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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
7.加担編:186-213話
189/323

189.乱入者



 竜撃砲を発射する地点は、その日によって変わる。

 遠くへ攻撃する手段を敵国が備えているなら、警戒として適正だろう。狙われる危険があるなら一点に留まらない。基地を守る結界も、小石の投擲は防げそうだが、聖女が放つ竜撃砲を防ぐには足りない気がする。

 前線から離れている今、移動を捕捉されなければ、犠牲覚悟で突撃される可能性も低い。


 聖女の活動も多忙ではない。

 竜撃砲は日に三度ほどで、移動に時間を取られて発射が少ない日もある。大体、三発撃つのに一刻ほど要するが、その後は帰還まで休憩が続く。

 魔法の才能に秀でる聖女でも、魔力消費や疲労を気にするらしい。大勢で組み上げる規模の魔法を一人で行うのだから、フィアリスが秀でている事は確かだ。補助としてアプリリスが加わる事を含めても、劣る推測はできない。

 移動の馬車に乗るのは、必ず聖者を見送った後。例の台座が積まれた箱馬車を後続に、別の基地へ向かう。

 戦況の悪化を感じられないため、聖女のこの活動も無駄ではないのだろう。


 なお、発射までの間、護衛の者は立ち尽くす。

 身動きを許されない状況では、周囲を眺める事が監視になる点だけ都合が良い。





 現地の兵と聖騎士に守られた広場で、聖女が魔法を組み上げる。

 用の無い自分は、発射までの間、基地全体を眺めて建物の違いを探す。

 竜撃砲の待機時間は長い。


 毎度、鎧の群れに隠れされない景色には個性がある。

 建物は基地毎に配置が異なり、櫓の数が違う時もあれば、一階建てが多い時もある。同じ建材でも組み上がる形は様々、建てた工兵が違えば当然の事、基地の設計を同じにする必要も無いのだろう。


 多くの戦闘が行われているというのに、剣や盾の衝突音が聞こえない。

 壁との距離が近い点では、どこか、村の日常に訪れたような印象がある。外で戦争が行われているなど、教わらなければ疑わない。武装した兵士を見なければ、台車の移動音も農地へ向かう様子に思えた事だろう。

 移動の途中に馬車が停まる事もあったが、戦場に見えたのは兵士の群れと天幕だけだ。戦闘以前の準備段階でしかない。関与する自覚は得られても、戦闘は経験できない気がする。ただし、最前線の兵士が日夜休みなく戦うわけでもない。交代があるなら、戦闘経験が皆無という兵士ばかりにはならない。


 暇を埋めようとして、無駄疲れした頭を動かしてほぐす。

 都市の展望とも違う、色に統一感がある建物も見ていて疲れない。

 薄雲の浮かぶ空からは、晴れ続きの気配がした。



 甲高い警報音が鳴った。



 連絡の兵が警戒を叫び、周囲の護衛が隊列を整える。

 基地内のどこにいても聞こえそうな騒音に、耳を背ける者はいない。


 兵の動きは素早い。

 門から広場まで、直通の道には防護柵が並べられ、兵士が待機する。防壁の上にも射手や槍持ちが並べられたようで、完全に臨戦態勢である。


 広場の中心にいるフィアリスとアプリリスは、未だに竜撃砲の儀式を止めずにいる。発射の段階に入っても敵に攻められそうな現状だ。基地の結界も解除できないだろう。

 アプリリスも一度見回して外の状況を把握したようだが、台座を囲む結界は解かれない。魔法を中断できないか、時間を要するかの、どちらかだ。

 竜撃砲の効果からして乱暴に壊せる類でないのは分かる。厳重に扱わなければ味方にも被害が出る。周囲が建物ごと吹き飛ぶという、聞く限りの威力なら基地内で性能を味わいたくないし、効果範囲を考えると、迫りくる敵にも使えない。


