254.扇動
「アケハ、本当に参加するんだね?」
「ああ」
日程通りに進めば、談話室での話し合いも次を数える方が少なくなる。各都市からの予備戦力も集まり、王都内にあるダンジョンの制圧が近日行われる。
王都内に魔物が放出されて、住民の一部に被害が出た。
暴走以前はごく小規模のダンジョンだった事もあり、突然の変化に対して防衛戦力が足りず、防壁の突破を許した。
所有者である討伐組合の管理能力を疑おうにも、今度の事態は異例である。
周辺のダンジョンが消失した事による暴走と推察されており、原因に挙げられたのは、一年前に起きたダンジョン破壊騒動だ。
貴族の手勢により起こされた騒動は、ダンジョンの最深部にあるダンジョンコアの入手が目的であり、同時かつ複数で破壊が進んだため、各都市、各国が悩まされた。
ここ王都も例外ではない。以前は、近郊に多くのダンジョンを抱える都市であったために標的とされ、計三か所に被害が出た。
定期的に出現する魔物から肉や魔石を入手していたため、破壊された事による経済損失は大きい。魔物狩りで生計を立てていた探索者も、稼ぎの手段をひとつ失い、直後には混乱も起きていた。
光神教の協力により事件の収束が進んだとされているが、その実態は怪しいものだ。
まず、最初に企てたのが第三聖女ロ―リオラスである。保守改革、女神派男神派と秘かに呼ばれる、内部派閥の抗争で躍進するために強力な魔道具の素材となるダンジョンコアを求めた。
責任を押し付ける、あるいは個人的な都合なのか。男神派と関わりのある貴族たちが独断で規模を広げたみたいだが、責任の根本は変わらない。
光神教の内部抗争が元であり、その後始末に動く。被害を受けた都市との連絡を密にし、事件の解決へと積極的に協力するようになったのは必然だろう。
「緊急の魔力供給としてなら貢献できると思う。短いながら探索者として活動して、最低限の自衛や心得もあるつもりだ」
作戦の主力となるラナンは、作戦に関して相応の決定権を持つ。教会の戦力は他にも動員されるため、一人増える程度は断る理由にならないだろう。
当然、意思確認をせずとも、計画に加えられていない者の提案など拒否してしまえる。
「……ラナンの判断で、不要と思うなら断ってほしい」
「そうだね」
魔力量に優れるといっても、活躍の場がなければ邪魔者になるだけだ。軍との会合を重ねて計画を詳しく者の判断にゆだねるのが最適の選択だろう。
戦争の中でも魔力を温存していたラナンが、魔力に困るとは思っていない。
魔族との戦いに常に備えている聖者聖女が、戦闘で劣るとも考えていない。
向かう先がダンジョンであり、閉鎖的で入り組んだ道を進む場合には、安全な索敵を行えない可能性があるのだ。
不意の遭遇に魔力を多く消費してしまえば、必要な場面で魔力を惜しむ結果になるかもしれない。
軍隊も出動するとはいえ、安全な道が確立されているわけでもない。保険となる手段を残しておくのも悪くないだろう。
ラナンはアプリリスの方を見る。
専属従者であるため、直属の主人が存在する。ラナンの立場が上だとしても、アプリリスに無断で動かすわけにもいかない。
もちろん、公的な場面で独断行動は許されず、許可を取る必要性は知っている。アプリリスには先に意思を伝えてあり、許しも得た。
頷きが交わされて、向こう側の対話は終わる。
「わかった。アケハも参加してくれると嬉しい」
「こんな直前に頼んで、すまないな」
「構わないよ。助かる提案を断る理由も無いからね」
実益のある提案かは不明だが、ラナンから頼むには難しい内容ではある。雇用関係があっても、専属従者として加わった経緯が特殊で、単に他人の従者を借りるより面倒だと自分でも察している。
聖女アプリリスのお気に入りという関係は、従者として働けている時点で解消されていない事と同義なのだ。お互い、利益の下で利用しあった。そこに同意の有無は関わらない。
