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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
7.加担編:186-213話
208/323

208.適所



「魔法は遠くからでも消される上に、接近を拒むような地面の揺れ。頑丈で、なおかつ巨大となると、都市の中なのが思ったより厳しい」

 説明を聞いたラナンが感想を告げた。

 都市へ被害を与えている存在の説明をしただけ。誘拐の話題については後にする。


「魔道具が壊れる心配はしていないのか?」

「アケハの身体強化を削ってきたのは問題だけど、魔力を通さない素材で包んだり、結界を使うなり防ぐ方法はある。計測装置で危険か判断できるから、警戒しておくくらいだね」


「騎士の武装まで壊れるようなら、一度退却すると思う。後は戦力次第だけど、都市の放棄も考慮するかもしれない。人の避難が終わらないかぎり、軍も大型兵器が使えないから……」

 時を経るごとに被害が増すとしても、住民の犠牲を避けるのが優先らしい。

 周辺への被害というなら、フィアリスが扱っていた竜撃砲も同じ分類だ。下手に使えば味方を巻き込みかねない。

 今回、竜撃砲の活躍は無い。頼りになる威力だが、補助具は法国に帰っている。 


「最悪、剣一つでも戦うくらい、諦めるつもりは無いよ」

 対魔法を想定して作られたなら、魔力波への対策もしているのだろう。その中でも、聖剣は特別丈夫のようだ。

「接近戦は無理だろ」

「せめて、前線に立つ事だけはしないとね。巨体の足元に潜る勇気は無いよ……」

 走りで追いつける遅い動きだとしても踏まれれば死ぬ。不用意な接近は避けたい。


 ラナンの軽い笑みは、待たずに薄れる。

「魔力波の合間を突けば、魔法でも対処できるかもしれない。聖者も剣頼りじゃないからね」

「戦いは見れないかもしれないが、離れた場所から帰りを待っておく」

「うん。照明を配るだけでも心の支えになると思うから。この場にいる間だけでも、混乱を抑えてくれると助かるかな」

「今の状況だと、明かりより暖かさだろうな。夜を越すには、どこも防寒具が足りない」

「確かに、そうだね」

 ラナンの見る先には広場に集まる人々がいる。

 暗い外を歩くと考えて照明だけは持ち出したみたいだが、外で長く過ごすには足りない物が多い。こればかりは外出経験の有無が大きいだろう。家の機能を持ち運ぶなど普通は考えない。避難という時間の少ない状況では、寝間着姿も多くなる。

 背負子はともかく、荷車や馬車は道沿いに集まりができている。後に起こるだろう住民同士の騒動に危機感があるかもしれない。

 魔法の光球では消えた場合に混乱が増す。使いどころを選ばなければ、悪影響があるかもしれない。


「すぐ出発しないようだが、何らかの合図を待っているのか?」 

「フィアリスとアプリリスの到着を待っているところ」

「滞在場所の方は、大丈夫なのか?」

「大丈夫。戦力を一部残してある。向こうでも今頃、避難準備が進んでいると思う」

「そうか」

 捜索途中で異変に気付き、方針を変えたという経緯だろう。クイナの付近にいても再会できたようだが、倉庫の警備員の案内がなければ、状況連絡もできなかった。


 少し待つと、ラナンの言うとおりに、通りの奥から聖騎士と共に歩いてくる聖女が見えた。

 目立つ光の後に住民の群れが続いており、聖女一行の姿は遅れて避難する者の目印になっていたようだ。広場の手前で別れた後で、こちらに向かってきた。


 アプリリスが両手で触れようとしてきたが、肘以上は動かさず諦めていた。

「アケハさん。どこかに傷はありませんか?」

「問題無い」

 誘拐されてから今まで、急ぎの治療が不要な細かい傷だけしか負っていない。

「そう。……心配していました」

「迷惑をかけて悪い。捜索も出させてしまった」

「ええ。ですが、見つけられて何よりです」

 話が終わり、視線を合わせるだけになる。


「今の状況で、自分は何をすればいい?」

「再会して早々で悪いのですが、できれば、魔力を譲ってもらえませんか?」

「わかった。どれだ?」

 魔道具への魔力供給は練習しているため、簡易的な物であれば問題無く行える。

 アプリリスは隣を見る。

「フィアリス」

「えっ!」

 呼ばれたフィアリスが驚く。

「戦争で消耗した分の補充が、足りていないでしょう?」

「そうだけど……」

 フィアリスは手放したくないように杖槍を強く握る。


「自身の魔力は温存しておきなさい。必要な時に足りないでは、困りますからね」

 フィアリスの持つ杖槍は、聖女のみが扱う道具だろう。他人が触れて良い物とは思えない。

「……俺が補充して、大丈夫な物なのか?」

「補充は聖女でなくとも可能です。教会で保管する間は、複数の人間で補充しますから」

 魔道具としても高価になる代わりに、遠出でも荷物にならない。魔法を一度使うだけで満足な大抵の魔道具とは明らかに用途が異なる。

 専門でなくても魔力供給が可能な、奴隷の首輪や指輪も似たような物かもしれない。


「元々が特殊なので壊れる心配も要りません。乱暴に扱っても帰還まで耐えられるよう、安全装置は内臓されています」

 壊れでもしたら、という心配は不要らしい。

 戦場で継続して使用できる魔道具は相当に高価だ。同じ働きをする数だけ使い切りの魔道具を積み上げたとしても、おそらく値段で劣らないだろう。聖光貨を樽に詰めても足りないかもしれない。


