて良かった」

「私も嬉しいです」

「ああ」


 入浴を誘われた時点から、拒絶する様子は見えない。視線を気にする動作も好意的な範囲に収まるものだろう。


「裸を見る機会はあったが、一緒に湯につかるのは初めてだな」

「確かに、長く暮らしていたはずでも未経験でしたね」


 ニーシアが姿勢を前寄りに傾けてくる。


「……見飽きたとは、言いませんよね?」

「いや、綺麗だよ」


 こちらの返答に小さく笑う。ニーシアは周囲に顔を向けると、手の込んだ内装を見回すようになる。


「浴槽なんて置かれない事の方がずっと多いですからね」

「まあ、体を拭くだけなら浴室も要らない。高い物件でようやく共同浴場が付く付かない、ってところだろうな」

「数人で暮らす限り、浴槽なんて夢のまた夢ですね」

「水浴びで済むなら、井戸を借りるか、川に入るくらいか……」


 貴族の家に泊まって、浴槽を借りる手もある。

 ニーシアも自分も、一般的でない経験をしている。


「……やり様はあったと思うぞ、一回きりなら地面を掘って、板でも敷き詰めればなんとかなる。まあ、お湯を用意するのは苦労するな」

「それでも庭付きですから、都市では少数ですね。家具を動かす程度で済まないので、素人は手が出せそうにないです。……一軒家があるだけでも、結構な出費でしたからね」


 室内に他の人間がいないとしても話題は選ぶ。ニーシアの近況を考えて、ダンジョンの話題は避けべきであり、部屋の施錠も安心できない。


「稼ぎが微妙わりに、贅沢していたと思わないか?」

「良い暮らしでした」


 話題が一つ過ぎて、深呼吸を置く。

 体温より冷たい程度の湯は、長居に困らない。わずかに感じる粘りを、水面からすくいあげて確かめる。



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