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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
6.同行編:158-185話
184/323

184.芳花



 こちらを見下ろすアプリリスの表情に、感情は見えない。

「リーフ」

「はい」

 横をすり抜けてリーフが寄る。

「アケハは、こっち!」

 脇の下から抱いて持ち上げようとする。立ち上がると告げたリーフの介護は過剰だ。

 断ろうとしたが、補助を止めるための腕が重たい。

 眠気も無く、力が出せない。

「ゆっくり、ね。もう大丈夫だから」

「すまない」

 自力を諦めて、肩を借りる。

 助けてもらいながら立ち上がった事で、今の異常があからさまになる。

 視界の小さな揺れが治らない。頭の揺れが視界に慣性を残すため、リーフの支えがなければ、立ち上がるのは当然一歩進む事も難しい。

「馬車まで我慢して」

「わかった」

 リーフが声量を抑える事にも、理由はあるだろう。

 指示通りに、アプリリスの後方に移動する。


 アプリリスの背の奥にはロジェが立っている。

 ロジェが中段に構えて、一歩迫る。

 向けられた切っ先は鋭く、無手相手に使うには過剰だ。魔法という見えない道具を持たなければ、相手にならないだろう。

「ここでやるかぁ?」

「全力で引かせてもらいます」

 アプリリスが腕を持ち上げた途端に、ロジェが駆け寄る。


 破壊音が鳴る。

 硝子窓が割れて、窓枠も外側に歪む。脇にあった長椅子が押し潰れて、木片を散らす。

 直後に生じた光が目を焼く。

 細めた視界にアプリリスの影がわずかに残る中、重い振動が頭に響いた。


 薄め目の瞬きを数える間も待たされない。

 光も薄れて、音も途絶えた。

 それでも、鋭い摩擦を思わせる金切り音は、全身の肌を震わせていた。戦う気力が湧くはずもない。まともに喰らえば人の身で耐えられる攻撃ではないだろう。

 光を遠ざけた視線を持ち上げると、アプリリスの姿は残っている。


 ロジェの突きは、透明な壁に阻まれていた。

「リーフ、逃げますよ」

 アプリリスが振り返ると、床付近で舞う粉が広がる。

「うわぁ。乱暴だわ」

 リーフが向きを変える。ロジェが見えなくなる。

「まあ、アケハは歩く事だけに集中してよ」

「ああ」

 背後で廊下がきしむ。

 こちらの歩みより早く遠ざかる音は、おそらく、アプリリスの結界が廊下の物を仲良く破壊しているところだ。

 木と石が裂けて砕けて、引きずられる。家具の取り換えだけでは済まず、建物の修復にも大金と時間を要するだろう。

「馬車まで移動すれば、襲われる事は無いはずです」

 並んで歩くアプリリスが伝えてくる。

 後ろを見れないまま進み、階段に着く時には破壊音が止んでいた。


 停留所まで移動して、いつもの馬車に乗る。


 移動中の馬車は窓が閉ざされている。

 外は見えず、普段は気付けない馬車の揺れが視界に映る。

 まだ、直前の症状は収まっていない。


「怪しいと思った時点で、杖を持ち込むべきでしたか」

 正面に座るアプリリスの呟きに、リーフが揺れる。

「やめて、請求が馬鹿にならない。……それに対処は同じでしょ」

 否定しない。

 アプリリスでは、ロジェに対して優位に立てないらしい。


 すぐ隣にいるリーフの手が、こちらの服を緩める。

「俺はどうなっている?」

「惚れ薬だよ……」

 硬い口調で断言される。

「まあ、睡眠薬と快感薬のもろもろ。匂いもあれだったし、随分と盛られたね」

 アプリリスと初めて対談した時もそうだったが、聖女というのは他人を眠らせるのが趣味なのだろうか。

 リーフが髪を撫でてくるが、抵抗する気は起きない。

 力を入れるのも面倒だ。


「あれが、聖女なのか?」

 アプリリスが呼んだ名前には聞覚えがあった。

「ええ。ローリオラス=ラグランジュエ。第三聖女です」

 貴族名を持つ。三人とも貴族生まれというのは偶然だろうか。

 魔法を学ぶ上で教育環境が重要なのはわかるが、聖女の場合は教会で学べるようなので、庶民生まれの聖女も過去にはいた可能性はあるだろう。

「順位なんてあったか?」

「教えていなかったかもしれません。私が第二で、フィアリスが第一聖女です」

 聖者であるラナンと共にいるのがフィアリスだから、第一という立場には納得できる。実感しにくいのは、普段からアプリリスが仕切っているためだ。

 詳しい情報は知り得ないため、一見だが順位と戦闘能力は無関係かもしれない。


「今は体を休めてください」

「さっきは助かった」

「……いえ。遅くなって、ごめんなさい」

 状況だけを見れば、アプリリスに助けられた。

 相手は男神派に属する第三聖女である。こちらの勢力と対立する存在であり、攫われた後の扱いは分からず、即座に殺される可能性もあった。

 

