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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
9.回想編:236-267話
257/323

257.均衡



 ひたすら、戦闘音を聞き流す。


 兵士の構える盾が壁となり、敵味方が入り乱れる状況を防ぐ。盾の合間を抜けてきた小型の毒虫を最寄りの兵士が踏み潰していた。

 簡易的な足場に登った兵士が魔法を放ち、爆弾を投げる。生じた熱気は攻撃方向と反対にいる自分の元にまで届いた。


 過去の戦争で軍の戦いは見ていた。聖女の護衛という一つの役割を担った自分でも、目前で行われる完結した戦闘には加われない。


 集団の脅威とは、数ではなく規律だ。武器という一点で勝るのではなく、強みだけを生かした戦闘を行う。数十数百と戦闘を繰り返せば倒せるなんて考えも抱けない。押し通すだけの力が無ければ、次の機会も必ず敗れるだろう。

 陣形により戦闘箇所を厳選して、隙を最小に抑える。少数の時では逃げるしかなかった数の敵とも交戦できるようにするのだ。


 指揮官が度々陣形を下げる。

 歩数を数える掛け声と共に、盾の壁が一斉に後退する。


 壁を飛び越えてきた個体も、即座に殺傷され、括りつけた爆弾と共に奥へと投げ返される。直後に強化の命令が飛び、兵士が盾を支えた。


 決して素人の指揮では実現できない。

 一つ一つの指示は覚えられても、兵士の負担や状態の推移を聞いて、適切な指示を出すのは困難だ。劣勢に追い込まれないから続くだけで、どこかで致命傷を受ければ陣形が崩壊する危険も目に見えている。

 誰もが人間なのだ。簡単に死ぬ、殺せる個の集まりでしかない。

 

 かつての自分なら生存を諦めただろう数の魔物に対抗する。

 誰もが自身だけでは足りないと知っているはず。皆が必ず役割を果たすと、負傷しても交代人員が補ってくれると信頼している。

 必ず殺される戦いでは任務など放棄して敵前逃亡する。皆が戦い続けるから勝利に届く。諦めなかった結果を何度も経験して、誰もが役割を果たす集団になる。中には可能性を信じて消費された者もいたかもしれないが、現存の兵士で裏切りを考えている者は少ないはずだ。


 閉鎖的な通路は、耳に次々と残響を押し付ける。

 叫声暴れる中空に指揮が一声を突き通し、兵士の咆哮を押し広げる。


 視界脇に聖騎士の重厚とした立ち姿がなければ、膝を落としていたかもしれない。自分ではない存在が目の前で暴力を振るっている。

 巻き込まれてしまえば、煙を手で払うようにかき消されてしまいそうな勢いがある。


 目の粗い網を投げた後には、火あぶりの悲鳴が届く。複数同時に行われる戦闘は武器の消耗も激しく、後方支援も物資の補充を欠かさない。

 敵が強大なほど、費用も投じられる。結果として個人では扱い切れない種類と数の武器が集まり、使い捨ての武器も惜しみなく使われる。


 槍を突く間隔は遠ざかる。

 物音は兵士が出すものばかりになり、合間に聞こえる音は、盾の奥に残った数少ない魔物のうなり声だろう。


 命令に従い兵士が数歩下がった後には、盾の密集が解かれる。

 間から見えた光景は、漂う熱臭さを強めた。


 通路にひたすら続く死体の山。

 死骸が重なる複雑な形状は、個々の体色を残しながら、焦げ付きと血の粘りの、赤黒い照りを作っている。途中で投げ込まれた短槍のいくつかが死骸に突き立った状態で見えており、死骸の塊に埋もれてもがく姿も見えた。


