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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
7.加担編:186-213話
192/323

192.献上分断



 一見で感じた印象は、壁が低い事だった。

 実際には、高さの異なる二重の壁で都市を守っているため防御力は考慮されているのだろう。

 これまで見た都市の方が過剰だったかもしれない。そもそも空を飛ぶような魔物が人の住処に近寄ってくる事は少ない。壁外の脅威として思いつく魔物は歩行生物が多く、壁は登られない高さであればよいのだろう。


 光神教は魔物への警戒が過剰だが、決して不要な警戒ではない。魔物の大群によって壊された辺境都市の分厚い防壁を目にしている。可能な対策は予め施しておかないと、全てを失う可能性もあるだろう。魔物は油断できない。それに脅威は魔物だけでもないのだ。


 壁外まで都市の建物が抜け出している点も、これまでの都市とは異なる。

 移動の休憩時に、遠くと近くで二度見た建物群は、木を主材とした質素なものだった。気休め程度の柵と板で囲われ、夜を過ぎても照明が保たれていそうな場所だ。門限を過ぎた後でも寝床を確保できるなら、遅れた旅人も助かるだろう。

 昼に到着した自分たち交渉団は、都市の中枢に向かうため、外町を通り過ぎていった。


 重厚な壁が目立たない。

 アルドレ亜連合国の都市イーシオでは、空が近いらしい。





「下町へ出歩けられないか?」

「あまり、お勧めできませんよ」

 否定するアプリリスの意見には納得できる。戦争が決着した後でも、敵対感情は消えない。帰還した兵士の一部も、この都市で暮らしているのだ。

「今日の昼には通訳の方々が訪れるそうなので、詳しい人に頼んでみるのはいかがです?」

「いいのか?」

「仕方ありません。退屈では疲れるのでしょう?」


 相手国の施設に到着して、二日を過ぎる。百に満たない交渉団が提供された建物に留まり、交渉の準備を整えている。落ち着いた色調に囲まれ、馬車内や途中の宿より快適な生活だが、自分だけは暇が溜まる。


「でも、警戒を忘れないでください。いくら統治の行き届いた国でも、個人の感情までは抑えられません。そうでなくとも、世に悪行の絶えた例はありませんから」

「わかった」

 聖女の小間使いというにも仕事を与えられない。言葉遣いも礼儀も覚えない内は、アプリリスも任せる気が無いのだろう。

 そのあたり、教育を受けてきたレウリファと比べて、劣る結果が表れている。空いた時間に教わっているものの、まともな会話が難しいと活用の幅は少なくなる。特に外交的な面では、少しの失敗も許されないだろう。自国の礼儀も欠いており、この国の礼儀も知らない。

 結果的に、同行の交渉官とは接する機会が無く、形式的な服装を離れて見る程度である。先ほども、聖者であるラナンが他の従者を連れて共同部屋から出る姿を目で追うだけだった。


「戦争が終わっても忙しいな」

「国としては、戦闘後の対処が本命ですから」

 ラナンに加えて、フィアリスも休む姿を見せなくなっている。迫る行事を思えば、移動中も素直に休めなかっただろう。

 今も、フィアリスは机に広げた書類を読み返して、時々唸り声を出す。おそらく、自室に入った後も変わらない。様々な催しに応じなければならず、参加者の情報を把握しておかなければならない。当日の挨拶だけでは足りない部分もあるだろう。 

「人や物の流通は、戦時に劣らない。軍と違って異なる分野が集まる分、処理は一層複雑になります」

 ラナンが向かった会議室の方では、言葉や書類が飛び交っている事だろう。

 席埋めも不要、壁際の装飾も邪魔になるだけ。裏方を煩わせたくなければ、自分の行動は獣魔の世話だけに限られる。今いる共同部屋の清掃を任されたレウリファを見習いたいくらいだ。配膳の作法も他人に見せられるものではない。


「アプリリスは交渉の場にも参加しない、だったか」

「はい。ですので、緊急の知らせに対応できるよう待機します。外交面に立つのは不適でも、国内に対しての立場は残されていますから」

 第一聖女でないアプリリスは表舞台に出ない。擁立したり、されたりしないように努めている。

 聖女は、聖者に並んで実働面が推されるわりに、光神教としての政治的立場が強い。愚痴の一声で小貴族が吊るせるくらい、同盟国に対しての影響力も大きい。

 アプリリスの場合は特に、フィアリスが死ぬ事態には代わって立つ可能性もあるため、敏感な問題でもある。現在の主力派を削って、権力図を乱す真似はしたくないらしい。

 ローリオラスは例外だ。

 複数の貴族と繋がりを持ち、光神教や法国の対立構造を煽っている。


「聖女だと、息抜きでも外に出られないか」

「従者なら個人で出歩く理由も作れますが、聖女は聖騎士と馬車が付きます。無理を言わなければ、視察という工程の組まれた作業になりますね」

 自由が無いというより、不用意な接触を避けている。政治的価値のおかげで隙を塞いでもらえる。自分で隙を埋める場合は閉じこもる結果となる。他人の都合である分、不満も大きいだろう。


