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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
8.抑圧編:214-235話
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218.狂言



「お前の判断は置いておく」

 静かな応接室の視線は、変わらず自分に向けられている。


「だが、今度の派閥抗争は激化が進んでいるぞ。聖女の近辺が不穏な事は知ってるだろう。新人といえど、待ってくれるほど状況は甘くない」

 顔見知りの従者が行方不明となり、聖女同士の武力衝突もあった。

 派閥対立が原因とは限らないが、状況は悪いだろう。


「衝突が本格化した要因に、聖女の対立は必ずある。これまでの代でも家柄や本人同士の執着は存在したらしいが、馬鹿女が騒ぎ立ててくれたおかげで派閥にまで関与するようになった」

 椅子の背を離れた枢機卿が言った。


「聖女の権力は特別だ。広報の役目も含むが、指揮権同様、一部の任命権も持っている。専属従者も内一つだ。……関係施設の人事に私意を加えれられる。地方の教会は無理でも、中央の人事を扱えるだけで実質的な影響力は十分大きい」

 従者や侍女を入れ替えるくらいで光神教に影響を与えるのは疑問だが、それぞれを兵士と捉えていいなら納得はできる。

 強者が優遇されるなら、自らに従う集団を増やす事も同義だろう。


「権威を比べるなら、聖者を呼び出した聖女が一番だが、他の聖女も劣るものではない。性質上、死亡や退役もあって、交代要員として即時対応できる制度を残している」

 聖女の権力が一律だとしても、数的に優位な女神派が勝つ。そうならない現状は、女神派が全面衝突を嫌うのを知って、男神派が脅迫している形だろうか。


 聖女の死亡とは聞かない話だ。

 少なくとも、これまでに読んだ大衆向けの資料には記されていない。聖者の功績に注目されれば、複数いる同行者が欠ける程度はあって一文かもしれない。

 魔物の王の討伐には戦闘も避けられず、最大戦力として語られる聖者はともかく、兵士や聖騎士と同様、聖女にも戦死があって当然だろう。


「男神派に加わるなんて一人の暴挙で、権力分立も崩れたわけだ。なければ、光神教全体の利益として享受できたものを。……まったく」

 聖女の権力が独立したものと考えるなら、運用は聖女個人の考え次第になる。ひとつが偏れば、他が反対に偏って見えるのは普通の事だろう。

 光神教全体に影響するものが、これまで個人の判断にゆだねられていた事が悪い。これまで起こらなかったと言われても、起こせる状況にはあった。


「今代の聖者も半端だ。選りすぐる余裕など皆無と分かっているだろうに。変な執着を持って対立をあおる。隙を放置したおかげで聖女の独断を許した、それが今だ。派閥に無関心だったとしても、呑気にもほどがある」

 視線を外した枢機卿が、険しい表情を薄める。


「男神派が勝てば、初めての武力政変となる。既存の形態は大きく崩される。その方が今後の運用が楽だからな」

 庶民から見れば、男神派は魔物への対抗を配慮しないように見える。

 光神教にどこまで余裕があるのか不確かだが、共倒されては困る。


「魔族の出現も確認された中、内部改革に没頭してどうなると思う? 聖者への支援を欠けば、魔族側の侵略を許す事に繋がりかねない」

 目の前の枢機卿も男神派なのに、自陣営も聖女も罵倒している。知らない事情を教えてもらっている以上、思い込みが激しいなどとは言えないが、元の話題から快適ではない。

 身の危険が普通以上の自覚はあるが、増して強調されるのは辛い。


「これまで専制を保って、どうにか防いできたのだ。……相手も馬鹿じゃない。聖者の機能不全など知られてみろ。好機と見て殲滅準備などされれば、耐えうる戦力なぞ無いぞ」

 魔族の戦力は知らないが、人間が協力して対抗しなければならない脅威である。

 向こうは単独で動けるが、こちらが対抗するには準備がいる。戦場を選べないだけでも人類は致命的な被害を受けるのだ。

 隣国で起きた魔族との戦闘でも、非戦闘員の死亡数が圧倒的に多く。戦闘が重なるなら都市も放棄せざるを得ない。


 派閥対立を語る以前に、光神教には皆を守る余裕など存在していない。

 庶民にとっては、魔物への対処に尽力してもらいたいものだろう。


「例にならうだけで誰も学ばない。受け継がせる気のない権力に誰が賛同するというのだ」

 疲れたように背にもたれた枢機卿が、顔でこちらを示す。


「……お前は、仕えている聖女について、どこまで知っている?」

「第二聖女である事。他国の貴族から知者と呼ばれていた事。おそらく、貴族ではない事。……でしょうか?」

「半年あまりなら、その程度だろうな」

 間違いとは言われないが、基本的な知識は足りていないという反応かもしれない。


「なぜ、第二でしかないアプリリスが保守派の旗頭に立てるか疑問ではないか? 権力の元となるのが聖者なら、確実に聖女シルルーの方を推すべきだろう」

 聖者を呼び出した聖女が一番なら、フィアリスが聖女の代表と考えてしまう。

 枢機卿の話では、事情が異なるらしい。


「……以前はアプリリスが聖女筆頭だった。聖者召喚以降に繰り下げられた元・第一聖女だ」

 聖女の順位付けが変わる。

 数年前の聖者召喚から変動していないなら、日頃の話題になるはずもない。


「誰もが皆、聖者を呼び出すのは奴だと信じていた。結果としては、慣例となっていた後二人の儀式を続けて、一番期待されていなかった聖女が聖者を呼び出したがな」

 聖者を呼び出した聖女が一番になるのは妥当だろう。

 召喚の成否と無関係なら、順位が存在する理由は万が一の交代順のようだ。


「知らなかったか?」

 枢機卿の問いに、素直に首を振る。


 自分の記憶にない時期の事は知らない。

 他者の目を警戒して調べる事も足踏みしていた。元々、光神教との関係も無い部外者だ。記憶がないという点では庶民以上に無知だろう。


「勝手な期待の反動が今の混乱でもあるわけだ。……人類を守る組織がその程度で揺らぐなど、全く笑えない話だろう?」

 人類を守る組織と言われても、結局、人間の集まりだ。

 光神教への過剰な期待も危険らしい。


「保守派としても、正直、どちらを推すべきか本心では迷っているはずだ。予想外が続いて、現状が危うい事にも気付いている。血統も無視できるものではないからな。組み合わせが悪い」


 アプリリス自身、断言こそしないが孤児のような口ぶりだった。

 他二人ではそのような話を聞かないため、どちらも貴族だろう。


 聖者を呼び出た元貴族の聖女。

 筆頭聖女とされていた孤児の聖女。

 組み合わせが悪いと言われるほど、とは思えない。


 離脱した聖女が優位になるとすれば、貴族だったころの地位だろうか。

 単純な戦闘能力の比較かもしれないが、断定できるものはない。


「何も持たない孤児への対処は楽で、聖女一人が離反して味方になったも好機だった。本望は第二聖女に召喚してほしかっただろうが、それでも十分勝機とでも思ったか。……まあ、男神派は調子に乗った」


 この話を聞かせるために自分を呼び出したのだろうか。

 親切だが、後で要求される事を疑いたくなる。


「そもそも、冗談程度だった噂話を後世が真に受けて大きくなっただけだぞ。今になって急に力を増しただけで、積み重ねるような歴史も全く存在しない。そんな名前を掲げて群れたところで、遅れた反抗期にしかならん」


 知らない話を聞き逃すわけにもいかず、延々と枢機卿の話が続く。



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