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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
9.回想編:236-267話
253/323

253.白昼



 教会の中庭には、暖かな日差しが届く。


 広大な敷地の各所にある建物は、渡り廊下で繋げられている。移動は空模様に左右されず、往復する間には解放感を求めて何度も視界に入れる。

 場所によっては共同住宅が数軒建つ広さにもなる、空いた土地には庭園が作られている。


 外周を囲む庭園からも通路で切り離されており、隔離された場所にも思える。

 最低限の人通りでは視線も集まらず、陽だまりから一歩引いた建物付近は背景のように気配が薄い。


 寸胴とした柱が等間隔に並ぶ回廊脇には腰を隠す高さの塀がある。手前に小さな葉が茂る緑の垣根が続く。青芝に染まる地面は上からの照りで見事に映え、あらゆる視点に現れる木々が影や幹で色彩の変化を生み出している。

 混じり気の少ない風が、回廊から建物へ過ぎ去っていくのを疑わない。


 長居するには中央大樹の根元にある長椅子に留まるべきだが、地面を背にしてしまうのも有りだ。粗方の汚れは手で軽く払うだけで落ちる。姿勢を維持する面倒もないだろう。


 管理が行き届いた庭だ。

 新しい落ち葉が、点々と芝の上に目立つ。

 飾られた植物は無害で、害獣が入り込む心配もない。


 整えられた環境だろう。

 見比べる建物は薄灰色の一色で、染み着いた汚れも街のそれとは異なる。


 緑で染まる中に色合いを足す。

 凡庸とした中で、点在する奇を目立たせている。


 共同施設の一部を独占しているかもしれない行為は、悪くも心地よい。

 通り過ぎる皆も、休憩を与えられたなら同じ真似をするだろう。


 隣で本が閉じられる。自分が中庭を見回している内に、アプリリスも読書に区切りが付いたらしい。

 向けた視線が重なる。


「読んでみて、どうでしたか?」

「面白かったよ。森で暮らす時の工夫も新しい。探索者より豊かに過ごしているだろうな。描かれていた料理風景でも、自力で改善していった様子を感じられた。この作者が詳しく調べているのが良く分かるよ」


 アプリリスの乏しい表情は、言葉を聞き逃さないといった風に、こちらを外さない。


「ただ、な。冒険をしても必ず少年が生還する事だけは、どうしても素直に受け入れられないな」

「まあ。物語ですから……、中心とする主人公を失ってしまうと、続きが書けなくなります」


 一行先が別の物語に変わっていれば、読む側は混乱する。

 物語である以上、何らかの一貫性を求めるのは間違いないだろう。


「こうした娯楽は、親しい集まりの中で語られるもので、一般に広がるまでには、幾人もの目を通して洗練されますから。親しまれるものが引き継がれていった結果であり、時代に縛られない魅力があるのだと思いますよ」

