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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
8.抑圧編:214-235話
217/323

217.妄執



 枢機卿との面会当日。普段の職務では決して立ち入らない区域を進む。


 見通しの良い廊下には警備の姿が見える。巡回警備に加えて、私室の前には必ず見張りが立つ。この時点で聖女の過ごす建物と差がある。

 広い廊下に合わせて扉同士の間隔は長く、教会特有の白く質素な廊下も、見かける装飾は一層贅沢な物となっている。

 中央教会に複数存在する高位神官の区域は、どこも似た光景があるのかもしれないが、少なくとも、クラヴィス枢機卿を訪れる者は、素人だろうと教会内での地位を実感するはずだ。


 応接室の付近来ると、聖騎士から離れて立つ従者を見つける。

「おはようございます。アケハさん、今日は暖かく過ごせそうですね」

「おはようございます。ユークレアさん、でしたか?」

「はい、そうです」

 こちらの疑問に肯定が返ってくる。

 一度聞いた限りだが、記憶は正しかったようだ。枢機卿の専属従者であるユークレアとは予定を組む際に顔を合わせた。その都合で目印として立っていたのだろう。


「待たせていたなら、急いだ方が良かったか」

「そんな事では、空を見上げる暇も無くなってしまいますよ」

 窓の外には建物が見えている。ここでは窓際に行かないと空が見えないようだ。

「……確かに、雨の時くらいしか気にしていないな」

「多方に出向く身としては、同意します」

 自分の場合は仕事ではない。獣魔の世話を変更する必要があったり、レウリファの毛繕いをする時に意識するだけだ。


「このところ、晴れ続きなので雨も欲しいですね」

「面倒じゃないか?」

「雨も、雨で良い事はありますよ。それに、あまり来ないでは忘れてしまいそうです」

 忘れられる頻度ではないが、久々だと面倒に感じるかもしれない。


「さ、入りましょうか。ここまで歩いてきて座りたいところですよね」

「頼む」

 顔を知る相手となれば本人確認も省くらしく、正式に送られた招待の手紙も確認しないまま、応接室に迎えられた。


「主に来訪を伝えてくるので、部屋を離れますね」

「わかった」

 ユークレアが去って、一人残った室内を見回す。

 調度品の大抵は、実際に使われる光景を想像できない。応接室に置く時点で部屋を飾る目的であるのは事実だが、似合う人物というのも見てみたくはある。


 今座っている椅子も自分の体に対して大きく、この場において従者が椅子に座る事は想定されていない気がする。単純に自分が似合わないだけなら良いが、部屋の隅に立って待つとしても同じ考えに至りそうで落ち着かない。

 正面の机にある道具も、掃除は専門に任せているだろう。触れたいとも思わない。


 奥の扉が叩かれたため、立ち上がって礼を行う。


 開かれた扉から気配が近付く。

「うむ。良い、顔を上げろ」

 現れたのは、男性一人と、女性二人。クラヴィス枢機卿と思われる男が堂々とした歩みで対面に来る中、後続の若い女性は机から半端な距離で止まる。

 先ほど会話をしたユークレアに至っては、閉めた扉から離れていない。


「ユークレア。下がれ」

 返事もせず室内を去られた事で、見知らぬ相手二人がこの場に残る。


「言葉は崩して構わん。警備までは外せんがな」

 クラヴィス枢機卿への第一印象は柱だ。

 背丈は高く、体格も金属甲冑を着込んだかのようである。指輪を飾る太い手は、人の頭を軽く掴みそうなほど大きい。

 誰でも、布の広い服装が見せる腹回りのふくらみより、優れた体格の方に目が向かう。視界に入った途端から、応接室の大きさや装飾品の数々が小さく思えてくる。


 枢機卿はこちらへ合図をして、対面にある幅広の椅子に落ち着く。その後、一人立ち尽くしている女性の方を顔で示した。

「これは気にするな」

 微笑んでいる女性は、衣装から見て、おそらく外部の人間だ。

 年齢は二十前後というところか。女性特有の輪郭を強調しており、露出の多い腕や脚に透けのある薄布を重ねている。煽情的な雰囲気は、教会の服装では見かけない。胸元まで届く長髪を結い上げない点からも、侍女や従者から遠いだろう。

