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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
6.同行編:158-185話
183/323

183.地中に咲く



 学園の廊下。正面の窓は学園の内側を映している。

 離れて見える建物の奥では夕暮れに黒が増している。

「アケハさん」

 隣から届く声。ロジェの他には誰もいない。

 長椅子に並んで座り、肩は触れている。

 普段より近い気もするが、乱暴に拒絶すべきではないだろう。


 ここに来た経緯を忘れている。

 図書館の前でロジェと会った。慌てて駆け寄る姿が珍しく、周囲を見回していた様子は覚えている。

 こうして廊下で休んでいるなら、一緒に移動してきたはずだが、道中の会話を思い出せない。


「付き人の二人は、どうしたんだ?」

 距離を置くように言ってきた女学生がいただろう。対立派閥に属する相手とロジェの接触を警戒した。この数日は図書館で出会わなかったのも、あの二人が関係していただろう。


 ロジェといえば、首を傾け、再び名前を呟いただけ。

 困ったような表情をされても、答えてもらわないと状況が掴めない。

「先ほども似たような質問をしていませんでしたか?」

 いや、記憶は無い。

 表情を読むように視線を合わせてくるが、答えられない。


 諦めてもらうまで待つと、ロジェは窓の景色へ顔を向けた。

「しっかり、書き置きは残しました。けれど、二人を困らせたかもしれませんね」

 直接話したところで、許可が貰えない事を確信していただろう。

 ロジェは付き人の監視を抜け出てきたらしい。

「……もしかして、緊張していますか?」

 脈は平常より少々高く、体に熱がある。

 椅子に触れている背や足、ロジェと接している肩にも汗が出ている。

「かもしれないな」

 ロジェが嬉しいと呟いた後には、再び静かになる。


 周囲に物音が無く、隣の吐息さえ聞こえそうな空間だけがある。

 ロジェは遠くを見たまま、膝上の両手に落ち着きが無い。少しの間、緩く揉み合っていれば、違う仕草に変わる。こちらに近い側の膝へと登ろうとして落ち、元の位置に納まった。


「あの!」

 言葉は短く止まる。

「どうした?」

 ロジェを促す言葉が見つからない。

「いえ……」

 髪が揺られて、風が起こる。


 ロジェが視線を下げ、互いの手を見比べる。

 次に持ち上げれた顔は、涙が浮かび、火照ったように赤く染まっていた。


 視線が合うと、すぐ顔は背けられる。

 下を向いたロジェが、こちらの手を握る。

「私も緊張しています」

「そうみたいだな」

 直後の握りは、緩まるまで自分の指が骨を感じるほどだった。

「本当ですよ?」

 ロジェは体を寄せると、捕らえた片腕を抱きしめる。

 訓練の時なら体が当たる場合もあるが、今は違う。極端に対応を変えた理由があるだろう。


「何か、あったのか?」

 同意が返る。

「学園を去る事になりました」

「俺と関わった事が関係するのか?」

 首を横に振られる。

「いえ、最初から終わりがある事は分かっていました」

 

 ロジェが立ち上がると、長椅子の正面に来る。

「でも、アケハさんに会えなくなるのは嫌なの……」

 窓を隠して、なおも迫り、こちらを掴む腕から重みが伝わってくる。

「貴方と生きたい。私の手を握って離さないで」

 ロジェが全身で抱き着いてくる。


「できない」

 今の自分は聖女の従者だ。

 去る人間を追う事はできない。

「ロジェの事情は分からない。……ロジェはこっちに来れないのか」

 来てくれるなら、生活水準は平民並みに下がるとしても、一緒に過ごす事は難しくない。

「それじゃ駄目なの!」

 生活を捨てられないのは同じ。

 妥協が見つからない以上、諦めるしかないのだろう。


 まだ、教会にレウリファがいる。

 獣魔も預けている。ダンジョンコアも保管してある。

 今、帰る場所は教会なのだ。


 教会に帰る。……外では日が落ちようとしていた。

 本来、学園に留まる時間は夕暮れまで、迎えを待たせているはず。

 教会に帰らなければならない。

 なぜ、迎えの存在を知りながら、ロジェの誘いを途中で断らなかった。


 ロジェの事情も複雑で、聞くに期限が短い。

 会えるのは本当に最後で、判断できるのは今限りかもしれない。


 それでも情報が足りないのだ。

「頼む。事情を教えてくれ」

 真剣に思ってくれたのは分かる。大事に思うからこそ、隠さず伝えて欲しい。

「お願い、一緒に来て。何でもするから……」

 ロジェは離さない。

 涙を流して、こちらの頬に触れてくる。


「ロジェ。……悪いが力になれない」

 今の自分は捨てられない。

「私は止まれない。安らげないよ……」

 耳元で呟く、言葉には震えと詰まりが混ざっていた。


 抱きしめたまま、音は止む。

 ロジェの手は、こちらの体を掴んだまま、密着を放さない。


 視界を埋めるロジェの体には、嗅ぎ続けたい熱い匂いがある。

 ロジェの意思を縛り付けて、全てを奪いたい。

 覆い隠す服を剥いで、匂いの元を探りたい。


 きっと、これまで経験した事の無い、味と感触がある。

 この場所なら誰にも気づかれない。事を起こすくらいの猶予はあるはずだ。


 抱きしめてくるロジェの顔は見えない。

 悲しませただろう。

 精一杯の気持ちを伝えて求めて、叶わない。

 話したくて話せない心境は、ロジェも自分も同じかもしれないのだ。


 置き去りにする側の自分が、全力で抱きしめるわけにはいかない。


「アケハさんの事が好きなの……」

「俺もロジェが好きだ」

「だから……」

 重なっていたロジェと間が生まれる。





「――”俺”と来い。アケハ」


 強い口調。零れる涙の源には、鋭い眼光があった。


 即座に、視線は外れる。

 目前の体が立ち退き、風が生まれる。


 絡みつく熱が解かされ、暮れの光が視界に戻り、寒さで身が震える。

 魔力の流れが撃ち出された元へ振り向くと、廊下の奥にアプリリスとリーフがいた。

 足音を空想させない歩みで、二人が近付いてくる。


「夜遊びは、そこまでにしておきなさい」

 間近まで来たアプリリスの視線は、進む先に向けられている。


「よぉ、アプリリス~」

 癖のある抑揚で、ロジェが言葉を返す。

 魔法を当てられて吹き飛ぶでもなく、体勢を保ったまま距離を取った。

 アプリリスからの攻撃に対応したらしい。


 ロジェは直剣を盾にした構えを解く。

 手にある剣に見覚えは無い。実用性を残した装飾と色合いは、聖者の持つ剣と似て、光神教と無関係とは思えない。

「ローリオラス……」

「手紙は気に入ってくれたか?」

 確かな事といえば、剣が隠し持つ大きさでない事だろう。

 ロジェの質問に返事は来ない。



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