236.再びの王都
教会の変わらない景色を見る。
塀で囲まれた景色は、いつも白く特異だ。
法国を出て王都に着くまでの半月、複数の村や街道を経由した。間の休憩では場所ごとに個性があった。通行人や並ぶ建物には違いがあり、地方の個性を目にした。服装や石材の色。手に入る資源の違いは直接生活に表れてくるものだ。
それでも、都市毎に訪れる教会では、一泊という短い関係ながら慣れた気になる。
目的を同じくすると効率を求める内に形が似る。職人が持つ道具のように、各地を走る馬車のように、教会も光神教という役割に見合う外観で揃えられる。
素人から見れば、確かな違いを認識できないだけだろうか。
教会の暮らしにも慣れてしまった。まだ一年も経たない。本来の自分が経験する十数分の一でしかない時間で、自分の基準になった。
ここ王都は、光神教と関わるようになった場所である。アプリリスの専属従者に加わった場所であり、光神教の派閥抗争に自分が巻き込まれる原因となった場所でもある。
今回の訪問は後始末だ。
派閥抗争の中、各地のダンジョンが壊された。光神教の中枢である法国の他、周辺国まで含めた被害数は三十を超える。
ダンジョンの最深部にあるダンジョンコアは、魔道具を作る際の優秀な素材となる。魔力を蓄える性能が最上級で実物も大きい。周辺に生息する魔物から魔石を得る場合とは比較にならない効率だろう。
聖女同士の対決を狙ったロ―リオラスだけではなく、派閥規模で計画が拡大した。直接的な戦力を高める以外に資金策にもなるため、勢力で劣っていた男神派が狙うのも当然だったのかもしれない。
魔物が生み出される場所で、本来、軍や討伐組合によって厳重に管理されている。一般の立ち入りは難しい場所だが、光神教の権力を利用すれば強要できるらしい。実際に実行したのは各地の貴族だという話も、多くのダンジョンが壊された事実からすれば大した情報ではない。
とにかく、ダンジョンが壊された影響が早く表れた。王都の内部に存在していたダンジョンに異変が起きて、魔物が大量に放出された。
緊急の連絡を受けて、聖者に同行する形で訪れる事になった。
「戻ってきたと言っていいのか……」
「どうでしょう」
独り言に隣にいるレウリファが反応する。
王都の教会で過ごした時間は短い。どちらかと言えば、探索者としての暮らしが大半だ。山の途中に作られた都市においても教会は中央に位置しており。以前に暮らしていた家はずっと山側にある。見渡せる景色は違うものだった。
「アケハー。突っ立てないで、手伝ってよ」
「悪い。すぐに戻る」
半ば空を見上げているとリーフの呼び声が届く。作業前の休憩が長くなったか。向こうが近づいてくるより先に戻るべきだろう。
到着した直後より増えた馬車の列を見て、急ぎ自分の持ち場に戻る。
王都での滞在は長くなるため個人的な荷物も多い。前回の訪問でも、聖者が加わる遠征計画が長期的なものだったらしく生活一式まで運ばれていた。今回のダンジョンの異変に対しても、調査の段階によっては待機もありえる状況なので、長期的な場合に備えたらしい。
主だった教会で用意されている設備では足りないのだろう。
聖者や聖女の専用部屋が存在しているだけでも変な話だ。訪れない時期は無駄な空間にしかならない。
「力持ちがいると楽だね」
「書類仕事は、力要らずだったからな」
アプリリスの専属従者は自分以外、女性である。獣人特有の筋力で唯一頼れるレウリファまで休憩に連れていれば、荷運びの方が進まないのは当然だった。
聖騎士や他の作業員に頼んでも良いが、その分、全体の作業に遅れが出る。
「リーフの働く姿は新しいな」
「ひどい。私の方が先輩なんだけど」
今回は専属従者も人数が多い。遠征や戦争と違って、滞在場所が戦闘地域ではない。魔物との交戦も想定して聖騎士も同行しているが、非戦闘面での補助を増やせるのだろう。
自分たちの荷運びを終えると、作業が続いている他の馬車を放置して、専用の談話室に入る。
定期的な掃除だけ行われていたために生活の匂いは少ない。一年近く無人だったなら前回の痕跡も消えるらしく、こちらの到着前に使われた香が強く感じられる。
