20.帰り道
道の前後に人はいないことを確認する。
「そろそろ道から外れる辺りですね」
先を歩いているニーシアも道のりを覚えているみたいだ。自分は意識すればダンジョンの位置が分かるが、風景を見て判断する事を心がけている。
荷車を転回させて住処のある林の方向へ進み草を踏んでいく。レウリファはこの先の道を知らないため、ニーシアに従って歩いている。
人に踏まれ慣れていない地面を進むために荷車を押す力が増す。
木々を避ける際に根や石に乗り上げては荷台が音を立てる。
住処近くまで辿り着いた事で気を抜いていたのだが、レウリファがニーシアの前方に移動すると腕を伸ばし、歩みをさまたげる。
剣を抜ける体勢で動かないの彼女を見て、自分も荷車から手を放す。木々に囲まれ視界がさえぎられるここでは、まず物音を頼りに他の気配を探る。
レウリファは人間よりも聴覚が優れている獣人である。そんな彼女は、こちらに顔を向けずに前方を向いたままで構えている。ニーシアはレウリファの行動を察したのか、こちらに移動してきている。
風で植物がこすれる音に紛れているのか、遠くで動く存在を感じられない。
「ご主人様、道に戻りましょう」
レウリファの指示に従い、自分たちが先に元の方向へ戻るように移動する。
木が少しずつ薄れていく。レウリファは変わらず自分たちの後ろに付いている。
まだ何かが近付いているのか分からないが、追ってくるなら先に荷物を捨てて逃走するのも有りだろう。警戒していた存在の正体や数を知らなければ判断できない。
レウリファがこちらに近づいてくる。
「尾行も包囲されていません。少しの間だけ追ってきた事を考慮すると、こちらから近づかない限りは向こうも近付かないでしょう」
向こうからは十分に離れたと判断して、相手の事を教えてくれた。
荷物や障害物があり林の中ではすばやい身動きが取れないため、道に戻ってから相談した方がいい。
レウリファは後方に戻っていく。
後ろ以外から襲ってこないか周囲を見回していると、進行方向の空に2羽の鳥が回っている事に気が付く。あれらは配下として呼び出した魔物だろう。立ち止まり空に向けて声を出す。
「夜気鳥はここまで降りてこい」
それぞれが時間を置いて荷車に静かに降り立つ。
「さきほど追ってきたのは俺の配下か?」
灰色の鳥が羽を使い肯定を意味する合図をする。
相手の正体が分かったことで、緊張していた体を落ち着かせるように動かす。
「一羽は配下たちの元へ向かってくれ」
空へ上ると命令に従って住処の方へ飛んでいく。
「大丈夫だったのですか?」
こちらを見ていたニーシアが声をかけてくる。
「どうやら、配下たちだったみたいだ」
荷車の上だと進む間に揺れてしまうので、揺れの少ない自分の肩に止める。夜気鳥は革鎧の肩でも、しがみつくことができるようだ。
「それなら安心ですね」
「あの、ご主人様?」
レウリファがこちらの様子をうかがうように聞いてきた。自分と肩に乗る鳥とを交互に見ている。
「さきほど会ったのは俺の配下の魔物だから大丈夫だ」
逆の腕を鳥の前に出すと指に頭を擦り付ける仕草をしてくる。
「配下の魔物ですか」
彼女の表情が薄れていく。
一度引き返した住処の方向へ歩いていると、正面から羽ばたく音をたてて鳥が飛んでくる。
「周囲にいる配下はここに集まれ」
正面から足音が聞こえてくるようになる。
ゴブリン達の装備は整っており、配下が作った槍や斧を持っている。
「ご主人様」
「敵じゃない。レウリファ」
武器を手に構え、こちらを守る様に立っている彼女を落ち着かせる。
近付いたまま囲もうとしない魔物たちを見て彼女が武器を下げる。
ゴブリン達に先頭を守られながら進んでいると、少しずつ頭に漂っていた不快感が減っていく事がわかる。
