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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
9.回想編:236-267話
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263.血塗られた少女



 戦闘後の部屋に踏み入れる。

 死肉が散らばる光景も、最初ほど驚きは無い。いくらか増えた肉の塊も、周辺を兵士が歩き回っていると危機感は薄れる。


 後方で待機していた、こちらに連絡の兵士を向かわせる段階で、現地では捜索が行われていた。光神教の手を借りるのは見逃しを防ぐためだ。

 魔族の討伐実績がある軍と光神教が協力する。魔族の遭遇に関わらず、ダンジョンの制圧作戦は共同のものである。労力を貸さないという選択肢は無いのだろう。

 部隊が大人数になるほど戦闘以外の役割も増える。背負う以上の物資を運べるように、特化した人材も部隊に動員されている。こと生物の探知においては、聞き耳や棒で突くより、魔法に利があるようで、戦士に守られる形で少数の人員が動き回っている。


 どうにも魔族は簡単に死なないらしい。聖者によって魔石が切り落とされた後でも、兵士は死体の山を探って死亡確認を行う。

 身を潜めて、死に際の復讐を狙う。あるいは魔石自体を複数蓄えている場合まであるという。


 戦闘復帰を告げたアプリリスに従い、空間を見回す。

 部屋中に張りついていた敵の腕も、断片となって床に落ちた。血の汚れを無視すれば、一度は隠された平面が表れるようになったとも言える。

 敵の撃ち出した硬質の塊が、歩いている途中で靴に当たる。兵士の目がある状況では、時間が経つにつれて潜伏は厳しくなるだろう。


 誰も敵の生存を期待しているわけではなく、部隊の物資を通過させるための除去作業も並行している。道が出来上がった後でも、警戒は怠らない。


「死んだか……」

「おそらく。私たちが来るまでに粗方の検査は終えているでしょう。魔力が尽きれば個人でも対処できますから、大きな心配は要りませんよ」


 四方を聖騎士に守られた中、こちらが距離を取ったところで、アプリリスは魔法を使う。魔法への知識が少ないために、アプリリスの行為を理解できない。

 魔石を探しているのか。それとも魔物特有の何かが他にあるのか。少なくとも、自分に対して鋭い視線は集まらない。


 どこまでの効果範囲があるのか。使用される間隔から推測する限り、自分は魔物ではない。ダンジョンを操れる影響は見つからないようだ。


「魔力を回復されてしまわないか?」

「核となる魔石が取り除かれては、生体の維持もままなりません。この辺りの魔物より魔力に大きく依存している分、喪失は絶大です」


 魔物にとって魔石が重要な臓器であるのは、位置的にも納得できる。

 獣の多くでは後頭部、つまり守るべき位置に備わっている。守ってきたからこそ今日まで種が存続しているとも思えなくない。

 人間が道具を用いるように、多くの魔物で共通している。


「新しく魔石を埋め込んで、治療される事も無いのか?」

「事は、そう単純ではありません。必須という意味では呼吸をしていないようなもの。……かろうじて生き延びても、治療の隙も無いまま死ぬ状況に変わりありません」


 魔族といって別枠に語られても魔物に変わりない。頭を失って生きられるのは、数限られた生物だけだ。


 聖者が致命傷を与えたのは確実である。

 魔石の実物は見られなかったが、入った容器は人の頭は収まるものだった。仮に魔石の質が劣悪であっても、大きさだけで別格と気付く。蓄えられる魔力の量を考えても、簡単に失っていい部位ではない。


