256.王都ダンジョン攻略
ダンジョンは、なぜ人を誘い込むのか。
単に人間を殺すためとは説明できない。内部に魔物を溜め込むだけで、侵入した人間を迎え撃つばかり。積極的に魔物を放出して都市部に向かわせるでもなければ納得できない話だろう。
探索者として人間が立ち入り、稼ぎを得る場にされている。
皆殺しにでもすればいい。団結して対処される事を警戒してなのか、事故死だけで満足している。人の総数が増えて困るでもない。まるで、殺す事を楽しんでいるように見えてくる。
単なる道具なら悪くない。
内部構造を複雑に成長させながら、定期的に魔物を生み出す。迷宮酔いも、単に存在してきたから存在するだけかもしれない。
木や石も、家や壁を作るために存在しているわけではない。ダンジョン以上に活用できない資源もあるだろう。
扱いの難しい道具と思われているからこそ、管理の元で維持できる。でなければ即刻破壊する。管理が困難な立地では破壊指示が出されるのだ。
人視点で見るから、自分だけ狙われているように感じるのかもしれない。ダンジョン中でも魔物同士の生存競争があり、人間が特別狙われる対象とも言えない。個人にとって脅威であるのは事実で、対処すべき存在である事実に変わらないのだから。
操作していた頃に意識したDPとは、同種殺しを促すための価値なのだろうか。
人を殺すと言いながら、多くのダンジョンでは通りやすい道がある。ダンジョンという存在の目安にもなっている石のような材質の壁や床は、大きな変動を迎えた後でも変わりない。
入り口を下りた先、広くなった通路は依然として平らな床と天井が存在する。
百数十の兵士たちと進む足取りは順調で、薄暗い遠方には先導を任せた調査隊の明かりも見える。
十分な幅のある直線では隊列も乱れず、本隊後方で従う自分は見回す余裕がある。
背後に存在する工兵らは、複数台の荷車を押している。不確実な進路に対応する物資を運ぶ重要な役割を持つため、隊列の先頭に立つ壁役を除けば、戦力が一番集まっている。
負傷時の交代人員といった予備戦力であり、戦闘に入り込む集団ではない。
そんな最も守られた場所の近くに、聖者の一団は配置されている。
細かい敵を駆逐するのに、聖者を動かす必要も無いわけだ。
「ほえー、こんな場所なんだ」
安心を信頼してなのか、リーフが気楽な声を漏らす。
緊張ばかりも悪いが、たとえ小声でも私語は場違いだ。指揮官が指示を飛ばす中では、異変を知らせる言葉以外は邪魔になる。
「入るのは、初めてなのか?」
「まあね。戦うのは好きじゃないし」
戦闘や調査が目的でなければ、ダンジョンには近づかない。魔物との戦闘は避けられず、都市の住民でも、経験ある者の方が少ないだろう。
同じ専属従者だとしても、リーフまで作戦に参加しているのは意外だった。両脇を守る聖騎士一行とも異なる、教会専用の運搬人員に加わっていた。
自分の隣まで寄ってきた件については、おそらく命令無視だ。聖者聖女の背後で、小話を続ける愚かは早く終わらせたい。
「初めてだから、何か助言が欲しいなー」
「俺も大規模な作戦には慣れていない。とりあえず、配置に従った方がいいんじゃないか?」
聖騎士や運搬係と一同で作戦会議をしたわけでもなく、リーフが加わっている班の作業までは把握していない。
いくら教会でも素人は参加させない。
最近は働くようになって減った光景だが、過去には渡り通路の屋根に登っていたりと、リーフも高い身体能力を見せていた。
世話役としての参加ではないが、教会としては貴重な人材なのだ。
「非難の視線から逃れるためにも、隣にいさせてよ」
「一切、かばわないからな」
「当然」
自分も場違いではある。
魔力を供給する役割も聖女だけに絞られ、こうして聖者聖女の間近で歩かされている。聖者聖女が魔道具を使わなければ活躍も無い。歩いて往復するだけが仕事では、リーフを責められないだろう。
視線を前に戻して、ラナンたちの背を見る。
儀式的な軽装に剣一つ。
フィアリスも杖を抱え持つくらいで、戦地の中にいるにしては不完全な装備だ。長い行軍となると一概に鎧が優れているとは言えないが、怪我の危険を考えると革鎧くらいは欲しくなる。
特異な戦力と知らなければ、荷物を増やすだけの邪魔者に見えるだろう。
アプリリスの肩掛け本も、ほどほど場違いだ。
日用的な使用にあわせて、魔道具の形状が様々になる。形はさほど重視されず、機能や作成費用が優先される。必ず見合った外装になるとは限らない。
せめて、戦場で用いる場合は武器の見た目であってほしい。
素人の指摘も、戦闘に対する意識の違いが原因なのだ。
攻撃魔法を使うにしても、立って構えて宣言するような形式を持たない。単独で戦い、剣を振る間にも無造作に魔法を使い捨てる。素人が惜しんで数回用いる戦い方とは別格である。
防御も魔法に頼れる聖者に、防具は不必要だ。聖女にしても同じ。接敵しないなら剣も盾も重荷でしかない。
隣にいるリーフが聖女であれば、寝台型の魔道具が用意されるのかもしれない。移動の際には台車に積まれる。あるいは複数人に担がれて進んでいた可能性もある。
魔法に対する警戒は、人間にこそ向けるべきなのだろう。外見を取り繕うなど、いくらでも可能だ。相手が用いる魔法は知らず、取り出される道具全てに注意しなければならない。
それ以前に、魔法の有無で判断するため魔物が怖いとされているだけだ。全身強化で魔物と殴り合う可能性を残した時点で、他人からすれば自分も異端に入れられる。
聖者聖女の対する異常など元より知られており、誰も同列には扱わないのだ。
「怖いね」
「そうだな」
歩いた距離は地上の防衛範囲を超える。上を掘れば市街に出るだろう距離を歩き、ようやく先の壁が見えてきた。
下へと続く坂道の存在は、既に調査隊が確認している。さらに奥では大量の魔物が溜まっている事も各隊に伝達され、各自が把握している。
指揮官が戦闘準備を叫ぶ。
移動が中断されて、前方の兵士は横に広がる。盾の壁を築いた背後に、兵士たちは班ごとに動き出す。
盾の隙間から攻撃しつつ、遠方への攻撃も行うようだ。機械弓や槍の予備が等間隔に配置されて、長引く戦闘を事前に教えてくれる。
探索者の戦いではない。
前方から爆破音が響いてきた後には、指揮によって盾の壁を一部解いて、走り込んできた調査隊を受け入れた。
騒々しい音が奥から届いてきて、大群との交戦が始まった。




