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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
7.加担編:186-213話
194/323

194.観光



 小雨を過ぎた翌日も穏やかな空が続いた。

 数えられる雲の明暗は、平坦な青に厚みを持たせて、近くの良好を示している。街の石敷きが残す湿り気に転倒の危険が感じられず、通り過ぎた馬車も晴れ同然の走りだった。


「今日は近場の案内だけですよ」

「そうだな。まず慣れてからだな」

 カナリアの背中を追いつつ、周囲の景観を探る。見かける高い建物も、都市全体を見下ろすには低い。歩き回って雰囲気を覚えるべきなのだろう。

「やっぱり、違います?」

 活気は変わらない。滞在場所から少し移動してからは、人通りも増えた。

「なんとなくだが、植物が多いな」

 目につくのは建物の所々にある鉢植えだ。道との境界に置かれていたり、二階に飾られていたりする。以前の都市でも見かけていた可能性はあるが、蔦が垂れている家なんてのは無かった。

「良く言われます。誰でも管理できるような規模で、育てている人は多いです。今いる中町でも街路樹の近くは、もっと増えますよ」

 都市の中にある壁を境に、上町と中町と呼び方が変わる。上町の端に滞在しているため、中町に行く際には毎回壁を抜ける事になる。

「植物を売る場所はあるのか?」

「はい。庶民向けのお店も数十軒はあります」

 自分が買うなら食用の物になるが、それ以外も売られているだろう。

 染め布とは違った形で街に色を足している。通りの店にある看板にも個性があるようで、腰丈ほどの酒樽の上で、植物に飾られた板も見つけられた。


「年に一度の市場では珍しい植物を飾られて、見物客が参加できる競りもあります。落札者の名が呼ばれるので、宣伝にもなって、いろんな職種の方が集まるそうです」

 カナリアは歩く間でも、会話に頭を揺らしている。

 人との衝突を避ける工夫かもしれない。少なくとも振り返るよりは良い。

「今年の市は、もう終わったのか?」

「はい。半年以上も先なので、案内は難しいですね」

「まあ、話題のいくつかは聞いておきたいな」

「もし良ければ、お店に寄ってみます?」

「まあ、明日以降だな」

「ですね」


 レウリファは自分のすぐ隣を歩いて、街を眺めている。

 雨除けの下にある重荷は警戒のためだ。衛兵に頼り切りというわけにもいかず、助けを待つ時間を稼ぐにも自己防衛は欠かせない。聖騎士の訓練着を身に着ける自分ほどではないが、街歩きには適していないだろう。

 意図の異なる服装も、様々な生活を支える都市の中では目立たない。

「レウリファ」

 呼びかけると視線が向けられる。

「これまでの都市と違う点はあるか?」

「麦餅の匂いでしょうか」

 言われて嗅覚を意識してみるが、レウリファの言う匂いは感じられない。


「麦餅……、そっか。確かに時期ですね」

 先行のカナリアは、声の後でわずかに見上げる。

「何かあるのか?」

「窯の日だと思います。時期的におそらく」

「麦餅を作るのか」

「はい。町中のお店が一斉に焼くんです。薪代も高いですから」

 まとめて焼いて保管しておくのは普通だ。この都市では焼く時期を揃えているらしい。薪代を理由にするなら、売れ行きの良い店は頻繁に窯に火を起こしていそうだ。

「少し前まで気にする必要もありませんでした。都市中の壁に染み込むんじゃないかって、戦時は店も忙しく働いていましたから。……いつの間にか、匂いも薄れてたんですね」

 戦争中の兵士の食料は一番近い都市が供給するらしい。鍛えた人間は食事の量も多くなるため、負担は大きかっただろう。

「お昼は麦餅、と言いたいところですが、人混みが酷くなりそうなので行きませんよ」

「まあ、そうだろうな」

 町中の店で待つ姿が見られるかもしれない。売り切れにでもなれば、食事の一品が減る。主食を欠くのは問題だろう。


「ほんとに嗅覚が優れているんですね」

「おそらく、はい」

 カナリアの感想に、レウリファが答える。

「この国でも見かけないのか……」

「人間でも表に出る方は見ません。遠い場所で働いている印象です」

 カナリアの経験でも、獣人は珍しいようだ。奴隷自体も見かけない上に獣人となると、都市を歩いて探すだけでは見つからない可能性もある。

「目立つか?」

「変わった装飾と思うくらいですね。見た目を模倣するだけなら結構簡単でしょう?」

「そうか……」

 違いといえば耳と尻尾だ。獣人特有の毛並みなんて詳しくない。熱心に見比べる者など多くなく、そこらの毛皮を縫い合わせれば作れそうな形ではある。

 種族単位で待遇が悪いため真似する者など現れない。カナリアの発想は変わっている。


「雇われている間の食事は、どんな感じなんだ?」

「ついに聞かれてしまいましたか」

 カナリアが言葉を止める。足は止まらないため異常事態ではない。

「……というと?」

「焼き立てで、保管できない類です。毎日です」

「美味しいんだな」

「ですとも。かなりの好待遇です」

「普通は滞在場所まで指定されないものか」

「集合地点まで徒歩通勤です。普段は寝る時間も落ち着きませんね。食事なんて自費ですよ。確かに持ち歩きますけど、緊急向けで普段使いに余裕はありません。お店で頼まない姿を見て、貧乏人に見せびらかすような真似までしてくるんです。非道です」

「難しい話だな」

「まあ、一時の関係ですから、こんなものです」

「報酬の手助けはできないが、悪い扱いはしないようにする」

「よろしくお願いします。……でも、今も十分ですよ」

 一度振り返ったカナリアは、街の案内を続けた。


 半日ほどで抑えて、初日の観光を終える。

 歩いただけだが、街の各所で安定した暮らしは見られた。街の住民から敵視される事も無く、護衛を連れ歩く必要も感じない。

 通訳者は組合が比較的安全だと定めた範囲しか案内できず、集められた情報を元に犯罪事件を避けるそうだ。聞いた話では不法者の集まりもあるらしく、案内に従って危険な地域を避ければいいだろう。

 次の予定を話した後で、カナリアと別れた。



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