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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
7.加担編:186-213話
187/323

187.帳



 天幕六つと小屋二つと、移動に使った馬車も停まっている。

 光神教の印が書かれた垂れ幕は近づく前から目立つ、聖騎士による警備が敷かれた、この場所が戦時の拠点だった。


 短期的な活動であれば聖者は便利馬車一つで足りてしまうが、他の者は違う。

 馬車の隊列は長く、連れている人数も役割も多い。長期滞在では建物を設ける価値が生まれるだろう。一部、軍に頼らない輸送を行うようで、自分たちが到着する以前から拠点に人がおり、ここ数日にも聖騎士や馬車の往来があった。


 アプリリスと並んで監視網を通り抜けて、拠点内に戻る。

「この後、お茶休憩でもしませんか?」

「ごめん。半端にした獣魔の世話を済ませておきたい」

「そうですか」

 仕事途中で持ち場を離れたのは失敗だったか。

 こちらの返事を待つ以上、緊急性は低いだろう。

「わかりました。終わり次第、部屋に来てほしいです」

「わかった。夕食までには戻るが、もしかすると遅れるかもしれない」

「構いません。また後で」

「ああ」

 天幕前で別れて、垂れ幕の脇を通り抜けるアプリリスを見送る。

 その後、拠点内で最も人通りの少ない端の方へと向かう。


 丁寧に張られた色紐の囲いは、庶民が暮らす一部屋より広い。

 軍の施設内で獣魔を走り回らせる事は難しく、戦場である外も同様に難しい。獣魔も魔物に違いなく、明確な境界を用意しておく判断は正しいものだろう。

 運動の場所を貰えたのは、飼育に不安のあるこちらとしては助かる。これまでの環境を保てるため、獣魔たちの不満も少しは抑えられるはず。

 とにかく、専用に近い空間を与えられるのは特別扱いで、自室を持つ者が少ない陣地内で、運搬を担う馬より贅沢している。


 境界の紐をまたいで入ると、獣魔たちを遠巻きに見ていたレウリファが寄ってきた。

「待たせて悪かった」

「気分は晴れましたか?」

「今一つだった」

 戦いの最中だというのに緊迫感が無い。

 探索者としてダンジョンに入っていた頃なら、戦闘が無くとも今より警戒を残していた。

 直接見る機会を失えば、近くの戦闘にも危機感を失ってしまうらしい。


 将軍のように戦況を予想する仕事も無く、それを守る見張りのような責任も無い。従者であるといっても中途半端な自分は、邪魔しない範囲の自由行動でしかなく、目前に脅威が訪れでもしない限り、環境に追われる事が無いのだ。

 立場という存在に鈍らされている。

 陣地内を見回り武装した兵士を眺めたが、解消もできず、戦場から離れている事を再認識する結果となった。


 壁外を行く探索者は煙や火の明かりに注意するらしいが、ここでは調理の煙も立つ。戦場から離れた場所でしか行えない関与があるのだろう。

 自分は素人なのだ。推し量れない事も多い。理解に諦めを前提として、他の何かで不満を解消するしかない。

「明日ぐらいに剣で鍛えてくれないか?」

「はい」

 レウリファが視線を合わせた少し後に頷く。


 預けていた道具を受け取り、空いた手を繋げる。

「自分がいない間に、危険な様子はあったか?」

「いえ、外を眺める事はあっても、襲う気は無いみたいです」

「これまでも大丈夫だったが」

 生み出した側から尋ねる事ではないし、尋ねる相手も間違っている。

 とはいえ、獣魔に質問しても返事は来ないだろう。

「これが普通なのか……」

「どうでしょう……」

 最初に人を襲わせる機会はあったが、以降は魔物相手であり、今では襲わせる機会すら与えていない。ダンジョンで生み出したからといって、人を殺すのが全てではないようなのだ。

