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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
8.抑圧編:214-235話
216/323

216.個



 聖女が暮らす建物は、最寄りの秘書課までの往復に時間がかかる。

 日々の預かり物を確認するためには、別の建物に渡らなければならない。


 往復する側として少し面倒に思うが、警備も厳重にする上で建物として独立させるのは悪くない。主人の遠征時には無用となる施設であるため、むしろ、適切な配置と言えるだろう。

 周辺の廊下では主要な通路に接しないおかげで、連絡人を走らせるくらいの余裕があり、迷うような分岐でも背を押されずに見回す事ができる。


 途中で足を止めたのは数日で、日課となりそうな経路にも慣れた。


 秘書課の付近では、窓に白い布が張られる。

 業務をこなす最低限の風通しが保たれ、昼でありながら人工光が照らす室内は、書類を扱う場所らしく薬臭がする。


 部屋を訪れて最初に見るのは、受付台より奥にいる職員の姿だ。


 内外を問わず集めた書類を各所に配る。並ぶ机の列では、仕分け作業が行われている。

 運ばれてきた箱を開封して、中の書類を宛先ごとに分ける。片側の壁に埋め込まれた棚に納められていくのだが、枠の半分が空くような光景を知らない。

 鐘の音より詳しい時刻を示す、壁付け時計の針より忙しい。


 訪れた従者が待つ場所は人が二三並ぶ程度の幅だが、奥の混み様に比べれば広く感じてしまう。


 収まらない書類が別に保管される事も、ローリオラスの件で知っている。

 埋め込み棚の壁とは反対側、部屋に奥行きが残っており、背板の無い棚が並んでいる。一番手前の棚の向きは、移動経路を残しつつ申し訳程度に奥を隠す配置である。

 残りの箱がいくつあるのか、それぞれに詰まった量も聞かない。向こうも具体的な話をしないため知らない方が良い。

 重要書類や日々の連絡まで種類は様々ある。渡す順番が決められているあたり、保管時の箱詰め方法は日付順だけではないだろう。

 これが秘書課の仕事でなければ、誰も行わない。一斉処分が良いところだ。


 部屋に入った時点で待ち構えた、受付へと向かう。

 普段使われない椅子に他の従者が座っていたが、こちらを優先させてくれた。受付に立つ職員が一人だけなので、何かの処理待ちなのだろう。


「聖女アプリリス付きの従者だが、処分を頼みたい」

「わかりました」

 受付の者が、慣れた手つきで机の下から受付表を取り出す。

 その間に、自分は運んできた手紙類を二つに分けて机に置く。

「……今日も大丈夫でしたか?」

「ああ。全て見てもらえた」

「……ありがとうございます」

 他の音に紛れる声で話した後で、アプリリスとローリオラスとで分けた物が、職員の手で数えられる。

 一部が勝手に処分されるとしても、相手毎の種類や数が記録される。

 受け渡しの際にも時刻は記録されるため、預かる時点でも同様だろう。


「新しく預かっているものはあるか?」

「いいえ、ありませんね」

 次は夕方くらいに訪れる。

 元々、聖女宛ての手紙が少ないため、自分の場合は毎回手で足りる。

 隅に折り畳まれている台車は受け取る側も利用しており、専用の物なので見分けがつく。


「お待たせしました。最後の記帳をお願いします」

「また、次も頼むよ」

 ローリオラスの積み立て分も、本日の追加は無い。

 順調に進めていけば、いずれ無くなるだろう。


 唯一残っていた受付の職員も、机での仕分け作業に戻る。

 翌朝に仕事を先送りにするか、夕食を諦めていそうな仕事である。人数や部屋の広さが異なるとしても、秘書課の部屋はどこも似たような状況かもしれない。


「すみません。あなたがアケハさんで正しいでしょうか?」

 廊下に出たところで、部屋にいた従者から呼び止められる。

 服装から専属従者だと分かっても、誰の担当までは判断できない。

「ああ、そうだが……。そちらの担当を教えてもらえないだろうか?」

「クラヴィス枢機卿の専属従者、ユークレアです」

 枢機卿といえば神官の最高位に近い。一律であるはずの専属従者の地位も、権限を借りる役割上、時には主人に準ずる。

 特別権限を与えられた聖女も、無理に比べるなら、枢機卿より下だ。


「聖女アプリリス付きのアケハだ。話を止めたみたいで申し訳ない」

「いえ、構いません」

 高位に仕える者くらいは、専属に選ばれるまでに覚えている知識だろう。

 素人なのに聖女の独断で拾い上げられたという話も、この場の言い訳にはならない。不満を向けるとしてもアプリリスに対してだ。


「主が、貴方とお会いしたいとの事なので、面会の予定を組んでもらえませんか?」

「俺に対してなのか……」

 通常、他人の専属従者に命令できないと教わった。間接的に従う状況があるとしても、主人の命令あってこそだ。


 差し出された手紙を見ると、確かに自分宛てとなっている。

 内容は単純で、面会希望の文章が書かれているだけだ。目的が書かれていない事に不安は覚えるものの、それ以外の不備は見つからない。


「確認した。こちらも一度、主人に伺いを立てなければならない」

 何にしてもアプリリスの確認は必要である。派閥対立の不穏な状況という以前に、通常業務でも報告は欠かせない。

「手紙も見せる事になるが、この場合だと、返信は秘書課を通しても構わないな?」

「はい、問題ありません。良い返事を期待しています」

