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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
8.抑圧編:214-235話
225/323

225.暗中



 ロ―リオラスによる反逆は小規模なものとして扱われている。

 自分とアプリリスが対策部隊と合流するまでには、保管庫襲撃から相応の時間が経っている。警備各所に連絡が伝わる頃だというのに、道中には普段のような光景があった。

 聖剣の盗難に対して割ける人員は一部でしかなく、廊下を通り過ぎる間には日頃の作業に務める従者や使用人がいた。

 内部的な問題があっても外では日常が続いているため、対外的な業務は欠かせない。

 人払いが行われるのも、地下聖堂のある建物だけらしい。


 中央教会の中でも最古であろう建物の内部には修繕の跡も多い。

 外から差し込まれる光を残す最小限の明かりが灯された室内は、言い繕っても広いとは言えない。

 壁や床、諸々の装飾には生活感が一切見当たない。

 使用された大理石の表面には、建築当時からの経過を思わせる、まだらな薄茶色が染み付いている。付着した汚れというより劣化に近く、おそらく定期的な手入れで落としきれない。使い込まれた木製道具のような鈍い艶は、真新しい建物とは異なる柔らかみを足している。

 儀式におもむく直前の場所であり、透き通っている匂いと合わせて、人が暮らす場所とは隔絶した雰囲気が満ちている。


 初めて訪れる場所でも立って眺める暇は無い。アプリリスを追って歩き、地下への階段の前にできた集まりに加わる。

 聖騎士の他、技師の姿があり、見慣れない装置の数々が階段付近に並べられている。


「状況を教えてください」

「現在、聖堂奥にて聖者が交戦中です。……」

 アプリリスが問うと、待ち構えていた部隊長が説明を始める。


 既に主力は向かわせたらしい。

 投入部隊は連絡手段を確保したまでは良かったものの、交戦前に敵に拘束された。地上に残る人員は解析班が主で、追加の戦闘員を集めている状況だという。

 総数、二十五名の部隊は潜入直後から魔法攻撃を受けて戦闘不能。聖者と第三聖女の交戦を確認して以降、通信兵との連絡も喪失して、計測器からの情報が届くのみとなっている。


 聖女に対して数的有利を持つ意味は少ないようだ。

 一緒に向かったはずの、ラナンとフィアリスでさえ対処が追いつかない事態となると、厳しいと判断するほかない。

 建物内に収まる距離でも、正確な状況が確認できないのは明らかに異常だ。


「結界の一時的な突破は可能ですが、穴の維持は厳しいです。裏口も正面同様、結界が張られていました」


 先へと進む幅広の階段は深い。二階相当の下りは、途中で一度直角に曲がる構造をしており、わずかに覗ける先には通路が続いている。

 地上部分だけ建て替えられた経緯があるのか、階段の手すりは建物全体の質感と釣り合わない。階下の壁面でも装飾の溝に深い黒ずみからも、一段と古いものだとわかる。


「修復となると魔道具による補助は確定的ですね」

「備品の持ち出しは確認できず、独自に持ち込んだものと思われます」

「前の更新から年数も過ぎています。廃棄済みの旧来品を頼ったわけではないでしょう」


 たった数歩に見える距離だが、侵入を拒む結界によって遠く隔てられている。


「……圏内全域で起こったダンジョン襲撃は、このためでしたか」

「およそ、三十機。……全てを維持に回されれば、現装備での制圧は困難です」

「計測器が示す異常な魔力値も侵入対策でしょう。中は完全に相手の領域ですか」


 領域。

 聞き覚えがある。魔法関係であるなら学園にいた頃だろう。

 言葉の使われ方からも、悪い予感しかしない。


「都市核への干渉は一度行われたのみで、表面の防壁が検知しただけのようです」

「報告を聞いた政府側は、重要性が低いと判断したわけですか」

 アプリリスは、一度だけ隅に置かれた装置の方向を見る。

「ええ、……その通りです」


 派閥対立であれば相手側も聖騎士を連れていそうなものだが、地下聖堂の手前に来た今でも、その話を聞かない。

 単独による犯行という事だけが、最悪の予想を防いでいるだろう。

 

「何にしても、早期に解決すべき事には変わりありませんね」

「はい。ですが、強行突破の申請は通りませんでした」

「無理もありません。ここの破壊許可を出す覚悟など誰も持ちませんよ……」


 いくら聖女でも、人間に変わりなく、体も一つしかない。

 魔法に頼らない戦闘には限界もあり、大勢と交戦するなら魔力の消費は多くなる。戦闘継続による疲労から隙も生まれてくるのだろう。

 ロ―リオラスも工夫している。

 最低人数の犯行で事を大きくせず、一度の侵入が限られる空間に立てこもる。文化的価値の高い場所に入る事で、威力の過剰な攻撃も制限した。

 単独という条件でも、有利になる戦況を作り出している。地下聖堂のある建物は、元々警備も厳重である。通常、部外者の侵入は不可能であり、立てこもられる状況が考えられた事など無いはずだ。


