23.変わらない一日
山菜採りをしていて危険な動物に遭遇した事は無い。人の匂いが残っていたりゴブリン達が狩りに行く際に周辺を通るため、近付く動物も少ないのかもしれない。それでも何匹か腹切りねずみを連れて、武器も持つようにはしている。
薪に使えるような木も多く生えていて、小動物が隠れられそうな茂みもある。日光も木の葉に抑えられて目も疲れない、肌を長時間さらしたとしても日焼けをすることは無いだろう。草や枯れ葉が隠す僅かな段差を踏みしめながら進んでいく。
都市で買った靴に履き慣れた様子のニーシアが先頭を歩いている。
「あの植物は美味しいものでは!」
ニーシアが指で示した辺りを見る。彼女が歩いていき葉を掴んでみて、ようやく彼女が示した植物が分かる。
「アケハさんもレウリファさんも、早く来てください」
呼ばれて向かうと、そばにいるレウリファも自分についてくる。
「これを見てください、葉っぱの形や裏にも特徴的な凹凸もありますよ」
植物の資料に食用可能と書かれていても見分けられるか自信が無い。一緒に山菜取りに行って摘み取った植物は覚えるようにしているが。資料に載せられた絵と説明だけで、可食かそうでないかを判断している彼女たちには敵わない。
ニーシアが持っている植物の特徴を言い尽くす。それに対してレウリファが同意したり、似た特徴の植物で食用に適さないものがあるといった事を教えてくれる。
「そうなのか」
自分はそれらに相槌を打つだけで精一杯である。
山菜取りの時間を過ごす間に護衛のねずみは自分たちの食事をしている。群がって食べることもあれば、離れて違うものを食べている様子も見ることができる。彼ら護衛のおかげで、彼女たちの会話に入れない自分でも飽きてしまうことは無かった。
「あれは!」
ニーシアが声を上がると急に駆け出す。
途中から歩くようになった彼女に辿り着くと、軽くかがんだ彼女が素早い手つきで枝に成る実を摘み採り続けている。実の大きさは小指の先ほどで、集まっている実を一つ一つ取ったり、手前の枝を切ってまるごと袋にいれる。
こちらが傍に来たことに気づいたニーシアは、動きを止めて……止まる。ニーシアは直前まで小声で何か言っていたが聞き取る事はできなかった。
ニーシアが震える手で袋から実を取り出して、指で実を潰す。指には水気のある黄色い果肉がしっかり広がっている。
「匂いはどうでしょうか?」
彼女の手に顔を近づけて嗅いでみる。刺激もなく甘味のなかに酸味が隠れていそうな匂いで、嗅いでいたら疲れも忘れる気がする。匂いを確かめさせるなら食べる果実ではないのだろうか。あるいは料理の香りづけに使うかもしれない。
「嗅いでいて飽きない香りだと思う」
「そうですよね!」
彼女の望む答えができたのか顔もほころんだ様子で、袋を持った腕の方も胸の前に動く。
実を潰した方の手をニーシア自身の顔まで持っていき目を閉じている。この香りを足すような料理は思い当たらない。
「その実は何に使うんだ?」
彼女の揺れる視線だけ、こちらから逸らされている。
「そのですね……」
こちらを見てくる。
「食器の汚れ落としや、拭き掃除の時に水に薄めて布に湿らせるといいですね……」
今度は顔がそれていき、
「あと、寝る前なんかにこの匂いを付けておくと気分よく眠れますし」
再び向きなおる。
「何か、いろいろ使えるんです」
潰れた果実は気にならないのか拳を握り込み、実の詰まった袋の口もしっかりと握られている。隠し事はありそうだが実際に使えるものなら集めていてもいいとは思う。毒物なら危ないが、顔に近づけられるものなら問題は無いだろう。その後に再び摘みだしたニーシアの様子をただ観察する。
「次のものを探しに行きましょう」
十分に集まったのか、屈んでいた足を伸ばした彼女が歩きだした。