 秘書課の部屋にいたのは、こちらを待っていたためのようだ。専属従者の行動はある程度予想できてしまうため、顔を合わせるのは難しくない。

 去り際に一度振り返ったところ、見送る姿を見せていた。


 手紙だけでも済む話だが、自分宛ての手紙を秘書課で確認した事は無い。個人的な予定を主人から伝えさせるのも変ではあるだろう。


 談話室に戻ったところで、アプリリスに面会の話を伝える。

「そうですね……」

 隣の椅子を示し、渡した手紙を読むアプリリスが声を出す。


「どうなんだ?」

「おそらく、大丈夫でしょう」

 面会の正否を判断するには、派閥関係が分からない。

「クラヴィス卿は男神派ではありますが、元々、過激な部類ではありません」

 アプリリスは、どこから情報を得ているのだろう。


 聖女は教会の端で暮らしているような存在だ。専用の建物を持つくらい特別でも、平時は無用の存在である。

 魔物の王討伐と人類保護を掲げる光神教も、軍事の比率は低い。信仰する国は軍隊を持っており、民間にしても探索者が存在する。洗礼によって戦力の地盤を支える功績は事実でも、施設の大半は戦闘目的ではない。

 組織内が戦争状態でもないため、聖騎士の利用も警備が主なのだ。


 上に立つ者がいるとしても、おそらく聖者だけ。

 聖騎士や従者を動かせる立場だが、実戦利用という時点で孤立している。内部への影響力は基本的に弱く、酷く限定的だ。

 一部祭事に関わるとしても、本当に魔物退治だけの存在だろう。


 単に聖女でいるだけでは内情も手に入らない。

 アプリリスが日々、届く書類を読みふけるのも安全に生きるための行動かもしれない。


「書類に記す事からも信頼性は高い。専用の応接室が使われる事も、日程を候補から選ぶという形も、正しく定型です。候補日のせいで返事の期日近い点は、立場的な問題でしょう」

 文章を指で示しているアプリリスが、顔をこちらに向ける。

「返事を秘書課に通すなら記録も残ります。まず、計略としては失策でしょう? 相手の地位は簡単に捨てられるものではない。刺し違えるにも対価が釣り合わない」

「断わる必要は無いわけだな」

 自分が感じた事といえば、こちらに選択の余地が残されているため、表面上の印象は良いというくらいだ。

 手紙の作法も詳しくないため、アプリリスが示した根拠も否定できない。


「危険と思えば最悪、殺しても構いません」

 ローリオラスが去った室内では、アプリリスの他にレウリファが残るのみ。

「備品などいくらでも壊せばよいのです。自身の生存を考えてください。こちらによる暗殺だと主張されようと、誘い込んで自滅したなんて恥をさらすだけですからね」

 室内の音は少ない。


「従者一人に対して、ずいぶんな優遇じゃないか。向こうの方が重要人物だろ」

 アプリリスの専属従者が二人誘拐された事件も未だに解決しない。救出が難しいために自衛を勧めている可能性がある。

「無理に仕えさせている事を配慮しているだけです。こういう環境に慣れていないと、判断が遅れてしまいますから。……権力に怯えて動けなくなる事だけは避けてください」


 机から手を下ろした、アプリリスの横顔を見る。

「この場で私ができるのは面会が信頼できるかを伝える事。この判断が致命的な失態で、主人として失格であると考えた時は無慈悲に切り捨てるべきでしょう」

 視線を合わせず、話が続けられる。

「どうあっても個人と集団の目的は揃わないのだから、一方的に搾取されたくなければ無益な権力に従わない。個人はそれでよいのです」

 言い終えてようやく、アプリリスが顔を戻した。


 光神教にいるのが危険と知ったところで、即座に去る事は困難だ。


 規則に従って穏便に辞めようとしても、相手から追い詰められて殺されるかもしれない。

 規則を破って無断で立ち去れば、味方であった者からも危険視されるかもしれない。積極的に排除してくるようなら新たな危険を生み出すことになる。


「自己犠牲が趣味でもないのでしょう?」

「それは無いな」

 選択する余裕が無いと知れば、死に方を考えるしかないのだろう。

 どこまでも、自分の都合でしかない。


 専属従者になった理由も強要されただけではなく、情報を集められると思ったからだ。


 ただ、生き長らえるため。

 ダンジョンを操作できるという異常によって排除されない確信を得るため。

 安全に暮らす方法を探るため。


 知識を得たところで、絶対は遠く、どこまでも自己満足だ。

 どう死ねば、自分は満足できるのだろう。


 満足するのは死ぬ時だけで良いのか。


 常に求める状況が得られるとは限らない。

 それでも、満たされた状況を長く感じていたい。


 終わりまで満たされていたい。そのために生きる。


「返事の書き方を教えてくれないか?」

「すぐ横で見本を見せられるよう、長椅子の方に移りましょう」

 道具を揃えて席に着き、手紙をつづる姿を隣で眺める。


「場所を移すような提案には、一応警戒してください。私から言うのも野暮ですが、個人的な提案となると、あなた次第ですから」

「何かあるのか?」

「いずれにしても、断りたければ私の名前を自由に使ってもらって構いません」

 話しぶりから、誘拐とは別の問題だろう。

 面会時の状況から察するしかないようだ。


 出来上がった見本を元に、説明を受けて返事を書く。

 途中で休憩を挟みつつ、穏やかな時間が続いた。



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