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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
6.同行編:158-185話
185/323

185.前準備



 教会に戻ってすぐ、症状の処置が行われた。

 体を洗い、下剤をあおる。夕食を諦め、刺激の少ない飲み物で体を休ませる。処置は順調で、夜始めに帰ったにもかかわらず、日をまたぐ前に眠りにつけた。


 翌日になって養療食を取った後は、言いつけ通りに休憩を置いて、共同部屋に入った。

 普段から見る顔触れに、ラナンとフィアリスが増えている。リーフの前にも皿は無い。

 体調の話題は早々に済ませ、本題へ移ってもらう。


「ローリオラスが手紙と言ったのは、どういう意味だったんだ?」

「戦争です」

 アプリリスが見せてきたのは、教会内で扱う書類だった。

「隣国。当然というべきか、同盟国ではありません」

 オルドレ亜連合国。

 ルイス法国を囲んでいる内の一国で、圏外を示す境界円がへこんでいる地域でもある。

「いつ知ったのか。企てていたのか。……協定に基づいた宣言でしたが、あまり猶予はありません」

「法国に対して、というのは本当なの?」

 ラナンの質問に、アプリリスが頷く。

「はい。ですので、良くも悪くも聖者は参戦するしかありません。フィアリスも私も向かう事になります」

 光神教の本拠地である法国が、聖者を動員する事は意外でもない。

 魔物に対してという前提が付く、戦力として有名な聖者は人間の中でも優れた部類だろう。歴代の聖者も賊相手に戦った功績があり、人間相手の戦いでも一定の信頼はある。

 

 相手は圏外と接する国。圏外へ領土を広げるより、内側に進む方が楽なのかもしれない。討伐組合が探索者の立ち入り制限を決めている事からも、困難は予想できる。


 魔物という大きな脅威があっても、人間同士で争う。

 日常にありふれた個人的な争いも国単位で行われると危険だ。協定とやらで、魔物に対する警戒を忘れていないと思いたい。

「男神派のために他国が動く理由はあるのか?」

「利益はいくらでも計上できますよ。法国は資源大国ですので……。貿易損失の補填と、いくつかの譲歩を交渉材料にすれば、十分可能です」

 情勢は本当は理解すべきだが、学ぶ時間は無い。

 とにかく、法国に狙われるだけの価値は元々あるらしい。

「この時期に戦力を割くのは悪手ですが、断われない立場です」

「完全に手の内だよね」

「法という制限がある分、行動を予測されやすいのは当然の事。もとより規模で勝つしかありません」

 決めきれないように悩むラナンに対して、フィアリスは暗い顔で沈黙している。


「俺はどうすればいい?」

「同行してもらいたいです。再び狙われた時に手に届く場所にいてくれませんか」

「戦う必要があるのか」

 人間と戦った経験はあるが正道ではない。人同士の争いで自分が役立つ可能性は低いだろう。

「基本は後方で待機しますが、少ないとしても交戦する可能性はあります。ごめんなさい」

「誰もいない教会に留まって狙われるよりはいい」

 ローリオラスと戦って勝つ場面が想像できない。

 単独で襲ってくる確証もなければ、土地勘の無い場所で勝つ自信も無いのだ。


「ローリオラスが参戦してくる場合もあるんじゃないか?」

「身分を隠して潜む可能性も少ないです。他国を招き入れる行為は、派閥争いの程度を越えていますから」

 光神教という組織は国を越えて存在しているため、この場合の他国は、信仰されていない国という意味だろう。

「発覚した時点で犯罪者となり、属する派閥も解体されてしまう。……真実だとしても、明確な証拠は残さないでしょう。向こうも、まだ聖女の地位を捨てるつもりは無いはずです」

