表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
9.回想編:236-267話
260/323

260.即発



 魔族は人間の姿を真似ているだけ。過去に遭遇した魔族も、擬態を解いた人外の姿を見せていた。

 噂だけで聞く、並大抵では敵わない存在。過去の記録によると、社会に度々現れ、深刻な被害を生み出していたらしい。

 最近の出現でも、都市の存続が危ぶまれる事態にまで陥った。人類の守護者である聖者の歴代が多くを討伐してきた魔物であり、誰もその脅威を疑わない。


 ラナンの強さは既知のものだ。

 聖剣を携え、個人では成しえないだろう規模の魔法を平然と使いこなす。魔物の軍勢を撃退して、国同士の戦争でも勝ち続けた。活動を始めて数年で、聖者としての功績を作り出しており、既に一体の魔族を討伐している。


 ダンジョンの異変を知り、制圧部隊に同行して、最下層までたどり着いた。

 そんな状況に合わない


 正面で、少女らしき存在が脱衣を行う状況で、誰も動かないでいる。

 目線が外れたとしても、ラナンは斬りかからない。後方にいる自分たち部隊も構えを強くした。後には過剰な警戒に対する嘲笑らしき声が聞こえた。


 未だ幼気を残したような動作で、服を脱ぐ。良家の教養を示す中、衣服を地面に置くやむおえない行動にも、汚れを嫌うよう丁寧に重ねていた。


 他人の目がある場での非常識な行動でも、文句を言う者はいない。無防備に素肌をさらす存在を、誰も人間とは思っていない。

 未だ脱衣に慣れない子供の困ったような表情も過ぎ去り、こちらに視線を戻した後には、親しみを込めた微笑を浮かべる。


 一歩。踏み出したサブレは、その形状を崩した。


 遠い視線をわずかに下げる。

 縮んだわけでも、屈んだわけでもない。サブレという人間の形が崩れて、地面に血肉の塊が落ちた。

 音は、水を多く含んだ粘性を伴う物体を連想させた。血管の網が浮かび、挽き肉にも似た赤黒い塊には骨格も無い。

 自重のまま地面を広がり、血溜まりへと成り果てた。


 最後には静寂が残る。

 ラナンは聖剣を構えたまま動きを見せず、対峙するはずの敵は死んだように痕跡を絶った。


 戦闘が始まらない。 

 存在するはずの敵を探して周囲を見回す。油断を誘って、空間の薄暗い部分に姿を隠したのかもしれない。


 騒音を出さないように顔を動かす中で、真横にいるアプリリスが視界に入る。

 魔法によって体調を崩していたアプリリスも、進む間に自律して歩けるまで回復した。補助の手を貸しているのは慎重を期してだ。


 アプリリスは、ラナンがいる方向から視線を外さない。

 どこにも見つけられない。魔族は場を離れていないというなら、血溜まりに脅威が残されている事になる。


 指揮は叫んだ。

 視界の先、ラナンの奥側から赤い色が膨らみ、途端に周囲の景色は変わった。


 照明が照らしたのは室内ではなく至近。部隊各部を包む結界は、血液らしき液体によって形状が明確になる。

 わずかな流れの違いと途中に混じる塊が視力の正常を告げており、黒々とした点が通り過ぎる。次第に外への視界を取り戻した。


 天井から正面まで、存在した室内は赤黒く一変している。

 血肉が雨だれのように結界上部に落ちては表面を汚す。隙間から覗けた外は生物として危機感を感じるものだった。


 結界外では靴底まで沈む血の海が広がり、生物じみた物の破片に埋め尽くされている。

 部隊内で悲鳴が跳ねたのも無理はない。血に混ざる瓦礫には、道具や武器の残骸まで含まれている。辺りに散らばる肉片は、おそらく人間を素材としたもの。

 結界に守られた中でも血の臭いを幻覚する。


 こちらが生死を脅かす存在と意識するのに対して、魔族からすれば単なる肉の塊としか思われていない。

 暗に示される答えは、非情なものだ。


 自分に助けられた経験があるとしても、種として隔絶した違いがある。サブレに知り合いの人間を助けるくらいの情が存在するとしても、誰も同意はしてくれないだろう。


 結界が解かれると同時に、部隊は環境改善に務める。

 血に濡れた地面では足取りも悪く、即座に魔法による凝固が行われる。特に顔に呼吸器を付けた兵士は、指揮官の指示で結界の解除前から動いていた。

 もはや、天井からの落下物など気にしていられない。


 血をすするような濃度には呼吸も苦しく、皆が咳き込むような動作を見せた。

 以前は慣れていた臭いでもある。これまで探索者として活動を続けて、多くの生物を殺して解体を行ってきた。

 腐臭ではなく、どれも新しい死体なのだろう。


 ラナンは既に戦闘を始めている。

 聖剣は光を帯び、その剣身を伸ばしている。


 対峙する敵は一点に留まっているようだ。斬撃を身に浴びるばかりで、膨れ上がる肉は次々に削ぎ落とされている。

 聖剣の力を防げない。一方的に与えている損傷に、敵の劣勢を見てしまう。


 ラナンが傷の浅い攻撃を続けている。

 なぜ、削ぎ落とすだけに抑えているのか。

 致命的な一撃を与えられていない。


 おそらく、敵の肉体には魔法への抵抗がある。厚みだけの肉体であれば、構わず奥を貫いたはずだ。

 単純に魔力を循環させるだけでも、外部からの干渉への妨害になる。魔法によって切れ味を増している聖剣も類に違わず、分厚い肉に長く接触して、威力を消耗してしまう。

 どれほど強力な魔法も、元となる魔力が尽きれば効果を失うのだ。


 単に斬れない以上に、魔力の消耗を早める防御を備えている可能性がある。


 ラナンは決定打を狙わない。掴めない敵の形状に警戒を残しているのか。細々と、敵の周辺に肉片を散らばらせていく。


 一点の光から目を背けて、血生臭い空間を見る。

 ラナンが戦う状況で、何もせず立ち尽くす部隊ではない。兵士らは血肉の沼を押し退け、光源を増やして照らす範囲を広げる。


 四角で形作られていたはずの空間に、歪みができている。


 肉片散らばる床に血濡れた壁や天井と呼ぶだけでは、各所の圧迫感に説明がつかない。

 血が垂れ落ちる場所にも偏りがあり、滴る直前は他所より低い。ひと筋に続いている血の滴りは、あらかじめ流れる位置を決めていたかのように、表在している。


 壁や床にも、まるで縄をいくつも散りばめたような、疑わしい厚みが張り付いている。途中に曲がりを加えながらも、手前から奥まで繋がる。一段分厚い線がある。

 表面に見える凹凸も、肉片の集まりとは違う、一塊とした形を残している。


 類似した何かに覚えがある。

 ニーシアが誘拐され、人質にされた状況で救ってくれた。

 あの時は、肉腕を操って誘拐犯を捕えていた。


 血濡れていなければ、肉片に隠れていなければ。

 今いる空間には、全体を取り囲むように肉の触腕が広がっているのではないか。


「動くのか……」


 何気なく、口に出した言葉は場に変化をもたらした。


 全体から細かな反射が増えた。深緑に潜む小虫が夜を待って発光するかのように、一斉に微小な光が湧く。

 部隊には指示や報告が飛び交っていたはずのなのに、聞き耳を立てていたように、自分が言葉を発した直後に起こった。


 部隊の真横に横たわっていた肉腕は、人間を軽々押し潰せる体積の表面に、眼球をいくつも浮き上がらせている。

 大小構わず乱雑に埋め込まれた眼球は、多くが部隊の方を見ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