 今回の作戦で得られた魔石も、いずれ魔道具となって、人間の力に還元されるのだろう。

 兵士の被害も今回はごく少数だ。


「魔石の周辺を損傷した段階で、生物として深刻な被害です」

「そうだったな」


 隠し通路の方にも、部隊の一部を残している。

 仮に魔族が生き延びて逃亡をするとしても、戦闘は免れない。兵士が全滅させられていた場合は帰還時に発覚する。そうでなくとも、不審に気付けば連絡の者を走らせるだろう。


 作業完了まで兵士たちの仕事を眺めながら、自分の役割を担う。

 アプリリスの不調が改善された後も、足運びを観察している。転倒するようなら支える必要はある。従者はともかく、仕えている聖女が服を汚すのは最低限に抑えるべきだろう。

 戦闘後のラナンやフィアリスに、血の汚れが少なかった。


 掃除風景を見れば、相手の流血が激しいものだったと察する。

 連携していた兵士の姿も語っている。皆の鎧は血に汚れ、一度の洗浄では足りず、ひとまとめに水に沈めたくなる有様だ。


 肉を移動させた際の血飛沫も構わず、兵士たちは作業を続ける。このまま続くと思われていた状況は、突然として止められた。


 部隊全体に警戒が伝わる。

 奥の道へと索敵を続けていた兵士が、不審な姿を発見した。


 少女の外見をした者が近づきつつある。

 新たな魔族だとすると、戦闘に備えなければならない。


「行きましょう」

「いいのか?」

「兵士の疲労もあります。戦える者は参戦すべきでしょう。……私は長く休憩していましたから」


 集結後、報告を聞いたアプリリスが告げる。


 無事が最善である護衛を休憩とは呼ぶべきではない。

 加えて、不調による不自由を責めるのもアプリリス自身だけだろう。


 前線での戦闘を断っていたのも不調のため、不意の異変に対処した影響であり、すでに活躍している。過去の活躍も、迫る脅威を放置する理由にはならないらしい。


 兵士たちは警戒する。


 魔族との戦闘を経た空間は、血肉の汚れで足場も悪い。空間全体を扱うには部隊の人数が足りず、手が届くはずのない天井までの高さも合わせて、決して有利な地形とは言えない。

 比較的小さい通路で戦う件にしても、敵の攻撃が集中する点は問題にならない。押し負けるなら元より勝てない相手というだけだ。

 判断は指揮官に任せている。


 通路は、床一面に血が広がっている。

 光が届く先まで、距離感を明確に表している。


 歩いてくる存在は、その一歩を着実に進めている。


 近づいてくる途中で背後の影から切り離された、少女が一人。小柄というなら大人と言えなくない身長であり、服装には年若さも残されている。


 少女が胸の前に抱える、先の尖った物体に兵士は警戒する。

 剣の間合いにも劣る。いびつな棒は武器の外見には遠く。両手で掴み、斜めに抱きかかえる姿から、好戦性を感じ取れない。


 退路を残しつつ襲いかかれるように、数人体制で横に広がる部隊を前に、少女は前進を止めない。


 少女が人間である確信は無くとも、誰であるかは想像できる。


 ダンジョンに異変を起こした。刺激を与えて魔物を放出した。構造の変化が起こった際、魔物が行き交う通路とは別に、隠し通路まで用意できた。


 魔族が意図して制御したなどという話は聞き覚えが無い。

 厳選するでもなく、王都内に唯一存在するダンジョンに、人間勢力と交戦する環境を整えた。可能性を思えば、はるかに有力な候補がある。


 ダンジョンを操作できる存在がいる。

 それは自分であり、近づいてくるニーシアでもあった。


 自分が力を分け与えたのだ。

 協力して生活する中、力不足から生じた不始末で別れる形となった。去り際に渡したダンジョンコアも、個人が持つには邪魔者でしかなく、旅立つ相手には重たい物だ。


 自分にとって頼りない力も、他人には異なる。魔力頼りの自分と違い、ニーシアには活用する選択があった。魔族であるサブレと協力していた事より、予想できた状況だろう。


 光神教にすり寄った自分と異なり、ニーシアは光神教と敵対した。


 人類を脅かす存在に与する。

 あり得た自分であり、過去の自分と似た状態だろう。


 力を持つ不安から、人を殺した過去がある。

 特異な事情があるとしても私的な殺人であり、罪に問われるべき行為だ。事情を開示すれば、明確な敵になる。

 必ず殺されるというなら隠すしかない。素直に殺されるほど、自分の外に価値を見出していないのだ。

 社会を都合よく利用できなければ、逃げ出して別の暮らしを考えればよい。


 自分もニーシアも大して変わらない。


 足元に鈍い波紋を作るニーシアは、兵士が強く構えた時点で足を止める。

 その視線は正面でもなく、こちらに向けられていた。



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