 アプリリスはこちらから目を外す、余韻を残した後に飲み物へ口を付けた。


 ラナンがフィアリスを慰めている間に、自分も口を潤す。隣のレウリファは平然としているように見える。視線を合わせるのは一度だけにしておいた。


「相手が洗礼の広まっていない国だとしても、魔法への警戒は忘れないでください」

 アプリリスの手は、不要な時には置物を演じない程度にしか動かされない。突発的な動きが無く、意識していなければ警戒できない動きだ。

 ロジェという名で学生を演じていたローリオラスも、優れた演技力を持っている。経験している時には演技と疑った事も無く、行動を誘導されたとしても自覚は難しかっただろう。

 それでも、一番敵対したくないのはアプリリスだと思う。


 常に動いているわけでもないが、止まっているようにも見えない。

 戦争前の今も焦りは見えず、状況を静観する余裕がある。

 演技だとしても、見習いたい態度に変わりない。


「誰でも扱える魔道具があれば、移民は制限しておらず、団体所属の探索者が傭兵として参加している場合もあります」

 魔法だけが武器でもない。

 一応、魔法への対処を身に着けた自分でも、敵を過小評価するつもりはない。

 強力な魔法が使えるとしても、死ぬときは死ぬ。市街を歩いている中で突然刃物を刺されたら、また毒を盛られて死ぬような、全ての問題を魔法で解決できるとは思っていない。

 魔法が使えたところで、警戒する事はいくらでもあるだろう。


「わかった。気を付けておく」

 法国が戦争を見込んでいたかは分からないが、探索者の移動が把握されているだけでも、戦力予想には役立つ。

 個人で他国に渡る者は判断材料に向かないところだが、戦力が高かったり、団体規模の集団だと、事前情報が頼りになるだろう。


「武装はどうなるんだ?」

「正直なところ、従者には正式な武装がありません。身分を示すような場面では聖騎士の装備は借りるわけにもいかないので、探索者の頃の装備を着てください」

 

「今から作ってもらうのは難しいですが、既製品を見に武具店を回ってみますか?」

「混雑しそうだな」

「まだ、正式な発表もされていない早い時期です。魔物が主戦の探索者は戦争参加の割合も少なく、討伐組合も推奨していません。武装が品薄という状況はめったに起こりません」

 自分の予想とは違い、武器は集められるらしい。

 武器に魔物と人間という区別はあるが、基本的に魔物の方が丈夫で脅威だ。


「軍の標準装備であれば、取り寄せも比較的容易です。いくつか触ってみますか?」

「試してみたい。できれば、街の店にも行きたい」

「わかりました。その際はレウリファさんも呼びますね」

 装備は信頼できる物を選びたい。これまで使ってきた安物より、良い装備は見つかるだろう。体に慣らす期間を考え、早めに済ませたい。

 初めて市街に出歩く理由が戦争準備という事に不満はあるものの、学園や馬車からの眺めでは満足できなかったため、街並みを見ておきたい。

「獣魔は連れて行けるか?」

「一緒に向かわせます」

 混戦になるなら役立つ機会は少なそうだが、魔物がいるだけでも相手の注意を逸らせる。距離を取って背後を取らせるだけでも十分な役目になるだろう。

「他の従者はどうなる?」

「教会にも人員は残しておきます」


 見えたリーフは、普段通りの表情を向けてくる。

「大丈夫。私の事は心配しないでいいよ」

 リーフは体を向けたまま、視線を周囲に動かす。

「武器ならいくらでもある。そこらの家具を見てみるといい。金属に陶器に硝子と、木材だって折った断面は、良い凶器になる」

 机に照明、棚も。庶民が一生触れられないくらいの価値がある。

 乱暴に扱いたくない道具だが、死ぬような事態には構っていられない。リーフの考えが有効になる場面はいくらでもあるだろう。

「たとえば、この食器でも。……割った破片が目に入れば、それで勝ち」

 お菓子を食べて、空にした皿を持ち上げてみせる。

「金持ちは金を投げて戦うんだよ。知らなかった?」

 万が一にも生き残れそうな気力が、リーフから表れていた。



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