 強烈な爆破音は、道の先から届く。

 竜撃砲のような地面の揺れは無いが、音は大きい。


 門の辺りが騒がしくなり、乾いた衝突音に混じって、人の声がする。

 兵士の包囲を抜けて、戦闘が迫ってきている。


 敵の襲撃らしい。

 重量物である防柵ごと兵士を押しのける、大きな群れだろう。

 敵味方の入り混じる戦闘では、投擲武器も控え、魔法の使用も難しい。


 広場にいた聖騎士の壁が、相手の方向に厚みと反りを増やす。

 指揮官が魔法の使用を命じて、見えない奥で衝突した音が伝わる。

 聖女への到達は阻止しなければならない。


 人を足場にしたかのように、敵の一人が刃の森を飛び越えてきた。


 右に長剣、左に短剣と。相手は、こちらと違って盾を持たない。

 身のこなしが軽く、避けられるなら不要なのだろう。


 着地した次には、距離を詰めてくる。

 要所を守るだけの革鎧は、正規兵より、雑兵だろう。

 とはいえ、専門相手に勝てる自信など無い。

 自分ができるのは時間稼ぎだ。

 間合いを詰めるから、避けずに脅威と思ってくれ。


 振った剣は確かな感触を伝えてこない。

 とっさに下がると、剣の先半分を失っていた。

 長物だと消耗は激しくなるが、少しでも魔力を込めるべきだったか。


 相手の短剣と刃渡りが並んだ剣を、今度は囮につかう。

 振り抜く前に手放し、次に相手の手首を掴む。


 全身硬化で強まった握力に、相手は何も言わない。

 捕らえていない残りの体が暴れるだけで、抜け出せないらしい。

 盾で防げる長剣の方は、短剣と同種の魔道具ではないらしい。


「降参しろ」

 うながしたところで、敵の抵抗は緩まらない。


 敵一人に多くの時間を割くわけにはいかない。

 援護の機会を狙う、近くの聖騎士たちにも悪い。


 掴んだ手首の先にある魔道具を壊させてもらう。

 魔道具さえ壊せば、攻め手の無い自分の代わりに、兵士の力を借りられる。


 敵の腕へと魔力を送り込んだ。

 力んだ筋肉のような、あり得ない膨らみが握り手から伝わった。


 水袋を裂いたような音。

 顔まで飛び散った大粒の液体。

 脅威となる短剣を手放した女性は、膝を地につけた。


 驚きの混ざった一音が繋がり、最後は濁った悲鳴が続く。

 本来の厚みを失った手袋が、落ちた地面に生々しい汁を広げている。


「くそっ。ざけんな。何だよそれ。恵まれた奴は何でも許されるのか! 劣る者は死ぬまで虐げられろってか! 痛い」

 敵は半端になった腕を抑えて転がっている。

 隙のある内に背を踏みつけ、予備の短剣を取り出す。

「すまないが死んでくれ」

 聖女が待つこの場で戦闘が続くのは悪い。

 敵の妨害は速やかに解消すべきだ。


 相手の肉体から抵抗は見られない。硬化を使うような魔力も残していないのだろう。

 素人の剣でも刃は通る。


 うめき声を抑えない女性の首へ、剣を這わせた。



 人の腕が魔力で崩れる事など聞いた事が無い。自分自身、魔法を使う時に、体内へ魔力を巡らせている。

 体内へ魔力を送り込むにも影響がでないよう、魔石に注ぎ込む時の無害な流れを作ったつもりだった。

 魔力同士の衝突で害を生まれるとしても、今回は相手が対抗したように思えない。魔力量で圧倒的に勝つ状況であり、極端な反発も感じなかった。

 

 顔に滴る、熱と弾力のある塊を腕で拭う。

 一番の脅威が去った事で、聖騎士も残党の対処に戻った。


 次第に戦闘音は少なくなる。

 敵兵の追加投入は無いようで、劣勢は順調に解消された。


 残った死体も兵士が回収した事で、少ない痕跡を残して、広場近くが元の状態に戻る。


「大丈夫ですか?」

「ああ。……出てきて問題は無いのか?」

 アプリリスが顔を向ける。

 解除しないまま抜け出てきた結界には、竜撃砲とフィアリスが残されている。

「私は元々、補助で加わっただけです。……安定した後なら心配は不要ですよ」

「それなら良かった」


 襲撃してきた敵も結界による防御は想定していたはず。防御を突破する備えがあるなら、下手に生かすと聖女へ被害を与える可能性もあった。

 すぐ殺した事には後悔がある。

 敵の腕が破裂した原因も探りたかったが、基地に山積みされる死体を特別保管するわけにもいかない。

 

「発射は継続するみたいだな」

「ええ。しっかり守ってもらえましたから」

 視線を合わせたアプリリスは、変わらない表情をしていた。


 顔に残った汚れも、レウリファが運んでくれた布で洗い落とせた。

 二度目の襲撃は訪れず、一日の作業を終えて聖女と共に馬車に乗った。



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