 服装も絶対ではなく、私室となれば制限も緩くなる。断定はできない。


「紹介してくれないのね」

「自分で機会を作れ、少なくとも俺は加える気にならん」

 枢機卿の言葉に、女性が短く相槌を打つ。

「なら、なぜ私を呼んだの?」

「見定めるのがお前の趣味だろう。聞き耳くらいは許してやる」

 枢機卿は気乗りしない感情を眉で示しているが、女性の方は表情が読めない。


「趣味まで気を回されると、俗を売るみたいで立場が無いのだけれど」

「どうせ、年寄の気狂いだ。ありがたそうに受け取ってみせればいい」

「ありがと」


 女性側の言葉は、声量が小さいながら聞き取りやすい。人混みでも通りそうな声質と落ち着いた口調に、緊張は見られない。

 短い会話から推察できるのは、二人が親しい事と何らかの組織に所属している事。

 男神派への勧誘であれば断るつもりだ。


 女性は腰を下ろして、宙に座る。

「あまり、誇れるものではないけれど……」

 組まれた足の奥。わずかに見える支柱のような輪郭は、結界の魔法によるものだろう。本来の用途ではないが、使い方も工夫次第か。

 応接間の椅子を使わない前提なら、普通は折りたたみの椅子を持ち込む。

「そのくらいしか楽しみがないもの」

 姿勢をこちらに向けた女性が、器用に新たな笑みを作ってきた。


 女性は視線を向けてくるも話す気配は無い。

「……話したければ後にしろ。部屋ぐらい貸してやる」

 枢機卿が額に触れながら告げた。


「率直に聞こう。お前の目的は何だ?」

 枢機卿に問われる事といえば、光神教関係だろう。


 自分が専属従者になった理由は、ダンジョン襲撃事件の騒動から逃れるためだ。

 暮らしていた都市のダンジョン襲撃現場に遭遇した結果、襲撃側から犯罪集団を差し向けられるまでになっていた。

 探索者としての活動を続けようにも、ダンジョンと探索者を管理する討伐組合が事件に関与しており、別の都市に移って新たな生活をするにも金銭的に問題があった。

 身の安全と収入の確保が難しい中、事態の収拾に動いた光神教が当時標的となっていた自分に接触を図ってきた事を機に、最終的に保護される形を選んだ。


 当初の接触意図は、襲撃犯側の標的であるダンジョンコアの適正価格での買取だった。

 こちらの個人的な都合で交渉を拒否したが、裁量を持つ聖女アプリリスが自身の都合を組み込んで強行したおかげで、最終的に専属従者として雇われる形となった。


 弱みを握るもなにも、向こうが自発的に出した改善案に従っただけである。光神教で立場を持つアプリリスに敵対されれば、本人の狂行を含めて、当時以上の危険に。


 一応、現在までダンジョンコアの個人所有は認められており、不都合になって殺される事も起きていない。身の危険という意味では光神教の内部抗争が問題になっているが、アプリリスの件とは別だ。

 聖者と同行するに関しても、想定になかった危険もあるが仕事を少量でも与えられるという事は、積極的に辞めさせられる状況ではないだろう。

 最悪、専属従者の誘拐を考慮して緊急に用意した囮という可能性も考えられなくはない。


 つまり、光神教に加わった経緯について、自分の意図は薄い。

 機会があっただけであり、目的があって選んだわけではない。


「聖女に誑かされたにしては、ずいぶん長居ではないか?」

 騙されたという事には同意だ。

「今の時期に好んで残るものなどおるまい。……各国のダンジョン襲撃の話も聞かなくなっている。一部では首謀者の処刑も行われて沈静化した。お前が暮らしていた国でも、あれ以来、新しい事件は起きていないはずだ」

 国を超えた規模に広まったダンジョン騒動から、自分に注目したのかもしれない。


 好んで残ると言われても、探索者のように今日明日で辞められる類ではなく、決められた労働期間に背いてまで去る危険はない。気付いた時には逃げられず死ぬのが真実だとしても、そもそも働く大抵の者が同じだろう。


「奴は個人に執着しない。金は十分貰ったのだろう? 危険と分かれば逃げ去るのが探索者の基本だと聞くが、特別理由でもあるのか?」


 理由はある。

 自分という存在を知るためだ。


 気付いた時には記憶が無かった。

 ダンジョンの機能を用いて、魔物の使役まで可能だった。

 明らかな異質を解消したくなるのは正常な思考だろう。


 記憶を思い出せないなら、他の記録から学ぶしかない。

 人間と魔物に魔石の有無という違いがあるように、ダンジョンを操作できる事で普通ではない部分があると困る。他人が判別できてしまうなら問題になる。

 大量の魔物を飼いならさず使役できるのは強力だが、個人が持つには過剰な力だ。魔法のように皆に知られた能力ではなく、人類の敵とされる魔物を扱う点でも印象が悪い。

 過去に自分と似た存在が討伐されていれば、暮らし方も工夫すべきであり、普通を演じるにも違いを把握しておきたかった。


 少なくとも、大量の魔物を使役するとされている魔族も敵だ。

 ダンジョンという存在についても良い扱いはされておらず、境遇に期待できない。


 ダンジョンや魔物に関する情報は、これまでも探してきた。

 討伐組合が資料館に並べる資料は、どれも探索者向けだ。魔物や資源の発見地域や対処法でなければ、見つからない可能性が高いだろう。

 仮に自分のような少数存在の資料があるとしても、おそらく一部の探索者しか知りえない。


 ダンジョンとは日々多くの探索者が魔物狩る場所で、生み出される魔物を操る存在がいるとすれば、魔族に並ぶ脅威となる。

 確実な脅威であれば立ち入る探索者に知らせるはずであり、あるいは数と質を揃えて対処する必要上、軍や討伐組合の上層しか知りえない情報かもしれない。


 探索者を続けて情報を得るより、光神教で聖女の従者になる方が期待できる。


 実際、教会に存在する資料は膨大で、何世代も昔の資料を聖女は持ち出せる。

 働いていれば、持ち出し厳禁の資料を扱う機会も来るかもしれない。閲覧記録が残されるなどの問題はあるが、聖女の権限があれば閲覧可能なのだ。


 可否の判断もつかない今、再び入り込めるとは思えない光神教から半端に去る事はできない。


 考え込むだけで返せる答えは無い。

 今、この場で判断を決する覚悟は持たない。


「まったく面倒だ。奴の小芝居にも同情する面はあるが、穏便に済まそうとした苦労も量れないものか……」

 無音を断るように枢機卿が重いため息をついた。



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