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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
7.加担編:186-213話
210/323

210.破壊者



 範囲外と思われていたところで攻撃を受けて、周囲に混乱が見られる。

 アプリリスの警護をする聖騎士たちが、揺れが収まった程度で隊列を持ち直せる事が異常なくらいだ。中には立ち上がれずにいる姿もある。


「アプリリス、大丈夫か」

「支えていただいて助かりました。……状況はどうなっているのでしょう?」

 抱きしめていた体を離すと、アプリリスも周囲を見回す。


 他拠点との連絡を急ぐ指示が飛び、前線への調査も命じられている。状況整理で騒がしさが増してくる。

 散らばった道具の回収や、たき火の修復。このままであれば拠点の復旧は可能だろう。

 恐怖で起き上がれない者も、安全な中央に運ばれて軍医の診断を受けている。


 地の揺れなど普段は経験しない。

 乱暴に跳ねて床を振動させるのとは規模が違い、建物を倒壊させるような揺れなど恐怖でしかない。建物の中にいる自分を想像すれば、容易に死が想像できてしまう。

 

 自分はここへ来るまでに何度か経験していた。

 最初から震えずに済んだのは、原因がクイナだと知っているからだ。

 目の前の脅威を正確に理解できない。自分に向けられた攻撃と思えない。


「前線の状況を確認した後には、場所を移す必要がありそうですね」

 アプリリスが聖騎士たちを治療所に向かわせる。

 指示を終えたアプリリスの視線の先では、揺れに耐えかねた荷車が備品を飛び散らせていた。積んでいた荷物の無事は怪しい。車輪部分が壊れて使い物にならなくなった荷車は他にもあるはずだ。


 問題は広場の中だけではない。前線との連絡や避難指示に向かわせていた者の安否が危うい。

 大抵の道は広場と比べて建物との距離が近く、建物の倒壊に巻き込まれる可能性が高い。拠点に帰還するまでにも、散らばった瓦礫による転倒や落下物との接触など、危険が続いている。

 建物の密集する環境が、追い打ちのように悪い条件を増やしている。


 見渡す広場では、規律を取り戻した兵士によって復旧作業が進められる。倒れた天幕は解体され、広場各所で照明の光が戻る。

 広場外の建物は、遠くの倒壊を起点として連鎖的に崩れる可能性もある。積極的に近づこうとする者はおらず、一部では表の壁が照らされ損傷具合が調べられている。


 状況把握に追われる中、伝達の者が数人到着する。

 声で位置を知らせながら広場を走ってくると、指揮官らの前で前線の状況が語られた。



 先ほどの揺れが敵の攻撃であった事。

 敵本体。中央にある巨大な筒が落ちて、地面を叩いたらしい。


 広範囲の建物が崩れたため、巻き込まれて大量の負傷者が出た事。

 各方面から救助を求めているらしい。


 敵の攻撃は次も予想されており、接近には注意が必要だという。攻撃直後は静止していたものの、筒は徐々に持ち上げられて、移動も再開したらしい。



 通訳された内容を聞くに、戦闘状況は詳しく語られない。

 都市の戦力が集中していながら、戦闘が長く継続している。攻撃はもとより、驚異的な耐久性を持っている。魔族という名称を借りなくても、人類の脅威になりえる存在だ。

 自分も他人事ではいられない。

 戦闘能力が低いというなら、邪魔を減らして、支援をすべきだろう。


「アプリリス……」

「聖騎士の隊と共に救助活動に向かいます。特に伝達に遅れが出る私たちは、この場に残るべきではありません」

 アプリリスは、復旧作業から戻ってくる聖騎士たちの方から視線を移す。


「アケハさんは宿舎の方へ戻りますか?」

 ここで身の安全のために聖騎士を私用すれば、完全に足手まといになる。

 魔族と対するために鍛える者を迷子の案内に使うなど、人材の浪費でしかない。割り当てられる聖騎士も、自分も、おそらく後悔しか残らない。

「いや、俺も救助に加わる。光も水も必要になってくるはずだ。魔法で作るなら重荷にならない」

 保護を避けられないなら、自分の優位である魔力量を推すしかない。


 道の安全を確認するにも明かりは必要で、応急処置をする際には水も必要になってくる。 個人の積載量は限られており、魔法で補充できるなら大きな節約になるだろう。荷物を予備として持てば、活動時間を伸ばす事もできる。

 聖騎士の魔力も戦闘まで温存できるかもしれない。


「わかりました。では、まず、拠点の水を補充してもらえませんか? 先ほどの揺れで保存容器が損傷したらしく、治療所では給水に焦っているようです。撤退予定なので一時的な補給で構わないはずです」