「アケハさん。お願いします」

「少しの間だけ預かるが、必ず、慎重に扱う」

 斜めに手渡された物を地に付かないように保つ。フィアリスの杖槍は装飾の繊細さとは裏腹に、見た目以上の重さがあった。

 距離を取ったフィアリスは、ラナンや聖騎士と共に、兵士の集まる方へと向かった。


「できますか?」

「ああ。かなり良い魔道具だ」

 直接魔石に触れたわけでもないのに、魔力を送り込む際の抵抗が少ない。触れるだけで魔力を吸い取られそうな感触だ。貯蔵量に空きがあるのか、溜め込む魔力の量が膨大なのか。最初から壊れていたのでなければ、供給時間を減らす工夫なのだろう。

 とにかく、送り込めるなら、構わず送り込む。アンシーから貰った練習道具の一番良い魔石を基準にすればいい。慣れている分、安定して供給できる。聖女の杖槍が安物で作られてなければ問題無い。性能を最大限に生かすなら魔石が耐えられる程度では壊れないはずだ。

 効率を少しでも良くするために硬化魔法を抑える。体内での魔力の流れを単純にして、供給をより安定させる。体のどこか奥。一点から生まれる魔力を手の先にある杖槍へと伝えた。


 話し合いを終えて、フィアリスたちが戻ってくる。

 短い時間だったために、魔力供給も万全とはいかない。


 これからの戦闘で消費する魔力量など予想できるはずもなく、操作もできない杖槍にどこまで魔力が溜まったかも確認できない。せめて、杖槍の貯蔵の限度まで溜める事ができたなら、今後に責任を感じる事が無くなるというのに。

 聖女の魔道具は素人に対して容赦がない。品質を見せつけられて、扱うに足りない事を自覚させられる。

 全ての不安は、魔道具に対する知識が少ないためだ。例えば、魔力量に余裕を残して利用するものなら、満たされる状態こそ想定外の利用方法になる。勝手に不安を感じているなら解決しようがない。


「フィアリス」

 戦場に向かう相手を待たせるわけにもいかず、預かった杖槍を返す。

 受け取ったフィアリスは、杖を見つめる。他人の手に渡った後なので、故障の確認くらいはするだろう。使い方をしらない相手に任せた不安もあるはずだ。

「託された分、頑張りますから」

 フィアリスは、視線を戻すと感謝を伝えてきた。

「少しでも足しになれたなら良い。後でなら、いくらでも補充するから、構わず使い切ってくれ」

 どうせ、有り余る魔力も、フィアリスに扱われた方が有効利用されるのだ。


 自分にはクイナを攻撃する事に迷いがある。

 社会に対する確実な異物でありながら意思疎通ができていたのだ。ダンジョンを保有する自分に有益な話も得られたかもしれない。今は会話できない状態でも成り行き次第では、という無駄な期待をしていまう。

 思考で鈍った人間は、連携の邪魔をしない程度に働くしかない。


 魔力の補充といえば、フィアリスと同様に戦場で長く活動して魔力を消費した、ラナンの聖剣も必要なのではないか。

「元々、魔力消費を抑えて戦っていたから、僕の方は要らないよ」

 聖剣への視線に気付いたラナンが、こちらを向いていた。

「おそらくだけど、聖剣を他人に手渡すのは、光神教として好ましくない行為だから、頼むとしても身内だけの場になると思う」

「そうだったか。すまない」

 ラナンの答えは驚くべき内容だ。前線で敵兵と戦う中でも魔力を節約する余裕があったという事になる。聖者が強力な魔物と戦う存在だと納得してしまう。


 技という物かもしれない。元々、人間は小動物でさえ素手では敵わず、様々な魔物を相手にするには多くが足りない。体を鍛えるだけでは足りず、道具と戦術を工夫する。それでも勝率をわずかに引き上げるだけの、分の悪い賭けだ。

 並の探索者では敵わない相手と対峙して、生還するための技術を聖者は豊富に持つのだろう。


 撃退作戦が決行され、都市の兵士が移動を始める。

「私たちも行きましょう」

 アプリリスは隣にいる。ラナンやフィアリスとは別行動らしい。

「どこに向かうんだ?」

「中継位置に治療所を築くので、そこの防衛に加わります」

 一度逃げ延びた場所に、今度は近付く。建物が壊されていく光景を、再び目にするのかもしれない。

 未だに瓦礫ひとつ無い足元に対して、明かりを一つ増やした。



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