21.ありふれた殺意
何か熱を感じる。
胴体と頭に痺れが広がり。
首の皮膚が揺れている。
足をたどるように痺れが伝わる。
鼻の辺りが押しつぶされているような鈍い痛みが届く。
何にも縛られず溶けていくような、心地よい感覚が体の至るところから発せられる。
それに痛みがおおわれて消えていくを感じる。
原因を探ろうと思い、ゆっくりと目を覚ます。
暗くてはっきりと判らないが恐らく、目の前にある顔がレウリファのものだとわかる。
強い痺れは頭と胴を行き交うように走り。
波のように痺れを躍動させる。
レウリファの目線があがり、こちらと目が合うと顔をひどく歪める。
彼女の肩から伸びる腕が自分の首元まで届いている。
首に痛みを感じて手を添えると、彼女にこちらの首を絞められている事に気づく。
口内に溜まるだ液を飲み込むことができず、息もできない。
彼女の手を退けようと腕を動かすが、ぶつかった程度では意味がない。
もがいても胴体にしっかりと重しがあり、足を動かしても揺るがない。
目の前の少女の名前を叫ぶ音が横から聞こえて、足音が近づくとすぐに、声とは逆側へと引っ張られて寝台から落ちる。
床にぶつかった後に、首に酷い痛みを感じながら、レウリファから逃れた体を起こす。
ニーシアが、うつ伏せに転がったレウリファの背中にのしかかるように倒れている。
大きな息をして脈拍と激しい頭痛を感じる間、レウリファが叫ぶ。
「私の村が魔物に襲われた!」
「魔物を従えるなんて背教者だ!」
「ニーシア、早く、どいて!」
「魔物なんて死ねばいい!」
もがくレウリファがニーシアに押さえつけられている。
「アケハ! 指輪で絞めなさい!」
ニーシアの声に従って一つだけしている指輪を強く意識する。レウリファの言葉が途中で止まり、暴れる事も無くなる。
彼女の目が大きく開き、浅く短い呼吸音だけが聞こえ続ける。
組み合っていたニーシアが、その場からゆっくりと離れる
少しすると配下の魔物たち全員がそれぞれ駆けつけてくれた。
レウリファが叫んでいた声に気づいて、外で見張りをしていた者が就寝していた者たちを急いで起こしたのだろう。
2体のゴブリンを自分の護衛に付かせると、他の魔物たちにはもう大丈夫と言って帰らせる。
「アケハさん、そろそろ首輪をゆるめた方がいいと思います」
首輪をゆるめるように指輪を操作する。
転がっているレウリファが、途切れる事はあるものの、深く長い呼吸を始める。
武器を持ったゴブリン達は自分の傍で守ってくれているが、首を絞められていた事にはニーシアしか駆けつけてこなかった。レウリファは物音を立てず、慎重に部屋を出てこちらに向かったのだろう。
それにレウリファを自分から引き離したのがニーシアでなく、魔物であったなら力づくで倒されたかもしれない。自分は眠っていて、起きた時でさえまったく抵抗ができなかった。もう少し力のある魔物を配下に加える必要がある。
そばに設置されているコアに触れて魔物の一覧を確認する。ゴブリンより強く、今溜まっているDPでも維持ができそうな魔物を探してみる。
体長が人間一人に届くほどある狼、全体の毛色は灰で、背だけに薄い黒が走っている。群れで活動する魔物らしい。
ゴブリンより素早く動けるため狩りづらく、再びレウリファが抵抗する場合に食い止めてくれるはずだ。その間に指輪を使うか、全戦力で襲い掛かれば対処できるだろう。
雨衣狼のあごの力は板金鎧の肩を砕く事ができるほど強いらしい。軽い布しか着ていない相手なら骨まで牙が届くだろう。この魔物なら獣人であるレウリファの監視を任せられそうだ。
ただ問題になるのは雨衣狼1体の維持DPだ。
ゴブリン達は狩りして食料得ているため、食事分の維持DPを抑えられている。
雨衣狼は呼び出しに2400DPが必要であり、食事量もゴブリン8体分であるならば、この狼の食事分を用意できない。
レウリファを監視させるため、狩りに行かせられない。ダンジョンのDP増加は確実に遅くなる。
レウリファに対応したニーシアは大丈夫なのか。
「レウリファを押さえてくれて助かった。怪我は無いか?」
ニーシアが笑顔を見せてくれる。
「床に当たったぐらいですから。傷跡もありません」
片方の肘をこちらに向けて、手を何度か当てる仕草をする。レウリファを寝台から突き落としたのだから、その衝撃も大きかっただろう。
「ありがとう、ニーシア」
感謝の言葉は忘れないように伝えておく。
「アケハさんは私の命の恩人ですから」
盗賊の時は自分の命が危なかったから、盗賊を殺せと配下の魔物に命令しただけだ。ニーシアのように助けるために自ら行動したわけではない。ニーシアもそんな事は理解した上で言ってくれたのだろう。
レウリファは部屋に移動させて、配下の雨衣狼に常に入口を監視させる事にする。大人しくしているが首輪もゆるめた状態であり、突然暴れだしてもおかしくない。
力が抜けている状態の彼女を持ち上げることが難しかったため、寝台に一度預けさせてから持ち上げる。腕を胸に置いた状態のレウリファを横抱きにして運ぶ。持ち上げる際に垂れた反対側の腕をニーシアに載せなおしてもらう。目を離したくなかったため、ニーシアの時と違って、背負うような事ができない。
見た目以上に体重が重いので、腕の力が抜けないように注意して運ぶ。
レウリファのために用意した部屋まで移動して、布が厚く敷かれた寝床に痛みを感じさせないように降ろす。口は閉じ、目は薄く開いてこちらを背けた状態で、呼吸は落ち着いている。
殺されかけた事は事実だがレウリファに対して恨みを感じない。首輪によって意志が薄れた彼女の様子を見たからなのか、魔物を配下にしている事に負い目を感じるのかはわからない。首を絞められていた時に目を開けなければ、死ぬ事さえ気づかなかったかもしれない。
毛布をかけると監視を入口に残して部屋を離れる。
「彼女はどうしますか?」
「まだ何も決めていない、今は様子を見ようとは思っている」
コアルームに入れば自分に攻撃される事は防げるが、その間にレウリファは自身の首輪に魔力を送ることはできるのだろうか。
距離が離れたら首輪に魔力を送れないという事情を考えると、外出する時はレウリファに伝えた方がいい。
自分たちが使う武具は物置に置かれており、彼女の手荷物にも凶器になるものは入っていなかったはずだ。
監視する魔物がいれば、部屋を出てコアが壊される危険はない。
「彼女がはっきりと意志を伝えるまでは監視を続けていいか?」
「アケハさんに危害を加えるなら、次は彼女を殺すかもしれません。アケハさんが死ぬのは嫌ですから」
通路を進んでから見える外は暗い。朝起きてから考えなおす方がいいかもしれない。
二度目のあいさつをして、ニーシアを見送る。
首を絞められていた寝台に横になる。生きる目的もはっきりとしない、ただ死にたくないのは確かだ。
最初からダンジョンを操れなかったら、こんな事は起こらなかった。魔物に対する拒絶感も、都市の襲撃被害を考えれば当然ではある。
自分は魔物の被害を受けた事がない。ここで生活する限りはレウリファの気持ちに共感できないだろう。魔物の労働力に頼った生活は、都市に住む人からしたら相容れないものかもしれない。
これからレウリファをどう扱えばいいのかわからない。




