232.蜜談
ロ―リオラスは光神教の敷地内に収容されている。
聖騎士の施設から離れていない、独立した建物に入る。外観は古びており、内装だけ急いで整備したような雰囲気は、長らく使われなかった証拠でもある。
これは一般の犯罪者と異なる特別な待遇だ。
地下聖堂の占拠については、国の法から見ても重罪にあたるものだが、光神教においても深刻である。仮に一市民による犯行であれば、即刻死刑が行われる行為だろう。
死亡者は出なかったとしても、重要な施設を襲撃された事実に変わりない。一つ違えれば、光神教という組織自体が損なわれる。相手に意図が無かろうと、人類全てに大きな損失を与えかねない状況だった。
即刻死刑とならないのは、事件の全容が把握できていないためでもある。対立派閥の者を全て殺すなんて単純な話ではなく、関係者は光神教だけに留まらない。早期執行より、正確性を重視すべきなのだろう。
ある程度の情報が得られたところで順々に関係者が処理されていくはずだが、先の長い話に違いない。
特にロ―リオラスに関しては、最終的な処分が行われず、死ぬまで監視下に置く形になる見込みだそうだ。
犯罪を犯したからといって洗礼印が消えるわけではない。人間の法と洗礼が無関係というのは、聖女にも当てはまるようだ。
ロ―リオラスに対する最大限の処罰は、実質的な権力を失わせるくらいが限界なのだ。聖女という地位は失われない。魔族を滅するという大義の前では、監禁状態も維持されるか不明だ。他の聖女が死ぬ状況では、再び表に出されるのかもしれない。
裁きを行える存在がいるとすれば聖者こそふさわしい。これは聖者や聖女が有益であるかぎり変わらず、光神教が正しく機能するかぎり支持されるものだろう。
二重扉を進んで、ロ―リオラスのいる独房に入る。
完全に隔離された室内は人工照明で照らされている。装飾も家具も揃えられており、絨毯など贅沢な家具があれば飲み物や菓子といった嗜好品の類も要求できる。
聖女の私室と比べれば質素なものだが、一般庶民より贅沢な暮らしだろう。入ったすぐの部屋は居間のようで、別室も設計されている。
ただし、存在する窓は自然豊かな絵が飾られているだけのようだ。
「ロ―リオラス」
「……。男娼を頼むのは初めてだけど、思ったより良いのが来んだな。教会でも用意してもらえるなら、もっと早く知っとけばよかった」
視線が合うと、偏った笑みを見せてくる。
会う度に変わる口調からは本音も分かったものではない。
ロ―リオラスは、こちらが対面の席に着くまでに、一度だけ足を組み替えた。
「もう、いいか?」
「ロジェだ」
不機嫌に黙る。
沈黙を選ばれてしまえば、聞き取りも始められない。
「ロジェと呼べ」
「ロジェ。……でいいか?」
要求に応じてみると、確かな頷きが返ってきた。
「ロジェ。情報提供に協力してくれるという話で良いよな?」
「もちろん」
持ち込んだ封筒を椅子の隙間に置いて、ひとまず手を空ける。
「大丈夫。身動きは取れるけど、この通り、拘束もされてる。隠し持つ武器も無いよ」
ロ―リオラスは発言と同時に、机上に両手を差し出してくる。
それぞれの腕には細い腕輪が見える。単なる飾りというわけもなく、拘束具の一種だろう。生活を妨げない形でも、暴走を防ぐ工夫を講じてある。
酷く薄れた状態の洗礼印も、魔法の使用が制限された結果かもしれない。
「……触れて確かめてみる?」
「いや。そこまでは必要ない」
緩く着こなす服は室内に見合った質素なものだ。重ね着が少ないために体の輪郭も表れている。肌の感触まで伝わりそうな状態では隠す場所も無いだろう。
「そっか」
呼び名で機嫌を直したらしく、ロ―リオラスは物腰も柔らかいものとなっている。
「少し、待ってね。今から準備するから」
言いながら立ち上がったロ―リオラスは、机の脇にある配膳車に移動する。
