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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
6.同行編:158-185話
179/323

179.直観



 蔵書を漁って棚から抜け出たところ、いつもの机に利用者がいた。

 近くに誰もいない中、唯一近付くこちらに気付き、ロジェが視線を向けてくる。

「少し日が経ってしまいましたね」

「まあ、そんな事もあるだろ」

 剣の稽古を受けて以降も通っていたが、ここ数日は見かけていなかった。

 講義の都合や本人の予定もある。図書館でも積極的に探さなければ出会う事は少ないだろう。


 誘われた隣に座ると、ロジェが本を閉じる。無地の栞は使われていない。

「アケハさんは、市街に詳しかったりしますか?」

「いや、まず出歩かないな。ロジェこそ、どうなんだ」

「話しておいてなんですが私も知りません。でも、噂くらいは聞いていますよ」

 大半が貴族である学生も、庶民に混じって街へ出歩く事はあるだろう。話題に上がれば、出歩かないロジェにも情報は届く。

 交友関係の乏しい自分は、情報も集まらない。

「最近は、どんな噂があるんだ?」

「お店関係では、お菓子や料理でしょうか。仕立屋さんや日用品のお店、贈呈花もよく聞きますね」

 普段から豪華を控えている教会でも、花は飾られている。装飾として標準的な物らしいが、長持ちしないなら、石や木の装飾に置き換えたいところだ。

 ただし、雑草でもない生の植物は都市で貴重である。贈呈花の整った色と種類により変わる匂いは、雰囲気を作る要素のひとつだ。特別感を与える重要な道具なのだ。

 衣服に花を植え付ければ話題の足しになるだろうか。


「お土産を貰う一方で、誘われて一緒に行けないのは申し訳なくて……」

「護衛を雇ったり、変装したりはできないのか?」

「個人的な事情で、あまり頼れないんです」

 ロジェは貴族名を語っていない。貴族とも限らず、家族関係も知らない。

 たとえば、自由時間や移動が制限されていれば難しいだろう。

「そうなのか。無理を言って悪かった」

「いえ、心配してくれたんですね」

 ロジェが手袋を外して、机に重ねる。

 下がった視線の先。膝の上で両手を緩く握り、指が自身の肌を撫でている。

「自由に出歩く事には憧れますし、いつかそうなりたいとは思いますよ」

 言い終えたロジェが動きを止め、背筋を整える。


「そうだ、アケハさん。怪我の方は大丈夫ですか?」

「怪我なら表面だけだったから、今は問題無いな」

 剣に打たれる際に全身硬化で傷を抑えていた。今は痛みも失せてわずかに痕を残すだけ、数日の内に全て治る。

「次に会った時は、訓練の予定を決めるんだったか」

「嫌なら断わってもらって構いません。迫ったのは私ですから、無理に続けて嫌われたくないです」

 嫌々行ったわけではない。 

「女性と戦うだけでも矜持に関わり、女性に教わるとなると侮辱と捉える場合もありますから」

「俺は気にしないな。それに、誰にも知られていないだろ」

 まともに勝つ経験など、弱小の魔物相手の時だけだ。負ける事には慣れている。


「逢引と思われて困るのはロジェの方じゃないか」

 本来、男女二人で他人を排する状況は避けるべきであり、婚約関係でもなければ不名誉は女性側に傾く。

「……私を貰う人などいませんよ」

 変に突いていまったようで、ロジェが陰気に語る。

 醜美の目利きは無いが、一目で優れているとは分かる。次は身分や心持など。とにかく、容姿以外の問題であるのは確かだ。

 事情を知らない自分は立ち入れない。

 ロジェの表情を晴らすために、話題を戻すべきだろう。


「まあ、痛みは嫌いじゃないぞ。一方的に圧されている方が安心できる」

 訓練で負ける事に不満はない。むしろ、勝つ自信が無いまま伸びしろを感じられなくなる方が怖く、煽てる位なら叩きのめしてもらいたい。

