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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
6.同行編:158-185話
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178.滞留



 食後の匂いを整える飲み物で口の残留感も消えている。

 広い個室の中央にある机には、直前まで彩りある料理が飾られていた。

 揺らぎの少ない照明と慎ましい装飾の数々に包まれ、従者である自分やレウリファが聖者たちと相席する。

 給仕の者は当然、同じ服装のリーフでさえ壁際で休んでいる。


 中央教会に暮らし始めて半月だが、違和感は相変わらず。

 学園では上下関係が重視されており、この光景を知った学生は批判か疑問を投げかけてくるに違いない。

 例外に当てはまるのは、日々の活動で分かっている。

 従者を続けながら学園に通う者など他にいない。 


「ラナンに休みの日はあるのか?」

「ほとんど無いですね。でも申請すれば自由に取れますよ」

 視線を向けた時から待っていたように、ラナンが言う。

 ラナンやフィアリスは学びに忙しい。専用の施設で過ごしているため、朝夕の食事でしか会えない。

「というと、街を出歩くにも許可が要るのか」

「はい。加えて、護衛も連れていく形になりますね」

 従者以上に行動が制限されている。

 人の視線から逃れられないのは立場ゆえにだろう。

 そのあたりの事情には、まったく憧れない。

「窮屈だな」

「教会内の方が気楽なくらいです」

 敷地は素人が迷子になるほど広い。畑もあると聞くし、教会関係者には様々な役割がある。人の動きを追うだけでも暇つぶしは可能だろう。


「でも、帰ってきてからも訓練続きだろ?」

「聖者は、鍛えるのが役目ですからね」

 馬車に揺られている間は、訓練時間も減ったという意識があるのか。

「それに弱いので……」

 ラナンの言葉に反応して、フィアリスの表情が落ち込む。

「部外者から見ると、ラナンが弱いとは思えないんだが……」

「魔法も戦いの腕前も、歴代には遠く及びませんから」

 ラナンは聖者になって、三年しか経っていない。聖者の学習量が学園の基準より上なら、まだ教育途中のラナンが、過去の聖者と比べて劣るのは当然だろう。

「覚える事は沢山あるので、学び放題ですよ」

 功績を増やす事に焦っている風でもなく、ラナンは純粋に力を求めている。


「アケハさんも学園に通って、自由は少ないですよね」

「探索者の頃と比べれば、自分で判断する機会は減ったな」

 強制ではないと言われながらも、反対した事は少ない。

「そうだが、学ぶ価値はあるぞ」

 戦闘で有利になるから学びたい。

 必ず敵対するとは限らないが、探索者や光神教が相手では戦闘は避けられない。先にある問題に早めに対策して安心が欲しいのだ。


 既に敵視されているなら、相手の予想を外れない自分は勝てないだろう。

 ダンジョンの事だけは秘密にしておきたいが、自分でも把握しきれていない。


「強い方が安心できる。……これじゃ、ラナンと変わらないか」

「僕と同じですよ」

 ラナンの微笑みが崩れないため、こちらの表情は不自然になっていないらしい。

「特に不穏な状況なので、力を増やす事に迷いはありません」

 魔物による襲撃、ダンジョンの騒動もあった。

 大きな事件が続いている以上、原因が明らかになるまで落ち着かないだろう。

「多くの人を守るためにも、鍛えておきたいですから」

 ラナンには憧れない。

 守られる多くが、こちらの敵になりかねない。

 同じような言葉を告げる事も無理だ。


 鍛えられるほど脅威になる。間近で知れるがために、恐怖を抑えたまま観察できてしまう。他より注目してしまう。

 ラナン個人にさえ敵わないのに、国相手に対立する事などできるはずがない。

 勝てる気がしない。

「負けないように俺も鍛えるよ」

「はい。一緒に強くなりましょう」

 必要があるなら追い付く。万が一を防ぐために情報を集めておきたい。

 だからこそ、光神教に紛れ込んだ。


「アケハさん」

 アプリリスに呼ばれる。

「聖都の町並みを見た事はありますか?」

「いや、通学途中に窓から眺めるくらいだな」

 貴族街の広く整った道路を見て、他の都市より整備されているのは知っている。

 古い建物でも馴染む、落ち着いた町並みがあった。

「レウリファさんと馬車で観光に行ってみるのはいかがですか?」

「馬車なのか」

 アプリリスに提案された馬車では、御者も付いて身軽とはいえないだろう。

 移動は早いかもしれないが、露店を回る時には空き地に待たせる事になる。

「ここへ来てから閉じ込めるばかりだったので、出歩く際の手配はさせてください」

「庶民の服だとレウリファが目立つか?」

 相乗り馬車でもなければ、庶民が馬車に乗り回すのは変だろう。

「見せびらかす訳でなくても、快くは思われませんね」

 ラナンの言葉に、アプリリスも同意する。

 聖都でも市街を歩く獣人は少ないらしい。一度学園に見かけた者も、学生ではない様子だった。

 知らない者からすると、獣人は魔物じみており、奴隷としての利用も好まれていない。

 他人の目が集まる事は避けられないだろう。

「従者の服であれば教会関係者と察して丁寧に対応してもらえますが、今は孤立して欲しくない状況です」

「治安が悪いのか?」

「いえ、聖都だからこその理由です」

 危険というには街の活気が似合わない。衛兵がいないなんて事も無いだろう。

「教会との関係が根深いために、派閥の対立が明確に表れてしまう。対立派閥の土地に踏み込んでしまうと、最悪、帰れなくなるかもしれません」

 関係者が狙われるだけで、街の人を狙う理由は無いか。

 案外、危険な場所で暮らしていたようだ。

「教会内は大丈夫なのか?」

「絶対ではありませんが、直接的な攻撃は起こさないと読んでいます」

 自分が訪れてから半月経つが、干渉してきた者はいない。

 それ以前を知る者の判断を参考にすると、現状は危険ではないらしい。

「外を出る際には、安全を期するなら聖騎士の護衛を連れてください。指示が楽になるようリーフも付けますから」

 アプリリスの提案は最善なのだろう。

 護衛が付けば、狙う手段も大胆な物に限られる。衛兵が集まる事態となると手を相手も引くはず。

 聖騎士へ指示を出すにも、リーフに取り持ってもらえるなら自分の気持ちは軽くなる。


 こちらの存在も頭数程度ではなく、守るべき対象と思っているらしい。

 ダンジョン騒動から保護する目的で従者に加えられたが、別の理由が無いとも限らない。

 魔力量の多さといった、表向きの価値を探す事は正しい行動だろう。

 従者という立場を失った後の活動に関わってくる。


 庶民に隠れる事を考えたが、二人だけで出歩くのは難しい。レウリファの件もあれば、学園に通う自分の顔が知られている可能性もある。


 ただ、アプリリスのリーフ推しが分からない。

 頼まれ事には誠実だが、普段の行動を見れば、アプリリスの性格とかけ離れている。

「やったー。最近、懐が財政難だったからお駄賃……。財源確保に困窮していたんだ。」

 視界の外で陽気な声を出すリーフが、厄介払いされているとも考えられなくない。

 逆に、できる事しか頼まれない環境を意図して築いたとすれば、かなり有能だろう。

 給与の確認は数日前にあったはずだが、金に困る状況から隙が生まれそうで怖い。


「出歩く予定ができれば、早く伝えるようにするよ」

「はい。お願いします」

 会話を終えると解散して、各々の行動に戻った。



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