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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
7.加担編:186-213話
206/323

206.生存淘汰



 運搬道具が置かれた入口付近を通り過ぎる。

 壁のように積まれた木箱の間を進むと、広い空間に出た。


 上階の床は途中で途切れており、二階は壁際に足場を残す程度。一段高い天井には照明がつり下げられており、中央が照らされている。

 急ぎ荷物を退けて作ったような半端な広さだ。先ほどまで案内してきた者たちも周辺を囲む箱に散らばっている。


 中央。

 頭を袋に被せられて、椅子に縛り付けられた子供がいる。服装を見るからにカナリアだろう。手足を紐で拘束されている他、服の至る所に傷と汚れが見える。激しく抵抗して大きく疲労したか、薬で眠らされたように頭が垂れている。

 近くには男二人。

 片方は武装を整えているが、もう片方は街を出歩くような服装だ。


 いつ襲われるか分からないため、硬化魔法は保っている。

 話を試みるために、相手が警戒しない距離まで近づく。


「呼び出した目的は何だ?」

「遅かったな」

 話し返してきたのは非武装の方だ。同じ言葉を話したため、この国出身でない可能性はある。あるいは通訳か。

「こんな事に夜まで待たされるとは思わなかった」

 見覚えがある。孤児院への道中に出会った男だろう。暴言を吐き捨てていた口調も、今は落ち着いている。

 通訳の男は話しながら、カナリアの正面に進み出てくる。剣の間合いからは離れているが近付くのは不用意だ。こちらの武装を解くような指示をしてこない。

「呼び出した理由だったか。……まあ、あれだ。」

 通訳の男は傾けた頭をかく。落ち着かず視線が、こちらや周囲を見たりするが、他に動きが無いため合図ではない個人の癖だろう。


「戦える相手で見世物を作るためだ。相手にするには良い機会だからな」

「散々やったろ。毎回こうだから気が滅入るんだ」

 武装した男の方が口を開く。

「これまでは知ねえが、相手が悪かったんだろ。今回は違うぞ」

 通訳の男は、横の男に振り向いて会話を続けようとしている。両方とも、こちらが知る言語で話せるらしい。


 戦闘前だと語ってくるわりに、自身が戦闘範囲に残っている事を自覚していない。人質を無視する相手なら一人を減らす好機と捉えるだろう。

 相手の予想通りというべきか、自分はクイナやカナリアを見捨てられない。


 通訳の男は部外者なのか、会話からは長く接した間柄に見えない。

 とはいえ、一人語りが許されている時点で、目的が揃っているとみていい。不意を突いて襲えば、目の前の二人だけでなく、周囲の伏兵まで交戦する事になるだろう。


「なんと、洗礼を広める神の信徒だそうだ」

「戦争後の時期だぞ! おいおい、殺して良い奴なのかよ」

「護衛も要らないくらい自信があるんだろ。戦闘技能だって持っているはずだ。魔法だって素質の良いやつを囲い込むくらいなんだ」

 目の前の二人は、こちらを見つつ会話を続けている。


「見たかぎり、武装は少ない。試しておきたいと思わないか?」

「まあ、気にくわない奴らだからな」

「一度、見せた方が向こうも安心できるってもんだ」

 話しかけられている武装した男の方は、通訳の男ほどの言葉数は無い。

 ため息を吐いた後には、舌打ちを一回してみせる。

「元々、身代金は取れない。見たところ金持ちにも見えない。宣伝に使える点だけは、そこらの腕自慢より稼ぎになるだろ」

「だと良いんだがな。……殺人を心配するのも今更だ。やるよ」

 積極的ではないが、こちらを殺す事に反対しないらしい。


 何にしても、こちらを無視して話が進んでいる。話が通じる相手ではない。


 まだ、真横にクイナがいるため、相手に進行を任せるのは危ない。

 自分の戦闘技術は低く、他人をかばう余裕などない。

 カナリアの解放を達成しておかなければ、素直に誘拐された意味が無くなる。


「戦うより、先に人質を解放しろ」

 通訳の男は、こちらに視線を戻す。


「あー、来てくれる保証なんてなかったからな。ほらよ」