「それより、怪我の方は大丈夫だったの?」
「ああ。すでに完治して、これまで通り働けている」
専属従者は事務作業が仕事であり、力自慢の活躍する場など無い。道具一つにとって代わられる存在で、以前の仕事量も一人前に足りない。
実際は、他の従者に辞められる方が問題であったりする。
「そっか……」
「こんな時期に心配をさせてしまって悪いな」
「いや、こうして復帰できたなら責めないよ」
怪我をして数日養生していた事は、ラナンにも知られている。腕を失う大怪我だったと知られれば、参加を断られるだろうか。
これも全て、自分の実力不足が原因だろう。専属従者を続ける内に活躍したのは戦闘の時くらいなのだ。
油断しているのかもしれない。
一度取り戻せた以上、片腕くらい喰らわせても良いと。奪われた直後の混乱を忘れたわけでもないのに、軽々しく考えてしまう。
そこらの魔物であれば、まず負傷はありえない。硬化魔法を保つ訓練を続けて精度も上がっている。雨衣狼に噛み付かせた程度では傷も付かない肉体なのだ。
立ち入り禁止と知っていながら、未知が数多く残るダンジョンに踏み込み、危険を冒した。遭遇した相手が強力な魔物でなければ、腕を食いちぎられる事態も起こらなかったのだ。
アンシーから新たに教わった補助的な強化魔法も試している。同時に保ているようになれば、おそらく、これまで以上に頑丈になる。
いずれにしても、戦闘に向いた能力だ。
いや、全ては建前だ。
教会の者としての目的なら、強く求める事もなかった。
偽りきれない自我がある。他者への被害をかえりみないという意味では、野望とも言える。
今王都で起きている騒動が、自分の蒔いた種かもしれないのだ。
かつての自宅に戻った時、遭遇したニーシアから不穏な言葉を聞いた。
近々王都が危険な状況になるという。具体的な期日が示されずとも見当はつく。ダンジョンという関係は忘れられない。
休暇を終えた今でも警戒状態に留まっているが、停滞がこの先も続くとは思わない。準備が進められている制圧作戦が実行されれば、嫌でも変動が起こるだろう。
ニーシアにダンジョンの操作権を与えたのは自分だ。王都を取り巻く騒動に関与しているなら、原因となった自分も関わるべきだろう。
解決するだけの力が無いなら、聖者であっても利用する。
ニーシアが普通の人間のままでいれば、今の状況は起きなかったはずだ。
都市の住民に魔物をけしかける。たとえ明確な敵対関係があるとしても、決して好ましい状況ではない。
こちらが知らないだけで、虐殺しかない状況に陥っている可能性がある。
知らなければならない。
力を同じくする存在。
敵として対峙するといなら、応戦しなければならない。
存在が知られているなら、どの程度まで能力が調べられているのか。あるいは今回の戦闘で把握されてしまうなら、具体的な情報が手に入る。
ニーシアに告発される危険があるとしても、立ち会う必要がある。
なぜだろう。
ダンジョンの事を断念したはずなのに、過去の行動が引き戻そうとする。過去の自分が今の状況を予想していたわけでもないのに。
光神教に保護されなかった自分は、ニーシアと同じ経緯を進んだだろうか。
「魔力が欲しいのは軍も同じはずだから、細かい配置は後で教えてくれると助かる」
「あ。確かに、他の部隊に回すことも考えるべきだったね」
魔道具に魔力を供給する。侵入直前になって戦闘員が直接行うわけではないのだ。自分以外にも同じ役割の者はいるだろう。
事前に備えておくものであり、個人の体調を考えるなら頭数も用意する。
自分の参加が作戦立案まで影響する事は無い。
連絡くらいは必要かもしれないため、手間を取らせる分、周辺への利益も見せなければならない。
少々の笑みも薄れて、議題が進む。