住処の周辺を改めて見ると、燻製のために伐採した時の切り株や燃料の木の枝を切り落とした跡などの、生活の気配を隠していない事に気づく。街や村を移動する人なら道を外れる事は少ないが、狩人や盗賊ならこういった痕跡をたどって住処を見つけられるかもしれない。
誰にも見つからない事は無いだろう。仮に外から見られたとしても、中の不自然な壁を見られなければ、洞窟に魔物が住み着いている事を知られるだけで済むかもしれない。
ゴブリンは火や武器を扱ったりするので、石を積み重ねる程度は当然、外に置かれた木製の道具があったとしても不思議に思われる事はないだろう。表面上は討伐組合の資料に載せられていた情報から脱しない範囲の生活整備をすればいい。
ダンジョン内ではニーシアもレウリファも好きなように手を加えられる。
DPが溜まっていたら奥に伸ばしてもいい。レウリファの部屋を作るついでに、自分の部屋も作っておけば、コアを正面通路に晒さなくて済む。
住処の洞窟が見えてくる。
植物の生えた畑、たき火の跡、干された肉は都市に言っている間にゴブリン達が加工した物だろう。
「帰ってきたな」
「はい、食事の前に荷物の整理をしないといけませんね」
荷車を押してダンジョンに入る。案内をしてくれたゴブリン達を解放する。彼らも食事をしたりするだろう。
物置部屋には物を置ける場所として床以外に腰丈ほどの棚や箱が設置されている。ニーシアに場所を指示されて荷物を降ろしていく。農具と料理関係が同じ部屋に置いてあるのも気になるが、荷車も入れておくためにも物置部屋も後で広くしよう。
「ここに来れば武具は必要ないですよね。アケハさんもレウリファさんも倉庫に預けてください」
革鎧が軽いと言われていても、脱いでみると解放感がある。剣を外した腰帯をニーシア渡す頃には体も楽になり、ため息を吐いてしまう。
武具を片付けるとニーシアが食材や食器を荷車に乗せていく。物置部屋がダンジョンの奥にあったため食事前には往復していたのを思い出す。ニーシアの負担も荷車を使えば少しは軽減できる。
「アケハさんは先に休んでいてくださいね」
レウリファと相談をしながらニーシアは夕食に使う食材を選んでいく。物置部屋に袋が並べられて食材が増えた事を実感できた。食事を期待しながら離れていく。
コアルームに入ると最初にDPを確認する。
11162DP
部屋と物置を増やす分は溜まっている。予想していたDPより多いのは、ゴブリン達が狩りの獲物をダンジョン内に運んでくれたおかげだろう。配下の数も減っていない。
ニーシアとレウリファが食事の準備をする間にレウリファの部屋は作ってしまいたい。場所はニーシアの部屋の隣で、後から広くできるように部屋の間に余裕をもたせた。部屋の広さはDP消費の都合でニーシアの部屋と比べると狭くなる。
ニーシアの部屋は作った後に一度広げているのでDPも多く使っている。都市で泊まった宿屋の部屋を人数で分けたぐらいの大きさしかないが、元の家に個室が無かったニーシアは、部屋が広くない事に不満を持っていないと思いたい。
奴隷と違い首輪をはめていないニーシアは、都市までの道を知っているため、ダンジョンのコアを持ち出して逃げることもできる。
待遇を良くして、ニーシアに住み続けたいと思わせたい。
レウリファの部屋は寝具と棚と箱を置ける広さで、これ以上置くと歩く場所が無くなる。そんな部屋を作るだけでも溜めていたDPの半分近くを消費した。
ダンジョンが広がる様子を見る前に、コアルーム内でダンジョン各所を見る。
ダンジョンに埋め込まれたラインからの視点では天井から見下ろしたりする事もできる。ダンジョン最奥から入口へと移動するように通路を見ていくと、入口の外の様子まで確認する。
二人がたき火の近くで料理をしている姿を見てから、コアルームから出てダンジョン最奥に戻る。