「本の形になる以前が存在するか……。伝記でも元となる人物がいるものだし、教会の蔵書に納まるまでにも、整えられた過程があるかもしれないか」


 結果良ければ構わない。自分は正確な物語を求めているわけではないのだ。他人に改ざんされた過去があろうと、楽しめたという感想で終わる。

 以前の方が優れていたという理由でもなければ、過去に手を伸ばさない。


「はい。……もちろん、教会の人間でも嗜好は様々ですから、怪作の類も集まります。知識を守る者として、図書館に劣らず、原本を保護する役割も担っているつもりですよ」

「そのあたりの話は、難しくなりそうだな」

「そうですね」


 実際の出来事を語る場合は、細かな変化を知るだけで忙しい。要点をまとめた物語の方が素人には分かりやすいだろう。


 アプリリスが差し出した手に、読み終えた本を渡す。

 本は脇に広げた包み布に収まる。


「アケハさんが探索者になった理由は何ですか?」

「大した理由は無い……な。憧れもなければ、稼ぎのためと言うしかない」


 ダンジョンで暮らしていた頃の延長だ。

 壁外で集まる素材が換金するために、探索者になった。獣魔を街に連れていくの手続きも、探索者を預かる討伐組合で行えた。


 経緯に関しても口外できない内容がある。

 ダンジョンについて、自分が操る場所以外でも確かめてみたかった。他の魔物も操れるのか、何故、ダンジョンを操れるのか。

 疑問は今でも残されている。


「その後は、惰性だな。新しい仕事を得られる確信も無かったから続けていた。……まあ、専属従者になった今と比べれば、不安定で少ない稼ぎだったよ」

「色々と事件に巻き込んでしまって、安全とは言えない環境ですよね」

「いいさ、生き残れただけ。悩む時間も与えられた」


 各地のダンジョンが破壊されていた騒動の中で、殺された可能性もあった。数日前にも、失った腕を取り戻すためにアプリリスの力を借りている。

 魔法を学ぶ環境についても、一時的とはいえ学園に通えたのだ。自力では届かない環境を与えられ、実際に得た物がある。


 納得できない部分があろうと、助けられた事実は変わらない。


 すでに責める立場に無い。

 以前の拒否感も薄れて、アプリリスの不気味さにも慣れた。


 正直、探索者を続ける意味も分からなくなった。

 強力な魔物がいるのは資料で知っていた。数で攻められて対処できない事も当然の話だろう。それでも、一方的に痛めつけられる状況は想定していなかった。


 危険に対する知識を持っても、実感していなかった。

 経験してしまえば、自分の限界を意識するしかない。技として鍛える余地が残されていようと、現時点での才能は大きく定まった。

 これ以上の冒険は難しい。


「アプリリスは、どうして聖女になったんだ?」

「他に無かった。と言うべきでしょうね」


 似たような答えを横顔で語る。


「例えばですが、聖女の印を得て、別の道を考える者はいるでしょうか?」

「難しいだろうな」


 質問が悪かったようだ。

 聖女の役割は明確に決まっており、交換できる人材ではない。聖女と判明した時点で、半ば強要という形で社会に束縛されるだろう。


 聖者を呼び出さなければ、敵対する魔族に対処できるとは思えない。


 聖者の力は圧倒的だ。

 強い人間は他にも語られるが、功績を知って、戦う光景を見てしまえば、生まれ持った力の差を認識してしまう。大抵の者は魔法を学んだところで、一般と比べた才能でしかない。


「一応、そうした例もあるのですが、……私の場合は他の選択肢を知りませんでしたから」

「そうか」


 確認したわけではないが、孤児のような言い回しを本人が以前に語っていた。反対できる立場に無く、他の選択肢も無い。であれば、聖女になるのは必然だろう。

 坦々と物事を進めて、迷いが見えないのも、元々の環境が原因かもしれない。


「俺を雇い入れて、後悔していないか?」

「いいえ、全く。……今は自由を感じていますから」

「もしかすると、面倒な自由を飼い込んだかもしれないな」

「それは否定しませんよ」


 相手を気遣う程度に、アプリリスは横顔を向けてきた。


 時折、吹き抜ける風を数えている内に、回廊にレウリファの姿を見つける。

 台車を使わず、抱えて運んでいる編み籠には昼食が詰められている。


「お持たせしました」

「さ、昼食にしましょう」


 レウリファは、アプリリスとは反対の位置に腰を下ろす。幅のある長椅子は三人が座っても余裕が残る。

 首輪をはめない首元には唯一、指輪を通した革紐が飾られている。


「ありがとう」


 受け取った編み籠はアプリリスとの間に置く。


 開けた中身には、包装紙に包まれた料理以外にも、飲み物の容器や手拭いの類まで詰まっていた。

 持ち運びに適するとしても、衛生観念と見栄えをあわせ考える。面倒な手間だが、快適に過ごしてもらう工夫は欠かさないらしい。突飛な発想は素人でも思い付くが、着実な策を講じたい場合は日頃から鍛えている専門に任せるべきなのだろう。


 緑に囲まれた中、安らかな空の下で、何事もない時間を過ごす。近く険難にさらされる外から遠ざけられ、繋がっているはずの空にも兆候は見当たらない。

 平穏を演じられる空間には、確かな現実感がある。



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