都市にいた時の食事は肉の印象が強かったが、このダンジョンの食事では野菜や穀物が目立つ。ダンジョンのDPを消費して魔物の肉を生み出す事はほとんどなくなっている。自分たちは配下の狩りの獲物を分けて貰えるので、その肉を加工して保存ながら消費している。
家畜を飼う事も考えたが人手不足である。餌は用意できるが3人の消費量では繁殖するほどの数は飼えない。都市から運ぶ手間を考えると気が進まないし、都市の市場では生きたまま売られていなかった。家畜が欲しい場合は牧場へ直接向かえば手に入るだろうか。
同じ料理が続く事はないのでニーシアの料理の腕には感謝をしている。彼女は料理をしながら工程ごとに説明をしてくれるので、自分でも料理ができる気になってしまう。教えてもらったはいいが、実際に料理したことは無い。
味見を終えたニーシアが自分に差し出す。
「一口食べてみませんか?」
木べらの上にのせられている熱い料理を手に取る。
芋を皮ごと刻んでから潰し、崩れない厚みに広げた後に表面に油を塗り、最期に鉄板で焼き上げたものだ。このダンジョン定番の雑穀餌も混ぜ込んである節約料理でもある。
少し冷ましてから口に入れる。噛んだ瞬間に中に蓄えられていた熱が口全体に広がる。皮が焦げる表面部分は割れる食感で、内部は蒸された柔らかさと脆さがある。芋の味に加えられた香辛料の刺激が香りと味の慣れを防いでくれている。
「これは冷めても美味しそうだな」
「それなら作れて良かったです」
まだ数はあるので食事の時に十分に食べることはできる。いつか昼間に作ってみたいとは思う。料理をしていてニーシアに欲しいと言われる事は無いと思うが、見つかっても言い訳ができるように数も準備する方がいい。
鍋の持ち手を掴んだままでいる、ニーシアがレウリファを呼ぶように頼んでくる。たき火には他にも鍋が置かれていて、料理が冷めないように遠火を当てている。
ダンジョンの入口付近は変わらず土や石の壁で隠すようにしてある。光を外に出さないようにするためだが、壁を避ける動作は少し面倒だ。荷車も小さくなければ通れなかったかもしれない。天井は明るいままなので夜は少し目立つ。
何回か壁を避けて進むと土の壁も消えて、片側に畑が作られている。
レウリファの部屋へ呼びに行って、料理が並べられるまで一緒に座って待つ。
すべての料理が並べ終わると3人で食べ始める。
ゴブリン達は動物の足を木の枝に縛って丸ごと焼くという、なかなか見られない食事法をしていた。いつもなら自分たちの分を切り分けてしまうため、獲物が多い時でしか試せないからだ。乾燥や燻製のためにたき火の場所も何か所か用意してあるので、彼らも好きな時に火が使える。
肉の踊りをして喜んでいる彼らが、ダンジョンを操作する自分の存在を肯定してくれている気がする。
都市では出来なかった時間にゆるい生活をして夕食の準備を楽しむ。
片付けを済ませるとそれぞれ眠る前の準備をする。自分だけはそれらに加えてダンジョンの状態を確認する。ダンジョン内に配下の魔物が居ない時間は無いが、念のために一通り確認しておく。侵入者に気づかずに寝てしまう事態は避けたい。
罠を作ろうか考えてみたのだが生活の場に危険なものを置くわけにもいかないし。設置や解除の手間もあるのでさらに悪い。ダンジョンに侵入する存在が魔物退治の専門家であれば、魔物を狩る際に罠を使ったりするらしいので、素人が作るような罠にはかからないだろう。
武器の置いてある物置部屋の前には配下の雨衣狼を残しておく。寝ている時でも足音で起きてしまうほど警戒しているので、監視するにはいいだろう。
コアルーム内から指示する場合には特定の配下しか聞こえないように命令できる。状況を確認しながら種族や場所で指示を分けられるため、ダンジョンは防衛に向いている。