中央の席に聖者聖女が座る中、他の専属従者と共に部屋の隅に並ぶ。自分とレウリファを数えなければ、ラナンやフィアリスも同じ数だけ連れてきている。十人以上が入る談話室は、未だ空間に余裕がある。
「さて、今後の予定を確認しておきましょうか」
普段通り、アプリリスが主導で話し合いが始まる。
到着直後でありながら、現地の連絡員が教会に待機している。届けられた資料で異変が起きたダンジョンの経緯を共有した後には、現地軍との連携を始めていく方針で話が進む。
防壁による封鎖が完了しており、現在は厳戒態勢にある。魔物の放出は一度切りだったが奥の方で魔物の存在が確認できており、突発的な暴走を防ぐために簡単な調査に済ませているらしい。
ダンジョン自体の拡張は、元は入り口から見渡せる空間が大半だったものが、十階相当の深さを持つようになっているという。地上一区画を丸々飲み込む広さであり、周辺の土地では足元深くで魔物が動き回っている状態のようだ。
都市内部に存在するには脅威だが、変動後のダンジョンの状況まで把握されている。
ダンジョンという脅威に対しての対処法が既に確立されている。各地のダンジョンが資源採取の場所として管理されている事からも想像できる。
自分が保有するダンジョンだろうと、人類に反逆しようとすれば簡単に制圧されるのだろう。魔物を放出する程度では、今のような一時的な排除にしかならない。
人類から敵視されれば生きられない。
「ダンジョンって何なんだ?」
話が終わって休憩に入ると、隣にいたリーフに声をかける。
「え、探索者をしていたアケハの方が詳しいよね?」
「いや。立ち入る都合で地形や出現する魔物は調べているが、知っているのは精々十くらいだ」
探索者だとしても、ダンジョンについて詳しく考える者は少ないだろう。自分が立ち入る場所について安全に活動するための知識を集めるだけ。
魔物を出現させながら空間を広げる、彼らの目的を知らない。
自分が始めてダンジョンで目覚めた時、目の前にいた存在が語っていた。魔力を溜めて、魔物を生み出す場所であり、人間を殺す場所とも。操作している間も、人間を狙って殺す傾向はあった。人を殺した方が操作の範囲が広がる。従える魔物を多く生み出して、戦力を得られた。
人間に対して特別な意識を持っている。あるいは人間が他の魔物と異なる何かがあるかもしれないのだ。ダンジョンを操れるがために、あるがまま、という答えでは満足できない。
「ダンジョンとはなにか、と問われても雑な答えしか思い浮かばない。存在自体の要点を掴み切れていないというか。……光神教としての見解は、どんなものなんだ?」
「あーいう。そうだね。ダンジョンなんて、魔物が出現する場所としか思われていないよ」
本当なら研究する人間に聞けば簡単なのだが、そんな相手はいない。
「原理も理由も知らない。……でも、あえて答えるとしたら道具だろうね。ありふれた話でしょ? そこらの木は燃えるのに、石は燃えない。なぜ燃えるのか知らないけど、燃える特性を使用して、生活を良くしている」
「できるから利用する」
「ダンジョンだって、そんな扱いだよ。雑でしょ」
頷くしかない。
「なぜ、立ち入りを制限するかわかる?」
「魔物が危険。壊さないという規則を知っておくため」
「そそ、勝手に壊されないように。部外者が無断で入られると困る」
討伐組合が管理して探索者のみに解放する理由は、個人では管理が追いつかず壊されるのも困るからだろう。
魔道具の素材にするより、食べ物や革製品などの生活資源の方が大衆に広く配れる。ダンジョンコアを壊して売れば大金を得られるが、社会としては継続して得られる資源の方が基本的には有益だ。
「本当にそれだけだと思う? 今回も都市内だから危険になっただけで、魔物の異常繁殖なんて珍しくもない。ダンジョンだけが特別危険なわけではもない。意外と単純、壊さなくても個人に使い道があるんだよ。……それも特別厄介で社会に致命的なヤツ」
リーフは質問の答えを出し惜しむように、要領を得ない話を進める。
「アケハ」
名を呼んだ後には、顔を寄せてくる。
「……ある一点において、意図的に操れるんだよ。今回みたいな例も、もしかすると……ね」
声を隠すように耳元でささやいたリーフは、次の質問を避けるように立ち去った。