 ついでに、命令に従ってくれる事には多く助けられている。

 獣魔の教育は非常に面倒で、人の生活に沿わせる事は特に難しいらしい。排泄場所や一点に留まらせる事、人に付き従う事さえ、使役に向いた種族であっても個体が限られるようなのだ。

 そんな苦労を自分は経験しておらず、単純な問題であれば指示一つで解決していた。

 ダンジョンから生み出した魔物が簡単に指示を覚えてくれる。獣魔を持ちたい者からすれば最高の環境なのかもしれないが、現実にはそうなっていない。

 自分が全ての魔物に命令できるわけでもなく、操作できるダンジョンで生み出した魔物のみというのが、ダンジョン操作の特別感を増している。


 じゃれ合う雨衣狼の姿から敵意を感じられない。

 種族の違いから警戒する部分があり、人とは合わない習慣がある。魔物でも一部とは共生できているのだ。

 魔族が指揮する際にも人間の獣使いが経験する苦労があるというなら、いくらか魔物に対する脅威が減る可能性はあっただろう。ダンジョンを操る自分という存在を知れば、そんな期待は消える。命令できる点で助けられた場面も多いが、不可能な者からすれば脅威でしかない。

 個体に意思があるとしても、特定個人の命令に従う様子を見れば、信用できなくなる。


「あまり自由に動かれても困るから、助かっているな」

 夜気鳥の二匹も満足に飛ばせない。

 敵軍の内通者や偵察の手段として獣魔が使われる場合もあり、不用意に飛ばすのは危険だ。登録した獣魔の札を掲げていたとても、味方に攻撃されるだけの理由がある。

 不和の元になるなら、指定された範囲に留めておく。元々、自由行動は許されていない。戦場周辺の魔物も駆除されているため、獣魔による情報伝達でも細かく決まりを定めているだろう。

 自分の従魔に役割があるとすれば見せ物くらいだ。触れ合いを許すでもなく、遠巻きに眺めてもらうだけ。日々の食料分、味方の負担になっている。

 飼育を完全に任せていたなら、聖都に留まったまま教会の広場で駆け回れた事だろう。


 道具を地面に置いて、雨衣狼の塊に近寄る。

 気付いて寄ってきたヴァイスの後ろには、シードとルトがついてくる。人より大きな魔物が三体も寄ってくれば、普通の人は怖がる。

 目線を合わせるように屈み、ヴァイスの接触を許す。

 押し付けてくる質量体は、武器防具より多くの安心感を得られる。往路で地を駆けてきた事もあって、教会で過ごしていた頃より汚れを取り戻した彼らも、探索者業を思わせるには、まだ野性味が足りない。これまで生活道具を更新してきた事もあり、人工的な清潔感が増した。探索者なら一目で獣魔と判別するだろう。

 背中に回り込んだヴァイスが、背中を撫でていた手と対の方に、湿った質感を押し付けてくる。

 噛み取られないよう揃えてた指は、舌と唾液に捕らわれる。

 弾力のある粗目と粘液が伝う感触は、むず痒い。口内という繊細な部位とあって、驚かせないよう動きを堪える必要もある。耐えられるだけ、気軽な接触だろう。

 指を奪われないために硬化魔法を使っているが、彼らが避ける事は無い。魔法を使う時点で周囲に無駄な魔力が漏れるはずだが、一度も警戒された事が無い。

 砂粒程度の火を出す種火の魔法であれば攻撃と判断して避けるかもしれない。可能性はあっても、嫌がらせになるため試せない。

 魔法で出す水を飲むか、いずれ試してみたい。水槽にいれた川魚や沼の虫が生きられるため雨衣狼でも問題無いだろう。自分で飲んだ事もあり安全性は高い。

 レウリファに対しての甘噛みは数度止めさせた後には見かけていない。その分、こちらに構う量は増えている気がする。


 雨衣狼を呼んだ後は、夜気鳥を腕に停まらせて、彼らの寝床に案内した。



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