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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
7.加担編:186-213話
197/323

197.孤児院



 貧困区に入り込んだのかもしれない。

 土を押し固めた地面の端々には、雨避けの木板が埋め込まれている。都市の活気は遠ざかり、屋根の無い廃屋も手付かずのまま残されている。

 木材の成れの果てが道まで散らばる。雑草と苔が表面に染みだしている光景は、政府の管理が行き届いていない証拠だろう。


 個人で土地を扱うのは難しく、地方の村でも協力して建物を建てるのだ。都市の防壁のおかげで魔物が入り込まないかもしれないが、経年劣化や害虫の侵入には対処しきれない。

 周囲の環境が悪ければ改善にも多額の資金がいる。荒れた土地にも所有者はいるかもしれない。無断で扱うのは難しく、許可を取りに相手を探そうとしても書類管理すら行われていない可能性もある。

 浮浪者が勝手に住み着けそうな場所には買手も集まらないだろう。管理の手間さえ省かれる程度に諦められた土地だ。


 歩いた感覚上、位置的には都市の端ではない。防壁までは走り切れない距離が残っている。

 防壁付近は警備も厳重なるため、少なくとも、今いる場所ほど廃れていない。清潔で活気も揃えられているはずだ。これまでの都市を参考にできるか不明だが、外壁の管理は怠る都市は存在しないだろう。


 とにかく、今歩いている場所は、都市には程遠い。都市の中央から歩いて半日もかからない場所にありながら、数少ない衛兵の姿が失せた頃には、無法地帯に変わりそうな地域だ。

 曲がり道と建物によって大通りへの視線は届かない。街灯が近くに見当たらないため、夜には移動もままならないだろう。

 道幅がありつつも入り組んだ周辺は、意外に光も届いており、狭い路地も少ない明るさを残している。自然に近いだろうか。


 カナリアの背を追う間に、いくつも景色を通り過ぎていた。

「もうすぐか」

「はい」

 低い軒並みの奥に、一際目立つ建物が見えている。

 近づくほど、他の建物との差が明確だ。低い石積みを土台とした柵は、錆と歪みで経年を思わせる。素材が元々持つ光沢どこにも見当たらない。ただ、形状によって金属だと気付き、殴って壊れない事だけは分かる。

 建物自体も他と比べて、少なくとも、骨組みをさらさず石壁を保っている。


「この都市の孤児院は、こんなものなのか」

「中の下というところですね。経営が続いている中では最底かもしれません」

 自分が知っている光神教のものと比べると、随分と余裕が無い。外壁は長年洗われずにいたためか、まばらな黒ずみに覆われている。最初に塗装をしていなければ、損傷部から漏れた灰色こそ元の色だろう。いまさら修理をするより、建て直す方が早い。そんな建物だ。

 少ない物音は敷地内で遊ぶ子供たちのもので、奥に長い建物の横には広場と菜園が存在している。


 敷地脇の道を進んでいき、柵の門にたどり着いた。

「入りますか?」

「ああ」

 カナリアが施設に向けて呼びかけると、遊んでいた子供たちが、向かい側に駆け寄ってくる。

 皆、カナリアよりも幼く見える。年齢をたずねようにも、使う言語が異なれば難しい。カナリアと子供たちが行う理解できない会話を止めるわけにもいかない。

 誰かを呼びに行かせたのだろうという予想は、建物に駆けこんでいった一人が大人を連れてきた事で確信した。

 大人の女性の後ろに着いてきた者も含めて、十数人の子供が列を作る。

 開かれた扉の中へ招かれると、カナリアの合図で揃えた声が届いた


「私たちの家へ、ようこそ!」

 慣れない礼を見せた子供たちの言葉は、こちらが理解できるものだった。


「驚きました?」

「ああ、驚いた」

「色々覚えさせているんです」

 こちらを見上げていた、カナリアに合わせて視線を動かす。

「何度も通っているのか?」

「はい。休日には出来るだけ来るようにしています」

 子供たちは列を保ちながらも、隣同士でじゃれあいをしている。

「ほら。解散、解散」

 こちらの言語で話すカナリアに返答して、子供たちがこの場を去っていく。


「こちら、孤児院に勤める養母のテイラーさん」

 子供がはしゃいでいる間に柵の扉を閉めた女性が、丁寧な礼を見せた。

 簡素にまとめられた髪は、作業の邪魔にならないよう心がけているのだろう。カナリアより劣りそうな服の質も、実用性を重きに置くなら比較の対象ではない。


 カナリアの紹介も終わり、女性との距離を詰める。

「今日は、お邪魔させていただきます」

「どうぞ、ごゆっくりと、お過ごしください」

 握手と言葉を交わす。

「それじゃあ、行きましょうか」

 案内をしようと意気込んだカナリアは、十歩も進まなかった。

 建物から次々と子供が現れ、一点に群がる。頭が一つ飛び出た塊は、先ほど以上の頭数となり、移動は完全に止められている。


 一つ叫んだ声に対し、子供たちは距離を取って囲む。

 カナリアが腰から取り外した袋を前に掲げ、何からの会話を最後に、袋を受け取った子供たちは皆揃って建物へと消えていった。


「何だったんだ?」

「炒り豆です。毎回持ってきていたので、まあ、今回も。……本当は、空きっ腹に入れるつもりだったんですけどね」

 何度も訪れていると話していたが、今日の訪問は予定外だろう。

「帰りに店へ寄るか?」

「いえ、手作りなので、家に戻らないといけません」

「家で作ったのか」

「はい。飽きないよう、時々味付けも変えますよ。おひとつ、いかがですか?」

 カナリアが腰から小さな袋を取り出す。

「さっき、盗られたよな?」

「こんな事もあろうかと、別の袋に取り分けておきました。この袋は手放しませんよ」

 他人に味見させる余裕があるなら、もう一袋くらい隠していそうだ。

 一つだけ摘まんで食べる。

 表面を包むわずかな弾力と、乾燥した豆の砕ける食感。焦がしのような濃縮された味の後に、豆本来の甘みが混ざってくる。味付きの水が飲みたくなる濃い味で、干し肉やこういう類は旅先でも便利だろう。

「うまいよ」

「嬉しいです。たとえ、不味いと言われても、食べ続けるんですけどね」

 カナリアは閉じた袋を腰に戻す。

 味見ではあったが、一粒で満足する物でもないため警戒されたかもしれない。


「携帯食を工夫する気持ちは分かるな」

「え。料理できるんですか?」

「焼く、煮る。くらいはできるぞ」

 探索者の経験で、調理法は一通り覚えている。確かに調理の大抵は人任せだったが、間近で見ていた形を真似るくらいは可能だ。

「その服装で言われると、作法が厳しそうで怖いです」

「指摘できるほど目利きじゃない。食べ物を無下にした経験は相当だぞ。むしろ、カナリアに指摘して欲しいくらいだ」

 まともな料理を作った経験は少ない。下ごしらえを手伝うくらいが精々である。

「なんか、嘘っぽいですけど、安心しておきます」

「見れば納得するさ」

 門の前に留まるのも面白くないため、話を止める。


「それじゃあ、行きましょうか」

 カナリアと養母の人と共に、孤児院の建物へと入った。



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