22.畑の観察
外気の涼しさが、喉を通るスープの美味しさを引き立てている。水で戻した薄い干し肉はたやすく噛み砕く事ができる。あらく刻まれた野菜は器の底に溜まっていて匙で口まで運ぶ。茎の部分を噛んでみると、水で洗って食べたときよりも柔らかく潰れて、味が浸みているのが分かる。
いつもより遅く起きた自分がダンジョンの外に出ると、ニーシアが食事の準備をして待ってくれていた。配下のゴブリン達は食事を終えて狩りへと向かったらしい。辺りもすでに明るく、都市にいたなら食事を終えて宿屋を出ている頃だろう。
レウリファを食事に呼びに行くと返事をして付いてきた。日中は自分の指輪で彼女の行動を制止できるため、伏せていた監視の狼にはダンジョンの奥の方で寝る様に指示しておいた。今頃はしっかり体を休ませているだろう。
レウリファはすこし俯いていて、こちらから目をそらしているようにみえる。
2枚の木板を台座用の丸太に作った溝に並べた簡単な食卓があり、既に3人分の配膳がされており、レウリファを横の腰掛に座らせて食事を始めた。
ニーシアに料理方法を聞いてみると、食材の切り方から茹でる順番まで教えてくれた。煮崩れて食感が悪くなるものは、提供する時間に合わせるこだわりもあるそうだ。焼いたり切るだけの自分の料理で例えると、焼いて焦げ目がついた後に火から少し遠ざけて内部まで熱を通すようなものだろうか。
ニーシアと食後の会話を終えると食器の片づけを一緒にする。洗浄用の水も桶に溜めて荷車で運んであり、実際に手伝う事は料理道具や食器の汚れを落として拭くといったものだ。2つの水の張った桶をくぐらせて綺麗になった物をニーシアに手渡すと布で拭いてくれる。
木々に囲まれているこの場所は風も強くなく、拭いた食器を食卓の上に並べておけば勝手に乾いてくれる。
遠出から帰ってきたばかりで荷物の整理もまだ終わっていない。外とダンジョン内の畑の様子も確認したい。早急の用事ではないがするべきことは溜まっている。
今一番の問題はレウリファの扱いをどうするかだ。人手が増えることを目的に購入したはずなのに、監視のために人員を割くようでは意味が無い。食事を終えてからもレウリファに反抗する意志は見えないが、武器は持たせるような危険は避けたい。
自分が呼びに行くまでレウリファは部屋を動かなかったが、食事はしてくれた。身の回りの事はレウリファ自身でしてくれるはず。目を離さないようにしながら一緒に生活する方が、狭い部屋に閉じ込めるよりは良いだろう。
レウリファの気持ちが分からない以上、様子を観察しながら対応も改善していくしかない。食事の片づけを終えても腰掛に座っている彼女は、積極的に行動を起こす事もなさそうである。
都市に向かう前まで管理していた畑を確認する。自分たちの食の彩りが良くなるかの指標になるため、期待が重くなるのも仕方がない。
自分もニーシアも農業の知識は持っていないので、植える時には水の量や育て方を一緒に相談をしていた。
「私たちがいない間も育ってくれていましたね」
育ったといっても実が成るわけでもない。芽が成長しているか、支柱が要るか、あるいは傷まないように保存できているかという程度だ。すぐに収穫できるような植物は持っていない。
外の畑を観察して問題が特に無いことを確認した後にダンジョン内の畑に向かう。ダンジョンを少し進んだ通路の脇に植えてある程度で外の畑よりも小規模の畑である。ダンジョンの中は光が保たれているので、外よりも育ちが良くなると考えていたがそんな事も無かった。
「外の畑よりも芽が出ている数が多いぐらいでしょうか」
人の気配があるとはいっても柵がないと獣の侵入を防げない。鳥に関しては追い払う道具も無い、最初から諦めている。そういった害を防げるという面で、屋内であるダンジョン内の畑は安定して食料を得られるだろう。
「ダンジョンで植物を育てられるかどうかは、手探りで試すしかないな」
自分としてはダンジョンに閉じこもる際に、ダンジョンから生み出す餌では飽きてしまうから作っているようなものだ。出来なかったとしても命には関わらないが、今ある物を失うのは気持ちが悪い。
村や都市と違う自然の中では、通りがかった人が畑を漁る事もあるだろう。自分が守れる範囲はダンジョンの内ぐらいだ。
「都市も近いですし、飢える事はないですから時間を掛けて育てていきましょう」
畑を守れるといっても自分ではなく配下の魔物たちの力を使うことになる。
配下の魔物はどの程度の命令まで従うのだろうか。配下になった腹切りねずみは、食料にするために魔物たちに命じて殺すことができた。その状況では他の配下の食事の改善にもなるため、殺せと命令された魔物も利益があって従ったという可能性もある。死にに行けと命じて従わない可能性は否定できない。
可能性の話を考え続けるよりは、それを防げるように利益を与える様に工夫すべきか。
畑の確認を終えた後、ニーシアは乾燥させた食器を物置に戻す作業に向かった。
自分とレウリファはダンジョンの外に作ってある廃棄処理場に向かう。
廃棄処理場は地面に掘った穴に、死骸を処理する事が可能な、アメーバという魔物を入れたものだ。
アメーバに死骸を投入すると、中に取り込まれて時間をかけて分解されていき、小さな塊になってその場に取り残される。処理後は量も臭いも抑えられるので、死骸をそのまま地面埋めるより手間がかからない。
これまで埋めてきたものから魔石が回収できれば、かなりの数の魔石が集まる事になる。腹切りねずみは魔石の存在を確認してあり、狩りの獲物の中に魔物がいた可能性もある。
埋めた物を掘り返す前にアメーバが魔石を分解していないか確認をする。昨日の食後に、魔石の入った腹切りねずみの頭蓋を、アメーバに取り込ませた。分解された後の小さな塊を崩してみるが中に魔石は見つからない。アメーバによる処理では魔石を回収できないようだ。
今後は獲物を解体する際に魔石を取り出せば、都市で売却するための魔石を集められるだろう。
隣にいるレウリファは俯いているため目線は合わない。魔石を回収するために廃棄処理場に来た事は伝えてある。獣人は嗅覚が優れているらしいので、この場所に寄らない方がよかったかもしれない。
気分転換にダンジョンから見える範囲で散歩をする。
木の伐採はホブゴブリンに任せている。道具が手に入った事で伐採や加工の効率も上がり、彼らの休む時間も増えた。ダンジョンに近い場所から木を切り倒したため、歩いてみると切り株が多く残っているのが見える。掘り返して穴を埋めた場所は少ない。
枯れ葉や歩くのに邪魔にならない植物が広がっていて。切り株の周りには少し盛り上がりがある。
適当な切り株を見つけて腰掛ける。近くに同じような切り株があるがレウリファが座る様子はない。命令すれば座るのだろうか。
少し前まで都市の中にいたため、日常だった風景を改めて認識する。自然に囲まれた場所だが歩いていて楽しいという気持ちは無い。ダンジョンから離れると慣れない頭痛がする事に変わりはない。
隣で立ったままでいるレウリファの顔を見る。
「寝ている時に殺そうとしないと約束してくれるか?」
「はい」
レウリファは俯いたままだったが返事はしてくれた。
ニーシアも食器の片付けは終えている頃だろう。彼女の元へ戻る。