 通訳の男は、カナリアの背後に回って椅子を押す。

 地面をこする音は、男が数歩進んだところで終わった。

「余裕があったおかげで、まあ、こういうわけ」

 男が背後から椅子を蹴る。

 倒れる椅子と共に、袋を被ったカナリアが地面に衝突した。

「先に殺しておけば損も無いって事だ。……実のところ、私怨を晴らす好機だったからな。良い獲物を誘えた事には感謝するさ」

 強い衝撃を受けても、カナリアに一切の反応が見えない。


「人質は嘘か」

 拘束を解くような素振りも無かった。

「殺される相手が何をしても無駄だろ。騙されたと思うなら死んだ後にでも衛兵を呼んでくれ」

 通訳の男が後ろへ身を引く。


 相手との間に、カナリアの遺体が残った。


 交渉の余地を残さない。捕まった時点で殺されるなら、クイナが逃げ延びる可能性は少ない。既に取り囲まれた状態で、室内に入ってしまっている。

 必ず通り出入口には戦力を残しているだろう。


 自分が勝って去る事は考えていなかった。人質を交代してカナリアとクイナには帰ってもらうのが理想で、耐久力のある自分なら捕縛に抵抗する時間も長いだろうと、予想していた。

 相手の情報を知らず、最悪を選択してしまっていたらしい。

 カナリアは殺され、従った自分とクイナも殺される。

 尾行を避けて帰る方法があったかは不明だが、カナリアの死亡は、護衛を付けずに活動した自分の過失だ。


 相手から知り得た情報は少ない。戦う事になるのは分かっている。仮に勝ったとしても生存は保証されず、次は分からない。

 一方的に動かされる状況の中で、クイナを逃がす手段を見つけなければならない。


 もう、周囲への影響を気にしていられない。

 強い光で視界を遮り、倉庫の荷物に火をつける。相手も魔法を使えそうだが、こちらが魔力量で劣るとは考えにくい。

 この土地が連中と無関係だったとしても、所有者に損害を与える事をためらうわない。罪に問われて従者の職を失うとしても、他の手段が無いなら行うしかない。逃亡するか捕まるかも後で考えればいい。

 今死にさえしなければ生存の可能性はある。行き詰れば終わりという環境との全面衝突になるが、何もしなければ死が確定するのだ。


 横に視線を移して、クイナを見る。

 これまで声も出さずにいたが、無表情のまま立ち尽くしている。

「クイナ?」

 問いかけにも反応しない。冷静とは別だ。姿勢を維持しているだけで、まともな思考状態ではない。

「おい!」

 意識を起こすために呼びかける。揺らそうと肩へと伸ばした手は空振り、クイナの下半身が姿勢維持を失う。

 クイナは膝から崩れ落ち、顔をうつむかせた。


 全身に施した魔法強化が乱される。

 硬化魔法を邪魔したのは、外から当てられた魔力だ。


「う、撃て!」

 焦った大声。離れた者でも気づく異常。


 放たれた攻撃は自分の身を害する事は無かった。

 伏せた頭を戻すと、防ぎ切れなかった矢がクイナの体に刺さっていた。

 肉を支えにして垂れ下がらない。矢は確実に臓腑に到達している。


 魔法を阻害する魔力の風が、再び、体表面に届く。


 周囲からではない。

 慌てて攻撃したように、他の人間からも突然の出来事だった。周囲で数人が苦しむように倒れ、もがき、悲鳴を上げている事が暗に示している。


 魔力風の発生源はクイナだ。

 抱き寄せている体に相当な魔力抵抗がある。送り込もうとする魔力が外へそれる。


 外からの干渉を防ぐ圧力で内部が満たされ、ある瞬間に放出される。魔力風を作り出したのはクイナだ。

 魔力を操る以上、洗礼を受けていない話は嘘か。偽る方法はいくらでもある。手袋のない手に印が見えなくても、受けていないとは限らなかった。


 身に突き立った矢が姿勢の変化を大きく示す。

 傷の悪化も構わず、クイナがカナリアへと向かおうとする。


 止めようとした自分は軽々と突き飛ばされ、倒れ込んだ状態でクイナを見た。


 体を引きずりながら進む姿を、

 敵が一斉に襲いかかる光景を、

 カナリアへと届く前に囲まれた結果を、


 急ぎ立ち上がった自分は全身が砕けるほどの衝撃を受けて、その場から吹き飛ばされた。



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