 光神教そのものが敵である魔物側からすると、どちらの派閥を推すべきか変わるだろうか。

 男神派の活動を知らない。判断材料が無いため、味方と考えるのは無理だ。

 勝つ側に属すべきなら女神派に留まる。聖女二人と聖者が付いている。政治関係を知らないが、規模が大きいのは女神派と聞く。男神派という話題を聞いた機会が少ない。

 どちらも敵という場合は、勢力争いが激化して互いが疲弊すれば良いが、一つに絞られる事で隙が無くなる場合もある。

 何にしても情報不足だ。


 それでも一番良い手段は、傍観する立場でいる事だっただろう。

 関わった時点で手遅れかもしれない。今抜けたところで、顔を知られた敵が市街を出歩くようになる状況だ。教会から脱退した事実が公表されたとしても、狙わない理由が無い。

 ダンジョンや魔物を操る側なんて言い訳で、他人事と捉えていた自分がうかつだった。


 見通しの甘さは、教会に所属する以前から自覚している。

 自分が成し遂げた事といえば、辺境のダンジョンを早期に撤退できた事くらい。魔物の襲撃を受けた都市クロスリエによる調査が及びつつあった。それですら、個別の探索者の妨害もあって万全とは言えない結果だった。


 一人では到底無理なのだ。

 元々、無謀だ。ダンジョンを持っている事に、大した優位性は無い。


 想像する以上に、行動の選択肢は少ないだろう。

 教会内でダンジョンを設置する事もできない。替えの利かない身で光神教に属した事も不用意だ。避けようの無い事態であっても、状況が悪化した一点は確かだ。

 DPが溜まらない現状、残り少ない本領を発揮する機会さえ無い。

 あるのは、自分の実力だけ。


 頼りにしたダンジョンだって、人の社会では資源の産出元でしかない。

 自由に壊され、管理される存在を、対抗手段として用いる愚者は自分くらい。負ける実績に溢れており、勝つ信頼が足りない。

 実のところ可能性は無くはない。人間の到達を阻む、広大な、ダンジョンも存在する。

 探索者個人ではなく、組織立った軍隊が攻略を今なお続けている。対抗という形を現実に示している。それは少なくとも、自分が設置するような建物一つ分も無いダンジョンではないのだ。

 

 他を巻き込むにも優位であれる要素は無く、仲間に成りえる存在も少ない。それこそ人間に敵対する魔族くらい。支援を貰えるかも知らない。


 半端だ。

 人間の姿をしておいて、魔物や魔族のような敵対する要因を抱えている。

 どこにも加われないなら、独立に賭けるしか生きられないのだろう。

 ”側”、なんて捉え方をするから仲間を前提としてしまう。組織に派閥があるように、勝手に向けた背中を刺されない保証など無い。

 同じ立場であっても、連携できるとは限らないのだ。


「アケハさん。体調が悪いのですか?」

 アプリリスに動いた気配は無い。ずっと見られていたかもしれない。

「いや、何でもない」

 思考が一部でも漏れれば、危うい。


「なあ、アプリリス。……俺に雇うほどの価値はあるのか?」

 考えるような素振りを見せてくる。

「私見ですか? それとも公的な面ですか?」

「どちらでもいい」

 アプリリスは頷いた後に語る。


 聖女としての地位を失いかけていた、私の活動制限を失くした事。

 ダンジョン騒動を鎮めるきっかけになり、教会が治安に対する優位性を示せた事。

 軍でも採用されるようになった獣魔へ反感が残る中、教会側の答えを示す指標になった事。


 貴方自身の価値は知りません。まだ、確かめた事も働く様子を見た事もありませんから。


「でも、ひたむきに何かに捧げる姿は嫌いではありません」

 何かという以上、不審は感じているのだろう。

「私の活動を理解が無くとも見守ってくれる。それだけでも、その人にとって欠かせない。他人であるからこそ存在して欲しい。……アケハさんの事、私は好きですよ」

 いくらでも替えの利く存在だろう。

 それでも現にいるのが自分だった。それだけで価値なのかもしれない。


 無い物に価値を置いても、解決しない事はある。

 自分は唯一だと捉える自分自身では、理解できない。

 客観的に見れば誰でも替えは利く、であれば選び方次第なのだろう。


「こんな状況で話す事ではありませんね」

 無表情から作り物じみた笑顔に変わる。

「かもしれないな。聞いて悪かった」

 好きと言われたのは、今日だけで二度目だ。

 薬を盛られて判断の緩い状況で、異なる人物から同じ言葉を伝えられる。それが異なる聖女からなのだから、聖女に見慣れた聖者でも得難い経験だろう。

 貴重だろうが、まったく喜べない。

「私は、いつでも構いませんよ」

 今の状況では、別の意味に勘違いしそうで、おそらく抵抗できない。

 特に、窓が閉ざされ外も見れない今は、視線を忘れる手段が無い。


 ロジェは第三聖女だった。

 学園に通っていた事が全てが演技だったのだろうか。

 敵対派閥から隠れる事や自分に接触する事が目的だったとして、女学生を付き人にして監視を受ける環境が嘘だとしても、図書館で並んで本を読む仲や剣術を指導する関係であったのは事実だ。

 ローリオラスの境遇を知らないため、確実と言えるものは無い。

 無価値と断定できるものでもないだろう。


 それでも、大切に思われていたとしても、自分を捨てる選択はできない。

 どちらかが変わりでもしなければ、相容れないままなのだろう。


 馬車内では、続く会話は無く。

 高まった心拍を聞きながら、流れる汗を拭かれつつ、教会に帰った。



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