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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
9.回想編:236-267話
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247.偽りの空



「これで最後だ。待たせたね」


 アンシーは野草の地面から立ち上がると、周囲へ視線を向ける。

 低い茂みが点在する草原に、脅威を見つけられない。


 昼の明るさを保った一帯は見晴らしも良く、不意の遭遇を避けられる。脅威となる魔物が多い中では、備える時間を稼げるのは重要だろう。

 視界を阻む物が見つからない以上、隠れる際に地に伏せるくらいが限界という問題は残る。


 安全が確信できる場所であれば、そもそも依頼にならない。

 ダンジョンとは危険をともなう場所であり、環境に怯えるのは探索者の常だ。数少ない岩に身を隠すような小物でも、生き残りさえすれば勝ちなのだ。


「まだ集めてくれても構わないぞ」

「十分な数は取れたからね。早く退却するに限る。……惜しんでもらえたなら誘って良かったよ」


 頻繁に立ち寄る場所でない事は、気楽に語るアンシーが一番知っている。


 保全の都合で一度に採取できる数は少なく、数を確保するために点在する低い茂みをいくつも渡り歩く。土ごと掘り出した根元を布で包む。技術を要するわけでもない採取作業も、警戒と同時に行うには厳しいものがあるだろう。


 役立たずを自認したくないが、ここまで導いてくれたアンシーには、自分とレウリファを警戒に専念させて、できるだけ稼ぎを増やして欲しい。


 「帰ろう」


 アンシーはこちらに視線を向けたまま、採取道具の袋を鞄に収めた。


 帰ると決まれば、後は来た道を引き返すだけだ。

 草原から大樹の森へと足を進める。


 大樹の幹も離れてしまえば小さい。上部の緑が半端に途切れているためでもあるのだが、前を進むアンシーより頭一つ高い程度である。

 葉が茂る脇枝の辺りから昼空のような何かに隠れてしまうため、本当の高さは分からない。おそらく、大樹の頂上から落ちれば人は死んでしまうとは思う。


 横並びは空に隠れず、森は横一線に続く。草原を歩いて変わりない遠景があった事からも、森は自分がいる草原を包囲しているのだろう。

 ダンジョン手前から見下ろせたのは一部だけだったが、一度通ってみた今では、いかに広いかを実感する。


 付近で動く姿は獣魔くらいで、代わり映えのない景色がある。


 雨衣狼も夜気鳥も、隊列を守る。警戒の邪魔しないよう速度を合わせて歩き、空を飛ぶ間も近くを周回するだけで、変な挙動は見せない。

 嫌がる様子もなく指示に従う。賢い分、苦労をさせているだろう。

 ダンジョンを出た後は、街道に着くまで自由に遊ばせてやりたい。どうせ、都市に戻っても獣舎に押し込めるだけなのだ。


 空は昼ばかりが続いて、時間を教えてくれない。


 背後のレウリファを見る。

 極端な疲労は見えない。慣れない場で緊張を残しており、周囲を警戒する間にも、こちらの振り向きにも反応できた。

 言葉は交わさず、視線で体調を伝え合う。


 視界の奥で、陰りが見えた。


「曇るのか……」

「アケハ?」


 レウリファから疑問の表情が来ると同時に、アンシーからも声が届く。

 

