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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
9.回想編:236-267話
259/323

259.直下



 周囲の明かりが落ちた。

 見える変化は、それだけだ。全体が暗くなった中でも投光器の明かりは続いている。ダンジョン本来の明かりが消えたらしい。


 アプリリスの正面、宙に浮かんでいた本が音を立てて閉じる。

 両手で掴み取ったアプリリスは、自らの腰近くにある固定具に本を戻した。


「停止は最深部まで到達。推定深度も事前計測と同じ。複雑な構造はしていないようです。一部、構造壁が脆くなっているので、崩落には注意してください」


 誰宛とも示さず情報を告げる。


 リーフがアプリリスの元へ向かった後には、こちらに顔が向けられる。

 呼んでいるような様子だったので、アプリリスに近寄る。


「何が起きたんだ?」

「おそらく、何者かがダンジョンコアに攻撃を加えたのでしょう」


 何者かという表現をする。話の内容はアプリリスの行動より先に起きた異変の事だ。


「攻撃を加えた? 壊したわけじゃないのか」

「半端に傷つければ、転移以外にも、部分的な崩壊や魔物の出現を誘発します」


 ダンジョン内で魔物を転移できるように、人間の転移も可能らしい。

 身に危険を感じれば、自分の力を乱暴に振りまく場合もある。ダンジョンも人間と変わらないようだ。


「本来なら、一撃で壊さないといけないのか」


 静かに頷かれる。


 ダンジョンコアを半端に傷つければ、今の状況を作り出せる。直前に起こった混乱から状況の理解を強要させられた。


 部隊にいた一部の兵士が姿を消したのだ。見回す程度で気付けない変化でも、確実に複数人が被害を受けている。照明が落ちた後でも戻らない、先に向かわせたはずの調査隊の安否も期待できない。


「あくまで一時的に停止させただけです。時間を置けば、機能は復旧されてしまいます」


 一時的に機能を止める。

 相手が聖女とはいえ、魔法ひとつでダンジョンが使えなくなる。


 自分がダンジョンを管理した場合、この規模まで成長させるには数十年は要るだろう。それさえ安全に維持できればの話だ。途中で発見されて制圧されるのが目に見えている。

 効果範囲に限界はあるみたいだが、はたして追加数年で到達できる規模なのだろうか。


 まず、勝てない。

 小物ばかりのダンジョンでは、聖者一行と敵対するのは無謀というほかないだろう。

 ダンジョンを操作できるだけでは、大した脅威にならないのだ。誰でも今の事態を引き起こせるなら、自分の価値など知れている。ダンジョンに対する安全性も最低まで下がった。


