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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
7.加担編:186-213話
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205.ねじれ



 夕方になり、部屋に差し込む陽光が衰えている。

 カナリアの帰りが遅い。


 自分のいる隠れ家が都市のどのあたりに位置するかは知らないが、都市を横断するとしても半日もかからない。目的地とする滞在施設が中央近くとなれば、往復の距離は短い。

 カナリアの連絡に、何らかの問題が起きている。


 街が混雑していようとも、道に詳しいカナリアなら回避するはずだ。こちらへ送る戦力を確保できないのか、いまだ道中なのか。遅れている理由は分からない。

 だが、仮に、途中で拘束され連絡に失敗したとなれば、対処も必要になってくる。


「遅い」

 寝台に寝転んでいたクイナが呟く。

 眠りから覚めたようで、傷ひとつない両足を伸ばす。半身を起こした後には、こちらを見た。

「ここから中央の方まで、どれだけ時間がかかる?」

 寝ぼけ姿は無い。こちらの言葉を理解するように間を置く。

「……帰りが歩きだったとしても、もう着いてる」

 普段からカナリアと組むクイナが言うなら、確定と考えるべきだろう。


 このまま明日を待つのは愚策だ。

 朝出発した従者が戻らない。連絡も無く、行方不明では、捜索が行われる可能性もある。

大きな危害を及ぼす事件の発生には、都市の衛兵も多く動員される。

 従者だろうと交渉団の一員なのだ。個人の不注意が原因だろうと、戦後交渉が関わる状況では重大な問題になりかねない。


 隠れ家を借りられたのも、同居者であるカナリアの頼みがあったためだ。雇い入れた者はカナリアであって、クイナではない。

 親友に被害を出したとなっては、協力を頼む立場が無い。


「カナリアを探すべきか……」

「置手紙は用意するけど、貴方は宿舎へ帰るべき。……できれば応援が欲しい。送った後で、衛兵の協力を求められない?」

 入れ違いになる可能性も考えたらしい。

 そうだろう。素人一人の捜索など無力に等しく、まだ、地位を利用して兵士を動員する方が効果も見込める。

「できるかぎりの協力はする。すまない」

 不確かな答えにも、短い感謝が返ってきた。


 急ぎ準備を終えて、隠れ家を出る。

 日も傾き、見える通りは影も増えている。建物の間にある路地は、どこも人が潜める幅があり、暗がりからの襲撃も警戒は欠かせない。


 会話をする余裕は無い。

 照明を持つクイナの斜め後方を追う。


 周囲の建物から漏れる明かりがある。仕事を終えて、家に着いた人々の生活がある。

 残りの人々も、用がなければ帰路に従うばかりだ。


 他人を巻き込めば、自分の安全だけは確保できるだろう。手元にある金で頼み、近くの衛兵を集めてもらう。

 いい迷惑だ。夜は危険で活動すべき時間帯ではない。時間に見合う金が支払われるとしても、危険を負う必要など無い。素人を巻き込んで被害を増やせば、事態は大きくなる。

 権力を利用した強要など、さほど誘拐と変わらない。


「止まれ」


 歩いている途中で、確かに声が届いた。


 クイナの足も止まる。

 道の先に姿があり、振り返った後方にも同じような人影がある。

 横から現れた者も同じだろう。

 六人以上。背丈に個性があるものの、どれも大人に違いない。


 複数人。移動経路を予測できるだろうか。帰るまでの経路はいくらでもある。逃がす可能性を考えれば、一つに絞り込む事は考えられない。

 相手は人数を揃えていると想定した方が良い。

 隠れ家の位置まで把握されていたなら、地下通路を進んだところで無意味だっただろう。


「連絡しようとした通訳は捕えた。殺されたくなければ、素直に従え」

 男の話す言葉は、自分にも意味が伝わる。

 すぐ隣の都市で話されている言葉であり、この都市でも一部で使われている。追跡対象が決まっているなら、話せる相手を用意するくらい容易なのだろう。


「連れていく代わりに、人質を解放しろ」

 相手の外套には武器を携帯するだけの余裕がある。この場で戦闘をしても、異変に気付いた衛兵が到着する前に殺されるだろう。 

「アケハ!」

 引き寄せようとしたクイナの腕に触れて断る。


 今、抵抗して生き延びられるとは思えない。

 カナリアが解放された時点で別行動にする。後は再会した二人で何とか逃げ出してもらうしかないだろう。クイナも最低限の武装はしている。

 クイナとしては、カナリアが解放される方がいい。今回の失態で通訳としての仕事を失うとしても、人質の価値が無いとみて殺されるよりはいいだろう。最悪、仕事を得られなかったとしても、二人が再会して死ぬまでの時間は得られる。


「もういいんだ」

 腕を下げて立ち尽くすクイナに一言だけ話す。


 巻き込んだ自分はどうしようもない。

 こういう時だから、独りで生きられる力が欲しいと思ってしまう。


 取り囲む者の足音は静かで、その周囲にも人の姿は無い。

 行進が似合わない外見を怪しく見なければ、照明を運ぶ姿は護衛とも思える。

 連れていく間に顔を隠されないのは、逃げられる余裕を与えるためだろうか。軽い拘束すらされない。途中で他人も見かけられたところで構わないのだろう。

 叫んで助けを求めても一般人に被害を出すだけ。逃がさない自信がある。逃がしたところで応援を呼ぶ頃には事を片付けられる。


 少しの面倒を避けるために殺す場所まで案内している。そんな余裕が相手の行動から見て取れた。

 油断をつくなどという状況ではない。行き先も分からない案内がいつ終わるのか、待つだけだ。

 隣にいるクイナも逃げる様子が無い。


 空も暗くなり、進む道を記憶するのも難しくなる。

 気付いた事といえば、両側に見える建物が大きくなった事だ。街並みの変化は、地区を移ったためだろう。

 一部の敷地が木の塀で囲われている、少々特殊な場所だ。

 馬車の往来可能な幅が保たれた道は整備も行き届いている。道と建物との間に存在する空き地に庭園など存在せず、あるとしても孤立した木が一、二本程度。貴族街とは異なる。

 昼には人通りも保たれそうな印象も、いくつかの敷地で建物付近の明かりに警備らしき人が立っているためだ。道を通り過ぎる怪しい人物、こちらの集団を見ていた。

 表を歩けない犯罪者が好む場所というには、隠れ場所が少ない。


 組織という規模で存在するなら設備も充実している可能性もある。資金に困らない反社会的集団なら、表向きの顔を持てば住む場所に困らないだろう。


 いつの間にか、倍ほどに増えていた包囲の先頭が静止する。


 近くにあった大きな門が左右に開き、指示されて敷地に入った。

 敷地内にあるのは、おそらく倉庫だ。クイナも同じく建物の方を見ていたが、居場所や状況を相談できる状況ではない。

 空き地を残すのは馬車や荷車に物を積むため。個人なら道で済ませてしまうが商業では必要になってくるだろう。個人の店が持つ倉庫か、交易関係くらいだ。

 馬車の出入りを疑うとしても駅馬車の保管所は考えられない。その程度の知識しか持っていない。


 建物にある大扉は開かれず、脇にある勝手口から倉庫に入れられた。



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