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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
9.回想編:236-267話
255/323

255.狂演



 語られた計画によると、少数の調査隊を先に進めつつ、本体が制圧していく作戦らしい。交戦が予想される場合は、調査隊が本体の元まで後退して、接敵までに戦闘態勢を整える。

 特別、疑問は湧かない。


 ダンジョンに潜入する人数のは百人余り。周辺の監視を含めると倍を軽く越えるのだが、戦争と比べれば少ない戦力だ。


「ここに書かれている、規模の推定というのは、どのくらい正確なんだ?」

「どういう意味ですか?」


 投げかけた質問をアプリリスが受け取る。


 報告書には、制圧に向かうダンジョンの情報もある。暴走後に構造の変化が起きた事は、過去の観察記録と暴走直後に潜入した者の証言により確認されている。


 ただし、作戦の参考になった推定深度や到達時間には疑問がある。

 厳戒態勢で進むと、半日で最深部に到達するらしい。

 構造が変化した後のダンジョンを直接歩いて回ったわけでもないだろう。最深部に到達する目安が存在しており、制圧作戦の基準に使われるほど信頼されている。

 

 探索者の噂で、迷宮酔いの範囲からダンジョンの規模を推定できると聞く。入り口の時点の迷宮酔いの強さから、経路の複雑さであったり最深部までの距離が大体想像できると、熟練の探索者の間では経験則で分かるものらしい。


「たとえば、ダンジョンコアがある空間とは別に、離れた位置に最深部まで繋がらない別空間が存在するなら、測定しきれない可能性もあるんじゃないか? ……単純に遠ければ迷宮酔いも届かないんだ」


 自分の考えるダンジョンは違う。

 ダンジョンとはDPを溜めて魔物を生み出す場所であり、その構造が複雑化するほど時間当たりのDP増加も増す。壁や床が地中深くに伸びて、別物として形を成している場合もあるだろう。

 未だ最深部まで攻略できていないダンジョンが、実は全て繋がっていたなんて事も無いとは断言できない。


「そうですね。入口に計測器を設置しているだけなので、実際に侵入する場合との誤差は当然あります。小かな変化を察知できず、今回のような急激な変化でも、安定した計測結果を得るまで日数がかかっています」


 早々に制圧してしまえばよいという考えも浅いようだ。

 判断基準として有効になるまで待つ。敵の見込みを付けてからでないと対処に必要な戦力も分からない。

 兵士にも限りがあり、全てをつぎ込むわけにもいかない。内部に百人を送り込むだけでも、都市間で協力している状態だ。普段から戦力を余らせているわけでもなければ、即座に動かす事は難しい。

 今後、各地で似たような異変が起きる可能性を考えても、都市間で協力した方が有益だろう。


「この辺りは設計者に聞かないと分かりませんね。……別個と考えてしまうほど距離があるなら、測定もそれぞれで行っているはずです。似たような測定結果が乱立しているわけでもないので、もしかすると正確でない可能性もあります」


 ダンジョンが、計測される事を理解して、意図的に規模を偽るような事があるのか。人間と違う存在であるため、確実な答えは出ない。

 だからこそ、ニーシアの存在が怖い。


「今回の変動は、元々存在した空間に繋がったという仮定もできますね」

「そこまでは考えなかった。……あり得るのか?」


 規模がありながら少量の魔物しか生み出さず、長らくDPを溜め込んでいたという想定は過酷だ。十年単位で姿を偽りDPを蓄えていたというなら、小型の魔物だけでも脅威的な数になる。


 今時点でも、暴走後から魔物が放出されていない。

 証言から残存個体が確認されており、暴発を防ぐ意味で包囲に専念している。以前のような定期的な駆除が行われていないのだ。

 規模が拡張したなら魔物の出現数も多くなるはずなので、ダンジョンの奥では魔物が溜まっていると考えるべきだろう。


「脅威と深度が揃わない場合もあるとみるべきでしょうね」

「変に警戒させて悪い」

「いえ、想定しておけば、驚かずにすみますから」


 ダンジョンを操れると得意気になったところで、これまで大した実績は無い。精々成長が早かったくらいで最後には維持も諦め、ダンジョンコアを持ち出して放棄した。

 把握している情報でさえ、力を知られる危険を思うと口外する内容は限られる。半端な知識を語る事も、未熟な探索者としては当然の姿だろうか。


 作戦決行までのわずかな日数では、新たな異変も起こらなかった。

 報告会という形で朝夕に顔を合わせても情報の更新は少なく、作戦の再確認や他部隊の人数把握という、自分の働きとは関係の薄い話が続いた。


 訓練で忙しいラナンの様子を食事時のフィアリスから聞き込み、本拠地を離れて作業量の減った実務をこなす。


 アプリリスは付き合いのある相手へと手紙を書き、来訪を知った庶民の届け物を秘書課から受け取る。専属従者の一人である自分は間を任されている。


 滞在も短期的で、次の訪問も分からない。手紙が相互に行き交う事は珍しく、大半は一方的な内容になる。定型文に個人的な内容を馴染ませる。おそらく、そうした形で長く交流を続けているのだと思う。


 覗き見しない自分は、アプリリスのこれまでの行動から想像するしかない。


 普段は礼節を保ち、法的な規則も守るように努める。必要であるなら、強権の行使も辞さず自身の目的を遂行する。聖女という立場を活用できる人間だ。


 敵になるなら怖く、味方であるなら心強い存在だろう。


 だからこそ、恐ろしい。

 アプリリスが聖女として残ろうとした理由を知らない。


 聖女同士の対立で、聖者を支える聖女が数を減らした。国単位での問題を起こしたロ―リオラスの解放は難しく、今後も聖女二人での活動が続くのだろう。

 政略結婚を組まれたアプリリスが、不正を働いてまで聖女を続ける理由が何なのか。


 男神派との抗争を続ければ、光神教全体が疲弊して、必要な支援が行えなくなる。ロ―リオラスの捕縛が完了した今は、惰性的に進んでいるだけなのか。

 戦力を必要とする状況が迫っている。あるいは現在起きている。知らない危険に身を晒されているのではないだろうか。


 勝手な妄想を膨らませて、無駄に悩むのは自分の悪い癖だ。

 対処が遅い。環境に怯えて自発的な行動ができない。


 自分の力に限界があり、他者と共存できる確信が持てない。

 言葉にすれば誰にでも起こりえる内容だと知る。ダンジョンを操れる自分の特別も、簡単な話にまとめてしまえる。


 自分は比類なき存在ではない。

 人の群れに、聖者の一振りでかき消される弱者だ。活用できる力だからこそ誇示したい。認められない社会の中では隠す必要もあるだろう。

 だから耐えがたい。

 一度抱いた理想が、すべてを歪めたいという欲求に変わる。邪魔だと決めつけながら都合よく求める。貧欲を捨てられない。


 だからせめて、外面だけでも整えなければならない。損失の少ない自己犠牲を見せなければならない。

 行動ひとつにさえ利益を求めてしまう。何をするにも妥協を避けられず、無駄な思考と苦労を繰り返している。


 作戦当日、訪れた王都のダンジョンは以前と異なる光景を見せていた。

 中央に防壁が存在した広場は、厳重な監視を保つために強固な壁で広く囲まれていた。

 ラナンを先頭とする集団で進み、兵士が隊列を組む場所に向かう。

 集まる視線が自分に向けられていない。一瞬の安心で歪められた視線を門の先へと向ける。



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