「えっと、アケハさんはそちらの造詣に深いのですか?」

「……どういう意味だ?」

 周囲を見回した後に顔を寄せてくる。

「その、女性に叩いてもらうのが好みとか」

 外聞に関わるかのように呟かれた内容は、全く間違っている。

「いや、弱い自覚があるから、指摘される方が安心できるだけだな」

「そうですか、良かったです」

 引き下がったロジェが一瞬見開く。

「……いえ、決して悪くはないです。少し、気持ちの整理がいるだけで、正直に教えてもらえると嬉しいです」

「今は無いが、その時には伝えるよ」

 仮に叩かれる趣味ができたとしても、求めに従ってくれそうな相手は既にいる。外まで持ち込む事は無いだろう。

「いつでも構いませんから」

 笑いながらロジェが話す。

 図書館では声を抑えるとしても、笑みまで抑える必要は無い。


 会話が途切れたため、読書を始める。

 魔法の情報は、いくらでも欲しい。

 ありきたりな魔法から、使い手の限られる部類まで。

 争う事態になれば誰がとも限らず、大勢の相手となれば知識を余らせる方が難しい。


「魔法といえば、まず個人の適性を考えてしましますけど、人同士の相性も有るみたいですよ」

 唐突に話しかけられたが、聞き逃さずに済んだ。

「聞いた事が無いな。教えてくれないか?」

「はい。魔法というと個人で扱う印象がありますが、誰かの隣で扱う場合や複数人で制御する場合に、人の組み合わせが魔法の精度に関わるみたいです」

 学園で学ぶような、体系化された魔法を扱えなくても大体は理解できる。

 複数人で制御するなら技量を揃えた方が良く、協調性の少ない者も避けたい。

 そもそも、魔力を外で動かす事は、自身魔力を放出する魔法妨害と変わりない。変に流れ生み出せば、整える側からして邪魔に思われるのは当然だろう。


 近くに寄るだけで魔法が邪魔される事も、常に少量の魔力が漏れているならあり得る話だ。自分の経験でも、無意識に漏れる魔力が掴んでいる魔石に注がれていた。


「長年連れ添ったり、一緒に訓練した者の方が魔法の効率は良いそうです。風習としてある幼少期の顔合わせも、機会を増やした方が良いという経験から生まれたものかもしれません」

 風習に関しては一因になるだけで、他の理由も数多いだろう。

「魔法未満の、魔力の流れが影響するなら、あり得る話だな」

「少し、確かめてみませんか?」

「どうするんだ」

「手を重ねてみて、不快になったら駄目というのは、いかがですか?」

「魔力の相性以外も関係しそうだな」

 手汗ひとつで評価が変わりそうだ。

「まあ、遊びの一種ですから」

 とにかく、本を一旦置いて、ロジェに従う。

「少し寄りますね」

 すぐ隣に位置取りをした後は、膝の上で互いの手を重ねる。


 力を抜いている手は脈の振動が伝わりそうなほど静かで、時折ロジェの親指が撫でてくる。

 相手の魔力を感じ取るなんて事はできない。

 流れを確かめるには魔力を動かす際の抵抗を確かめればいいわけだが、他人の体に魔力を送り込むのは危険かもしれない。

 する事といえば、平静を保って魔力の揺れを抑えるくらいだろう。


 重ねていた手は軽く握られた後に解かれ、ロジェも姿勢を直す。

「どんな感じでしたか?」

「とりあえず、危険は感じなかったな」

 触れるだけで相性が分かるなら、組み合わせを変えて確かめていけばいい。

 自分は参加していない魔法の講義では、経験しているのかもしれない。

「ロジェは、どうなんだ?」

「何でも受け入れてくれそうな柔らかさ、でしょうか」

「単純な肌の硬さとは合わないな」

「まあ、ただの印象ですから」

 ロジェは手袋をつけて、本を手に取る。

 寄った距離はそのままで、昼まで席を共にした。



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