212.後始末
戦闘が終結した後でも、作業は続けられた。
怪我人の捜索、避難した住民の保護、瓦礫の撤去など。都市の復旧は急務であり、作業に関わる者は兵士に限らない。
自分が作業を交代できたのは日付をまたいだ後だっただろう。目覚めて寒い朝日を見た時には、次の捜索において自分の役割が一つ減らされる事を意識した。
瓦礫に埋もれた土地は利用が困難で、ひび割れた道路は人と物の交通を妨げる。住居と職場を失った住民は、都市の補助を失えば明日も生きられない。
倒壊した建物を撤去するだけでも、おそらく半年以上。一夜で損ねた機能を取り戻すために数年単位の期間を要するのは素人目でもわかる。
ひどく長期的なもので、住民個人が受けた被害は永続的とも言える。元々、壁の中が戦場になるなど想定されていなかったのだ。
他国の者でしかない自分たちが協力できたのは戦闘とその翌日のみ。最後は滞在施設に留まり、交渉の結果を待つだけとなる。
言語の違いで情報共有が難しく、人数的に大した力にならない。避難所で騒動が起きている事もあり、余裕の無い住民との接触も避けるべきという判断らしい。
一応だが、法国も支援部隊の派遣を行う。
戦後交渉の途中でも都市の譲渡は確定しており、これまでと違って所有権が半端な状態だからこそ、本来不可能な提案を押し通せたらしい。
自分たち交渉団と交代するかのように、労働力と指揮に優れた人員が送られてくるだろう。
再び、被害範囲に立ち入ったのは、魔族の遺体を見に行った時だ。
軍によって立ち入りが制限された中を進むと、交渉団の全員が臭いに気付く。服に染み着くような濃い生臭さが辺りに広がっており、おかげで一部の者は接近を諦めた。生物の死骸なら良くある話だ。これから腐敗が始まるだろう臭いに包まれたなら、誰だろうと長居が危険だと判断する。
死後も形を保ち、瓦礫の周辺で唯一目立つ巨大な体は、石材を加工したような外見から想像できない肉の塊だった。
筒半分の傾きによる大きな隙間を遠くから覗けば、筒の内部には貼り付く筋肉や垂れた臓器らしき肉塊がいくつも見えた。光を照らした部分に乾ききれない湿りが存在していた。
覗けるほどの内部だが、空洞に納まっていた分は当然、外に出ている。遺体近くの地面は体液と肉で埋まっており、巨体から溢れ出た際の勢いも亀裂から広がった飛沫の跡が示している。
近くの瓦礫はことごとく体液で塗り潰され、離れた自分の足元でも地面の粘りを感じる。
作り物のように見えた魔族も生きていた。
表面の傷は、単なる破損や焼け焦げたような黒ずみの他にも、明らかに別の生物を相手にしたような傷もあった。巨体を傷つける存在が他にもいる事実と、ひとつの生物として活動していたという痕跡は、昼で見なければ気付けなかっただろう。
そんなの遺体を、ラナンは真剣な表情で見ていた。
聖者であるラナンは魔族を殺し続ける。
たとえ生物であり異なる暮らしがあったとしても、人間の脅威であるなら殺すしかない。ためらいや後悔があるとしても行動は変わらない。
単独の魔族が都市を破壊しかねない力を持つため排除する、というなら聖者も相当だ。区別しているのは力ではなく、人類に反する意思の有無だろう。
規律に従うから力の存在が許される。兵士や探索者が集まった組織も脅威になりえるのだ。
魔族は同じではない。
人間と違って、守るべき規則など示されず、見つかれば排除されてしまう。反抗する意思が無くとも、正体を隠して住民に紛れ込むしかなくなる。
結局、意思疎通ができようと、共存は認められていない。
自分は姿を変える事などできないし、魔族ではないだろう。
それでも、ダンジョンを操作できる。住民がいる場に魔物を解き放てるというだけでも、都市の脅威になる。
仮にダンジョンを操作する事で人類に貢献できるとして、誰が安全性を認めてくれるのか。ダンジョンのDPは確実に人間を殺す事をひとつの目的としている。操作する際の対価に殺人を優位とする価値基準が存在しているのだ。
操作経験が浅く、機能を把握しきれていない。人間を殺さずに機能を維持できるのか。信頼しきれない能力の行使を誤れば、殺されかねない。
魔族は殺されるべきなのか。
わからないと答えた自分に対して、質問したラナンは笑みを作ろうとしていた。
勝った事を誇りもしない。
苦しげな表情と疲労を残して立つ姿は、自分とは異なる。
長引いていた戦後交渉が終わると、都市を去る。魔族の破壊活動により混乱が残っている状況でも、自分にできる事は無い。聴取を受けて記憶にある出来事も話してある。これ以上の関与は邪魔になるだけだった。
滞在施設が被害範囲から離れていたおかげで移動手段の馬車に問題は起こらず、帰還準備は手早く行われた。
戦場にされていた平原を帰りにも通る。
「ローリオラスの痕跡は見つからなかったのか?」
「少なくとも、許されない行為はしていなかったみたいです」
戦後交渉の話題で忘れていたが、戦争を予告する手紙を宣戦布告より前に寄越したローリオラスが他国の事情に関与している疑いがあった。
自分が街に出歩いている間に、アプリリスは調査を進めていたらしい。
「いえ、戦争への関与は見受けられませんでしたが、他の企みはあるかもしれません。情報収集や防衛のためにも、本拠地から離れているのは好ましくないです」
「獣魔の体調に問題はでていませんか?」
馬車を急がせる話は聞いていた。
「今の進みなら、到着まで問題無い。走り足りない普段より、休憩に満足できる今の方が楽しんでいるだろうな」
獣魔に影響がでていないか気を付けているが、休憩毎に様子見する雨衣狼の調子は良好である。
「止むを得ない事ですが、滞在が長引いてしまいましたから……」
「そうだな」
魔族の事件以降の交渉は、予定に大きな遅れが出た。復旧活動の方を優先すべきなので、重役との都合が合わなくなるのは無理もない。
道中に用事は無く、聖都までの帰路は順調に進んだ。