「禁忌の件も、分からないんだろ……」

 アプリリスの少ない表情の中でも、睨みは際立つ。

「できるだけ危険に近づかない、と約束してくれませんか?」

「すまない。積極的に動かなくても、街の話題で聞こえるかもしれないだろ」

「表で称賛される活動ではないはずです。相手もこちらの滞在を把握すれば、妙な話題は伏せるでしょう」

 聞き耳を立てたところで話題に上らず、目的の情報を手に入れるにも、人目の届かないような危険な場所に行く必要があるかもしれない。

 公の場では、お互い行動を慎む可能性があるらしい。

「在住の外交官に伝えて、調査の人員も回されます。組織相手では秘匿性も優れる。事件の内容から、自衛の戦力を持つ事は確実です。私たちに関わりがあったとしても、専門に任せる方が最善でしょう。被害も、効率も、現段階では想定できないのですから」

 戦争に紛れ込んでいた以上、戦闘員の役割は想定されている。次も自分でも倒せる相手とは限らない。

 知らない土地であり、数的不利になる状況も容易にあり得るため、好んで近付く気は無い。


「わかっている。ただ、警戒したいだけで、気分転換が目的だからな」

「慣れない土地での調査は痕跡を残しやすい。地元の目が集まるので、行動は全て見られると思ってください」

「通訳の身元は確かなのか?」

「出身はそれぞれですが、通訳の経験も長く、柔軟に対応できる人選と聞いています。確実とはいえなくても、関与の可能性は低いでしょう」

「それでも、油断はできないか」

「ええ。潜入を許すほど都市に浸透しているなら、相手との衝突は避けられないかもしれません。情報を知って退去してもらえるなら、早期の衝突は避けられますが、……それこそ相手の出方次第ですね」


 壁外ほどでなくても、走りきれない空間に出たい。

 戦争中は基地の壁を忘れられず、常に閉じ込められている感じがあった。あの頃は守られている実感があったが今は無いのだ。都市にいながら建物から出られない状況は、前より悪化しているだろう。

 仕事柄というのか、慣れた人間は気にしない類の不満だ。比較にならないほど窮屈そうな人間が目の前に二人もいる。自分と同じ待遇に加えて奴隷という立場が付く、レウリファの不自由さにも敵わないだろう。

 外出をしたいという要求に、役立つ言い訳を足しただけに過ぎない。問題を起こさないように努める事が、最良の行動なのだ。


「戦争が始まってから長く拘束していますから、休養は必要だったのかもしれませんね」

「アプリリスは疲れないのか?」

「どうでしょう。……忙しい時期には、まともな睡眠を欠く場合もありましたし、数日の予定が式典で埋まる事も度々ありましたから。疲れる事にも慣れてしまったかもしれません」


「アケハさんが同じ状況になるなら、手が足りないどころか、組織管理に破綻があると確信できてしまいますね」

「働かない身で言わせてもらうが、もう少し信頼のある目安が欲しくないか?」

「疲労に慣れたとしても耐えられる限度はありますからね。この業界だと、権力や勤労に執着する傾向が強いので、中毒にならない人材は貴重なんですよ」

 働き漬けと知っていれば、信用が得られるとしても嫌って避ける者も現れるだろう。

 リーフと同類かもしれないが、自分は働かないという点で先鋭化している。


「自分は助けられているが、不要になるくらい健全な運用はできないのか?」

「光神教は大きな組織ですが、行う事といえば、只の廃棄処理です。人々が意識しない差異の寄り集まりが生みだす責務ですから、忙しい理由に共感されない事が多い。何とか理由をつけ、作業を分割して、ようやく休暇を認めてもらうんです」


「単語だけみれば、酷い言われようだな」

「大抵の者が務まらない仕事なんて、酷いと言って当然でしょう?」

「かもしれないな」

 忙しく見えても、作業の価値は分からない。金に換わる瞬間まで把握できないため、皆が知る光神教の重要性から察するしかないのだ。重要である事を誰も信じなければ、まともな報酬を与えられない仕事だ。

 食料に比べて道具類は価値が分かりくく、店の値段を信用するくらいしかない。それ以上に日常的でない聖女の仕事は、価値を測る事ができない。


 飲み物を飲んでから戻した視界には、驚愕を浮かべた表情で止まっているフィアリスがいた。

 アプリリスに視線で伝えると、呼びかけられて元の作業に戻されていた。



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