「いや、一瞬だけ空が陰って見えた。疲れからかもしれない」


 簡単な一言でも前進は止まる。不審な発言は不適切だった。

 アンシーも、こちらの顔色を気にして見つめてくる。


「森に戻った後は早めに休憩しよう」

「悪い」

「いいさ、どのみち休……」


 向けられた視線が外れて、表情は険しくなる。


「――森まで走れ!」


 アンシーが叫ぶ。


 歩いてきた方向を見ると、大きな影が昼空にある。自分が見た先ほどより濃く、大きな暗がりが空に現れていた。


 戦う選択はない。

 逃亡するよう獣魔へ指示を出して、自分も走る。

 振り返った後ろに、暗がりから現れる輪郭を見た。


 地面に煙玉が投げられ、色煙が広がっていく隙に皮膜の翼と鱗肌が見えた。


「飛竜!」

「――違う!」


 アンシーが煙から飛び出た直後に、轟音が鳴る。


 振動が全身を包み、足は地を離れる。

 本来、干渉されるはずのない、喉奥まで外的な力を受けて頭を抱える。耳を塞ぎ、眼球を震らされる不快感にまぶたを閉じた。


 逃亡する以前に、体の操作もままならない。魔法で強化した体でも、威力に震えて姿勢を保つだけが精一杯なのだ。

 咆哮というには、過激すぎる。身動きを止めるという意図なら的確だが、これほど実力差が明らかなら威圧も必要ない。


 ただ一度の行動で、捕食・被食の関係を押し付けられた。

 止むまで動けなかった自分がいた。


 音が止む。


 焦点の合わない視界に、荒れた地面を映る。

 草原の土を掘り起こしたのは、かぎ爪のある手だ。着地がいつ行われたなど考える意味は無く、目前の脅威を正視する。


 煙が薄まった中に、こちらの十数倍ある巨体がある。

 大きく広がった両腕で地面をかき回し、風と土を振りまく。皮膜を全開した腕を前へ出し、大きな風を生み出しながら後方へと跳ねた。

 巨体の元の位置には、槍を持つ人の姿が残っていた。


「アンシー!」


 呼び声は無視される。

 アンシーはそのまま敵の元へと向かった。敵の腹下には入れず、至近を通過する腕を避けながら、時々襲いかかる顔に槍の矛先を向ける。敵の妨害に専念しているが、回避の動きは激しい。

 巨体からなる攻撃は範囲も広く、人が立ち入る距離ではない。

 アンシーの行動も、長くは続かないだろう。


 本来なら、交戦を避けて逃走する。アンシーが短期的な戦略を続けるのは、こちらが逃げ遅れたためだ。


 辺りを見回すと、自分より森に近い側でレウリファが倒れている。雨衣狼がかばう位置で待機しているが、夜気鳥は空に見当たらない。


 急いでレウリファの元へと駆け寄り、様子を調べる。


 レウリファは力を込めたまま、倒れた姿勢を動かさない。

 呼びかけながら無理やり胴体を引き起こすと、こちらにしがみついて泣き始める。立ち上がらせようとしても直立はできず、呼吸も変わらず荒い。戦闘への加勢は難しく、逃亡も困難だ。


 抱きかかえて運び、少しでも距離を稼ぐ。多少強引な掴み方だが、縮こまっているままでは死ぬ。追撃や咆哮を抑えられている今を無駄にできない。


 森の手前に散らばる大小の樹木も遠い。

 走っている間に、鈍い衝突音が聞こえて、視界脇を槍が通り過ぎる。振り返ると、着地点から大きく離れてアンシーが転がっている。


「まだ動けるか?」

「ごめん。アケハ」


 立ち上がろうとするアンシーの隣に着く。

 いくら魔法で強化していようと、質量差は解決できない。衝撃を受ければ一方的に投げ飛ばされる。土汚れと削れ程度しかない厚着の表も、身に受けた威力を考えると信用ならないものだ。


「レウリファを頼めるか?」


 戦闘に復帰できるか聞けば、可能と返ってくるだろう。遭遇時に積極的に囮になっていたアンシーなら、自分たちの保護を優先する。本人の死傷が考慮されない。


「アレに勝つ方法はあるか?」

「それは、……無理だと思う」


 現存する敵との距離も、逃げ切るには到底足りない。敵が様子見する余裕を見せるのも、捕らえるに何も支障もない距離であるためだろう。


 歩いてきた草原に荒れた場所は見なかった。常に飛行していたなら別だが、あの敵が定期的に訪れていたなら草原にも多くの痕跡が残されていたはずだ。

 そこらの植物も回復速度が極端に優れているとは思わない。

 今回の遭遇は、想定外なのだ。

 アンシーでも対処しきれない。


 実力を考慮せず立ち向かう。

 愚かだが、逃れる術を知らない。


「何とか時間は稼いでみせる」


 引き止めるようとしたアンシーをはがして、敵の方向へと進む。



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