次々と食器が取り出されて、菓子と飲み物の用意が行われていく。待たされた時間は短く、動きを追う間に、机の上には休憩の様相が整ってしまう。
「……聖女の給仕を受けられるなんて贅沢だね」
「長話になるだろうから、助かる」
「直前に用意してもらったものだけど、毒見した方がいい?」
「疑わないから、心配するな」
温めなおす事は簡単だが、あえて騙す理由は無いだろう。
ロ―リオラスが席に戻ったところで、飲み物を飲む。
同じ行動をするロ―リオラスを待って、話題を切り出す。
「この生活に不満は無いのか?」
「快適だよ。食事から掃除まで向こうで管理してくれる。暇は多いけど、本の貸出は許されているし、こういう嗜好品も運んできてくれる。寒くもないしね」
暖炉は見当たらない。
建物全体か部屋自体に暖房設備が設置されているらしい。
「強いて言うなら、話相手が少なくて、少し寂しいくらいかな」
「世話役か調査員しか、会う機会も無いか」
「外の看守と会話するくらいはできそうだけどね」
自分が指名された今回の件も、調査の名目でなければ訪問は難しい。本来なら、事前に面会許可を取るなど手間のかかる処理をするものだ。
「……聖女棟にある私の部屋は覗いた事ある?」
「無いが、何かあるのか?」
調査の人間が立ち入る様子は見た。今は施錠されて出入りは不可能になっている。
「次使われるのは四十年は先なんだろうな、と思って。……ほら、私って聖女らしい性格してないでしょ。私室をまともに使ったのも最初の数年だけだから……」
聖女専用の部屋で持ち主の利用が不可能になった。今は事件調査で出入りもあるが、落ち着く頃には最低限の管理だけになるのだろう。
次の世代が来るまで空き部屋状態か。
「今みたいに制限が多い環境でも、抵抗感は少ないんだと思う」
「そうか」
気晴らしに運動できる広さはあっても、室内に監禁されている事実は変わらない。
圧迫感については獣魔を育てる上で心配する点でもあり、このあたりは人間も魔物も共通している。
「こんな場所だと愚痴を言うことも難しいだろ。暇がある内は好きに呼んでくれ」
「そんなこと言われても、返せるものは無いよ」
「いや、そうでもない。同僚が働く中、自分だけ休憩するのに気後れしている。ここなら気ままに飲み食いできるし、呼ばれるだけの得はあるんだ。……まあ、持ち込みは無理だから、経費はロジェの方で負担する形になるがな」
まず、男という点に問題がある。アプリリスの付き添いをするには同性が好まれるのだ。事情を知らない他者の目がある以上、私室に頻繁に連れ込むのは問題も大きい。
せめて、書類の扱いに長けていれば別だが、同時に教会組織にも詳しくなければならない。幼い内から教育を受けていなければ、教会で働くという考えにならないだろう。
「へー。アケハって、お仕事少ない方なんだ」
「途中で入った人間だからな。事務処理なんかはまず無理で、一人で移動すれば迷子になる。地図や案内無しに遠くは歩けないぞ」
「不器用だね」
「これでも外では生活できていた。周りが器用過ぎるだけだ」
正直なところ、以前の生活も持続的なものではなかった。手持ちの金を減らしていくばかり。探索者としての稼ぎは足りず、改善される見込みがあっただけだ。
今も専属従者として働くというより、個人的な負い目から養われているだけ。相手が堅実な地位にいるとはいえ、負い目が解消されれば放逐されるものだろう。少し活躍の場が増えたところで、本来の仕事と比べれば不安定なものでしかない。
ただ、専属従者に慣れない今は、決して悪い状況ではない。
金に困らない期間というのは同時に、次の生活を探る猶予でもある。険悪でもなければ、再発への支援を受けていると考えれば良い。稼ぐ選択肢は以前より広がっている。