 投光器の焦点は通路の先へ進む。

 明るさの足りない奥からも少なくない反射がある。


 何度も行われた後退は、死骸が高く積み重ならないための行動だった。

 差し向けられた魔物の量は、軽々と通路を塞ぐ。兵士の持つ盾では高さが足りず、陣形内部へ侵入を許していただろう。


 盾持ちの兵士の足元には血波が流れてきており、踏み越えて進んだ兵士が残党へと止めを刺している。


 連絡兵が指揮官へと被害報告を行う。

 私語の少ない空間で、雑音に紛れない声が届く。


 部隊全体を簡潔に語られる内容は、素人でも一部は理解できる。

 魔法は攻撃だけではない。戦闘組織である軍が、兵士の強化に注力しないはずもなく、魔法防護や結界という言葉が耳に入った。


 次の一戦に備えての行動が着々と進む。

 兵士各自が装具の点検を行い、交換も素早く行われる。負傷兵の治療には教会の者も協力しており、全体が細かい動きを取り戻す。

 魔物の死骸を通路の端へと動かされた後には、調査隊が先の偵察に向んだ。


 十分な時間が過ぎた後には、進軍の再開が告げられる。

 制圧部隊は、横幅を細めて死骸の間を通る。


 死骸の処理をする暇は無い。

 指揮官からの伝達によると、地上から回収部隊が送り込まれるらしい。

 ダンジョンの現存数が減った今に限らず、少なくない資源だ。


 食用になるかは不明だが、肉骨粉は肥料に変わる。魔石の用途は当然、芯の詰まった牙も装飾具に用いられる。

 倒した魔物を活用する術を備えている。


 劣るだけが人間ではない。

 社会の労力や資金が、魔物の対抗へと注ぎ込まれる。存続する内に余力も蓄えて、さらなる資源の利用を可能にする。

 言うほど単純な変化でなくとも、魔物への対抗能力は日々向上しているのだ。


 死骸の谷を通り抜けた後には、汚れた足を拭く。


 直線通路の終わりには、らせん構造の下り坂が存在しており、下りた先の広い円形の空間を調査隊が確認していた。


 下り坂は通路より幅が短い。駆け上がってきた魔物の大群は、通行量の限界で数の優位を満足に活かせなかったらしい。

 慎重に進んで広場に降りた時には、安全柵の無い坂道のせいで落下死した魔物が散らばっていた。

 緩やかな傾斜も意味をなさず、身動きできずに落とされたのだろう。


 乱雑な指揮だ。

 一匹減ったところで影響が少ない事実があっても、魔物は無限に生まれてこないというのに。


 ダンジョンの自然の明かりにより、全形は捉えられる。数に限りがある投光器は、侵入してきた道と次に続く道を照らしている。

 円形の広場は、さらに地下にも同じ構造で存在している。留まる魔物の群れも確認されており、次の戦闘も時を待たずに行われる。


 円形広場は小区画程度、家の十軒は収まる広さを持つ。

 平坦で人工的に見える床は、市街の住居が立ち並ぶ想像を助けて、残された食いかけの死体が、最近市街で起こされた魔物の襲撃を思い至らせる。


 ここまでの一本道は、逃げ場を与えないためかもしれない。

 ダンジョンの壁が続くかぎり、魔物を好きな場所に移送できる。

 進めば背後を取られる。


 通った道が帰りに安全である見込みは薄い。距離がある限り、孤立しているようなものだ。

 危険を感じたところで既に巻き返す位置にいない。撤退の指示があるまで部隊は進み続けるしかない。


 次の層への侵入も、軍の指揮に任せる。

 敵の排除は必要だが、有限の物資を知っていれば、交戦も最小限に抑えなければならない。全面対決など行わず、坂の入り口を塞ぐ作戦は理に適っている。


 隙間からしか攻撃できない火力の問題はあれど、大半が坂を進むしかない敵には優位に立てる。

 魔物たちは不退の姿勢を見せているようだ。坂道を登って集中的に狙われるか、広場に留まって高所から一方的に攻撃されるか。明らかに不利な状況だろう。


 戦闘に加わらない自分は、部隊の残りと同じく、交戦地点から距離を取って広場の警戒を続けた。



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