 討伐組合が最深部を厳重に管理するのも妥当だ。誤って傷つければ、内部にいる人間が突如として消える。異常を察知できた軍の部隊でも被害を出したのだ。

 いくら探索者でも、魔物を求めて入るには危険すぎる。意図的に起こせる時点で始末に追えない。


 聖女も聖女だが、ダンジョンもダンジョンだ。


「アケハ」

「何だ?」


 リーフが隣で密着しているアプリリスを顔で示す。


「私さ、荷物役だから。ほら」


 支えられていたアプリリスの体を譲り受ける。


「ごめんなさい」

「いや、構わない」


 リーフの無断参加という言い訳を認めるなら、少なくとも、この場にいる専属従者は自分だけだ。必要であれば補助を行うべきだろう。


 腰に片腕を回して、前にも腕を差し出す。座って休憩する気は無いようで、差し出してくる両手を受け取った後には、アプリリスが体重を預けてきた。


「体の異常は、一時的なものか?」

「はい。……ですが、戦闘は難しいかもしれません」


 移動に支えを必要とする時点で戦闘は不可能に近い。これまで魔法主体で戦ってきたアプリリスの発言であるため、魔法という手段も使えない状態かもしれない。


 使用者が戦闘不能になる魔法でも、少ない負担に思える。

 部隊の全滅もありえる状況だったのだ。


「少し、辺りの魔力を押し流すが、構わないか?」


 肌で感じる魔法の残りは、決して心地良いものではない。同意を得て魔力を放出すると、神威とやらの威圧感は薄れた。


 指揮官の働きもあって、部隊の混乱は収まる。


 隊列を整えて魔物への警戒を残しながら、各自で点検を行う。

 被害報告をまとめた後には、方針の再検討が行われた。


「確実に主犯がいます。取り逃がさないとすれば、今しかありません」


 新しく知った情報だ。

 転移対策を備えていた軍では既知にようだが、これまで専属従者として働いた中では聞いていない。リーフがそれらしき話を告げてきた際も、断定的ではなかった。


 最深部にあるダンジョンコアを刺激した存在がいて、軍の侵攻を待っていた可能性がある。意図的に異常を起こせる話が事実なら、嘘とも言えない。


 急な成長と魔物の大量放出。このダンジョンが最初に起こした異変も、同じ存在が関わっているかもしれない。周辺のダンジョンが複数破壊された事が原因とされていたが、ここへ来て考え直す必要も出てきた。

 中で過ごすには危険すぎる場所だが、市民が犯人という仮定も成り立つ。ダンジョンコアを傷つける件も、道具が手に入りさえすれば不可能ではないのだ。


 起きた事態を重く見るなら、撤退も悪い判断ではない。


 ただし、今回が敵の意図的な作戦なら、次の侵攻でもアプリリスの魔法が必要になる。相手に対策の時間を与えてしまうだけでなく、逃亡の危険もある。

 入り口から一本道が続いていた以上、内部に潜む敵もここを通るしかない。別に脱出路がなければ、ここまま進んで最深部にいる何者かと遭遇できる。


 物資も人員も、大半は残っている。

 制圧作戦は継続となり、侵攻が再開された。


 次の一層を下りると、横方向に道が続いていた。

 通路の幅は広がり、陣形を崩す手間もなくなる。連続する四角い空間を通り過ぎた。


 調査に向かった者から、不審な存在が伝えられる。相手に即時交戦の気配は見えず、調査班には距離をおいた監視を本隊合流まで継続させる。

 聖者の部隊は陣形の前方に移された。


 地上に魔物を放出したダンジョン。

 異変が起きた後でも留まっている存在。


 明らかに怪しい存在への疑問は、小さな拍手と共に迎えられた。


「ようこそ、私のダンジョンへ」


 聞き覚えのある声だ。


 貴族然とした服装の少女だと、各自に伝えられている。

 現実的な話をするなら、人間だと疑う者はいない。


「聖者様、ならびに軍の皆々様。……ご用意しました催し物は、お楽しみいただけましたか?」


 警戒から無音が保たれる周囲に、一人の声だけが届く。

 部隊の誰もが、相手を魔族と捉えているはずだ。


 盾持ちの兵士が中央を開けると、聖騎士は秩序立った並びを見せて、聖者の通り道を作る。その隙間から敵の姿をうかがい見る事ができた。


「何が目的だ?」

「虐殺。魔物を放出して、まず、この都市を壊滅させたいところですね」


 ラナンは既に剣を構えている。

 気楽にたたずむサブレは、距離をあけた対面の暗がりにいる。


 照明を空間全体に薄めた結果だ。

 極端な明暗より全体を把握できる。


「今度は逃げませんから、安心してください」

「君は……そうなのか」


 一度は命を助けてくれた相手だ。

 その際にサブレ自身で魔族だと教えてくれた。


 専属従者となる際にサブレの存在を告げていれば、とは思わない。

 恩のある相手を切り捨てる選択は無く、そうでなくても発言から関係を探られる。ダンジョンで暮らしていた件を知れば、光神教は即刻敵対するだろう。


 この状況が自分の責任だけとは考えない。魔族と人間の対立は以前から存在しており、衝突は必然的なものだ。


 半端な自分だから関わる結果になっただけ、決断した結果は初めから想定できていた。

 どうあろうと後悔するのだ。本心から不満を解消できるとは思っていない。結局は自己否定だ。それ以上の意味は存在しない。

 無関係であれば安心できた、だろう。悩みですらない。

 

 参考にする相手がいないのに正しい答えを求める。まだ、決断を迫られていた時の方が冷静だった。


 一度助けた命も、戦闘に巻き込む状況では諦めてしまえる。ラナンとの戦闘で、サブレが器用に避けてくれるなど期待しない。

 今は、専属従者と魔族という関係だけでいい。


 サブレの遠い視線は、部隊全体を捉えている。



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