「わかった」

 アプリリスの指示に従って、拠点での用を済ませた。


 前線へと向かう道は暗く、複数の光球で周囲を照らす。

 普段は馬車が走るはずの道中央を歩き、見える景色には夜の街並みが続く。倒壊を免れた建物のそばでも、看板や棚が倒れ、割れた花壇や窓の柵が落ちている。

 他に明かりの見当たらず、静かに移動する間に建物のきしみを探すだけになる。戦闘音も未だに遠い。

 進む方向が避難してきた時と異なるため、戦闘地点が倉庫一帯を外れた事は確実だろう。戦闘による被害は時間毎に広がっている。


 大きな揺れがいつ起こるのか。見えない攻撃を警戒する。

 音を抑えて、わずかな物音に耳をすませる。都市の警鐘が遠くで鳴り続けている。

 魔力波に備えて、照明道具も同時に使っている。


 光球が消えて、硬化魔法がわずかに揺らぐ。

 魔力波を受ける範囲まで近付いたらしい。

「大丈夫ですか?」

「ああ、問題無い」

 移動が遅れた事でアプリリスに心配された。

 体に実害は起きていない。魔法が崩されただけ。再び光球を生み出して、硬化魔法も薄れた表面に行き渡らせる。


「聖騎士も身体強化を使えたはずだよな?」

「ええ」

「魔力波の影響を受けないのか?」

「一応、妨害対策は施されていますよ。鎧自体の加工もあれば、個人の対策もあります」

 接敵しない今は魔力を節約するために、強化を控えている可能性もある。身体強化を消されたところで、聖騎士なら違和感を与えずに活動を続けるだろう。

「結界のような遮断とはいきませんが、体を魔力で包むだけでも大きく減少できます。固定化させない分、魔力の消耗が激しくなりますが、工夫次第ですね」

「そうだったのか」

 魔力を放出するだけでも抑えられるらしい。同等の魔力波を放出できれば、自分の体に届かなくなると想像すればよいのだろう。

 適正に関わらない魔法は操作も複雑で、手軽な調節などできない。学園で調節まで学んだ魔法でさえ、魔力波に耐えられる強度は無かった。

 硬化魔法に関しては特に、アンシーの魔法を再現しているだけなので触りどころがない。操作を誤って意図しない効果が生じると危険なため、魔力放出しておくだけで今は妥協すべきだろう。

 会話を続けられる状況ではなく、早く口を閉ざす。


 崩れた建物が増えてくると、景色に空が広がる。

 敵の移動による地響きが近くなり、爆破や衝突音も届く。

 光球は建物の支柱さえも照らさなくなった。

 綺麗に整った道は、かなり後方で途切れた。


 土煙が薄く沸き立つ残骸を踏みしめて、瓦礫の広がる戦場を一望する。

 敵の周辺だけが照らされている。夜闇の中では戦えず、地面を照らすだけの照明も設置されているらしい。ただ、遠い場所から見えるのは、巨大な敵の姿だけだ。


 定期的に砲撃の音が鳴り、攻撃が続いている事も分かる。

 敵の一歩で、離れた自分たちの足元のつぶてが跳ねる。

 起伏の激しい地面は、光球の明かりが保たれた中でも移動を極端に遅らせた。

 戦闘地点は未だに遠い。


 救助の捜索をするにも、他との連携を先に目指すべきだろう。

 避難が進んだ後では、建物の倒壊に巻き込まれるのは戦闘員であり、直前の配置を教わらなければ集中して探すべき範囲が分からない。移動の間も捜索は行うが、誰もいない場所を捜索する徒労は避けるべきだろう。

 自分たち以外にも、周辺に光はある。重たい瓦礫を取り除く場合にも、捜索者全体で協力が必要になってくるはずだ。


 突然、戦闘地点の方で、敵の巨体の中ほどに届く光が立ち昇る。

 光の柱はそのまま敵へと傾けられ、衝突したように轟音と揺れを響かせる。

 崩壊した光の塊が、土煙を高く巻き上げた。


 おそらく、ラナンが扱う光の剣だ。

 使徒を殺す際にも見せたものとは大きさが違う。音から想像できる威力は人の身で耐えられるものではなく、直撃せずとも過剰な威力だろう。

 無謀でなければ、聖者に挑む人は現れない。おおよそ、人相手に用いる攻撃手段ではないのだ。都市を破壊する魔族が人類の脅威とは知っているが、人を守る立場が無ければ聖者も変わらない。都市の城壁など容易に打ち砕いてしまいそうだ。


 味方の攻撃に巻き込まれないよう他の戦闘員が一時的に距離を取ったのか、攻撃の音が止んでいる。

 風よけが存在しない周囲にしても異様に早く、土煙が薄まる。


 聖者の攻撃を受けてなお、魔族は動きを止めていなかった。

 持ち上げられた脚が地面を叩いた。



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