 特別な立場を持つ聖女ならでは戦法であり、光神教を裏切るという意味で、捨て身の行動でもあるだろう。


「いいえ、ごめんなさい。……早々に決着を付けろという向こう側の意向ですね」 

 目の前のアプリリスが謝罪を行う。


「……これまで放置してきた結果が表れただけ。確かに今解決しておくべき事柄かもしれません」

「それは光神教全体の問題です。聖女だけの問題ではありません」

「大事になる前に解決できるのは、おそらく聖女か聖者だけでしょう」

 次の発言には、肯定も否定もされない。


「……万が一を考え、強行突入用の装備も用意はしてあります」

 部隊長は、話題を変える形で沈黙を破る。

「使われずに済んで欲しいものですが……。管理は厳重にお願いしますね」

 アプリリスの求めに対して、部隊長が承諾した。


「ちょい待ち! 私専属だからー。入れーい!」

 建物の外からの声に、場にいる複数の姿勢が向かう。


「よっし! 間に合ったー!」

「リーフ……」

 道を通されたリーフはこちらに気付いて、荒息を吐き出す。

 目の前まで来ると、身を屈める。

「ぐべ……。これだけは持ってきたよ。これでいいでしょ」

 リーフが差し出したのは純白色の小さな杖だ。長さは肘先ほども無い。先端に透き通った宝石が埋め込まれている他は、装飾も端にあるのみである。

 遠目では杖というより棒きれだろう。道端に落として汚れてしまえば見分けもつかなくなる。


「リーフ、助かりました」

 受け取ったアプリリスでさえ、杖を持つ姿に違和感が残る。

 魔道具というなら中の機構も複雑になる。魔石にしても大きい方が魔力の貯蔵も増やせるのだ。携帯性と機能性を保った規格というには異常に小さい。

 儀式的にも、実用的からも、ほど遠いだろう。

 これが本来の装具なら、以前、使徒の解放で見かけたものは仮物という事になる。


「……アケハも向かうの?」

 背を持ち上げたリーフは、こちらに顔を向ける。


 聖騎士にも劣る自分は、命知らずだろう。危険は承知の上だ。

 

 自分が立ち入れる機会は、今回限りかもしれない。

 地下聖堂は重要な儀式でしか使われず、次の機会が来るまでに自分が従者を辞めている可能性がある。

 アプリリスに解雇する意思があるという話ではない。ダンジョンを扱える事が知られた場合に、光神教から穏便に去る事は考えられない。


「魔法破壊は得意だ。拘束された部隊の解放も可能かもしれない。……他に用途が無い以上、使える機会を逃すわけにもいかないだろ」

「そっか」


 聖者と聖女の戦いが見られる。仮想敵となる存在同士の戦いは、力が制限された状況でも一見の価値はあるだろう。

 余波で殺されるというなら、そもそも敵わない存在だ。ある意味、諦めもつく。


 迷惑している皆からすれば不誠実な理由だが、自分の目的を捨てる事の方が無い。


「リーフ、指輪を預かってくれないか」

「……いいよ。ここで待っているから。必ず帰ってくるんだよ」

「心配される間柄でも無いだろうに」


 大量の魔力を扱うため、操作を誤って指輪を壊す可能性もある。預けて危険を減らしておくべきだろう。


「私が仕事を怠けられなくなるでしょ。深刻な問題だよ」

「すぐに人事異動の時期だ。それまで耐えればアプリリスも求めてこないはずだ」

 これまでもリーフの自由は優先されていた。人数が欠けた負担も、大半はアプリリス自身で補われるだろう。

 本人が隣にいる状況で話す事ではないが、予想は間違っていないはずだ。

「まあね。でも……指輪の彼女ためにも、誰か一人は心配しておくべきでしょ」

 ここで死んでしまえば、これまでのレウリファの苦労も無駄になるのは確実だ。せめて、自分の元にいても生き続けられる環境くらいは用意したい。

 明確な目標が欠かせない。敵対する相手は知っておくべきだ。


 リーフの言葉を最後に会話を切り、階段の方を見る。

「落ちないように注意してくださいね」

 アプリリスの注意を横耳で聞き、一歩足を伸ばす。


 結界があった。

 慎重に踏みしめると、こちらの重みに耐えるだけの強度がわかる。


「壊した後は、そのまま侵入する必要があるな」

「ええ」

 相手の魔力制御を破るため、知られる可能性は高い。魔道具で制御されているとしても壊された事を知らせる機能くらいあるだろう。


 アプリリスの同意も得られたため、足下に込めた魔力を打ち出す。

 破壊した確かな音と感触を受け取る。


 一段下りた次は、隣にアプリリスを歩かせる幅だけ魔力を打ち込み、甲高い音を続かせる。


 踏み込んだ後の体は重たい。

 周囲の魔力が他人の制御下にある事実が、窒息するような息苦しさによって感じられる。

 水に落ちたような錯覚が全身に染み込んできた。


「アプリリス」

「はい」

 言葉だけで知らせると、視界外でアプリリスが動く。


 無言のまま、暗所になっている地下へと足を進めた。



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