表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
6.同行編:158-185話
177/323

177.素肌



 教会の自室に戻って、まず半日使った学生服を着替える。

 外着はレウリファに拾われて、衣装棚に吊り下げられた。

 訓練着と共に籠へ落とされた中着は、洗い場に運べば翌日には乾いた状態で返される。

 教会で済むようになって準備という手順を怠けている。食事も、入浴も、知らない誰かに任せきりだ。


「大勢いる分、洗濯係も忙しいだろうな」

 作業をまとめる事で効率が上がるにしても作業量は多い。自分では務まらない。

「乾燥室も馬車が並ぶくらい広いので、干した物を取り込むだけでも大忙しですね」

「レウリファは見た事があるのか」

「はい、掃除の様子を。やっぱり、家庭とは違うみたいです」

 話ながらレウリファが、衣装棚から従者服を取り出す。

「天井近くに巡らせてある綱に吊るすのですが、紐を引くと綱が回る機構があるので、干せる場所まで往復する必要が無いと聞きました」

 下着ひとつで寝台に腰掛けているこちらの正面に、レウリファが来る。

「急ぎで乾かすための部屋まであって、個人では揃えられない設備だと思いました」

 片手に抱えていた替え着はこちらに渡されず、手の届かない対面の寝台へ降ろされた。


「傷、沢山できてますね」

「結構打たれたからな」

 捨て身の突きを制限されてしまえば避け一辺倒になる程度に実力差がある。

 ロジェから学べる事は多いだろう。

「お疲れ様です」

「ありがとう。まあ、自分の為だ」

 レウリファが近寄って全身を眺めてくる。

「触れられると痛みますか?」

「大丈夫だ。薬も塗ってある」

 視線を動かしたレウリファから、手を伸ばしてくる気配が無い。


「その……。膝に座らせてもらえませんか?」

「裸のままでいいのか?」

 でなければ、先に服を渡してもらいたい。

「はい」

 同意したレウリファが服を一枚脱ぐ。

 悪い予感は続かず、体型が少々浮き上がる程度で済んだ。

 背を見せたレウリファが振り返りながら腰を降ろし、収まりを探して左右に小さく揺らした後には、背中を預けてきた。

「足の力は抜いていい」

 一声かけて増した重みも、膝上で広く分散する。

 芯の有る柔らかさは、種族や性別が関わる肉付きの違いだろう。腕を回して安定させた後も、レウリファに動きが残っている。

「あと、あまり動かないでくれると……助かる」

 尻尾に撫でられるのは。誘われているとしても時間帯が悪い。

「やっぱり、重さが気になるので、添い寝にしてもらえませんか?」

 レウリファが始めた事なので自由に任せる。


 下着姿で留まるには寒い室内でも、レウリファから伝わる熱は温かい。

 寝転ぶ体を背後から抱き込み、腕の毛並みに指を伝わせる。

 お腹辺りへ腕を回すと、レウリファが腕を合わせてきた。

「少し汗臭いですか?」

「まあ、そうだな」

 素肌が重なり、わずかな仕草も捉えられる。

 おそらく、こちらの呼吸もレウリファへ伝わっている。


 従者の服装は質が良い。肌を擦らず、動きも阻害しない。

 良い服だが、光神教に敵対させる予感に着心地が悪くなる。

 事を起こさなくても駆除されるのではないか。

 その時には、レウリファも共謀者として処罰を受けるだろう。


「頼りにしていますから」

 物静かな中、唯一の音が届く。

「……私の事も、好きに利用してください」

 奴隷になっている時点で無関係ではない。

 自分の立場が悪くなれば、レウリファにも影響する。

 それでも、自分だけの違和感を他人に任せられない。


 ダンジョンを操作する事は、ニーシアでも可能だった。

 洗礼の記憶も無く魔法が使える件も、マギポコには認められている。

 孤立感の原因となっていた事柄も、換えが効く類であると分かってきた。


 誰しも考える事で、単に自分だけ演じる能力が足りないなら笑える話だ。

 失敗が致命的な分、慎重になっているだけ。調べが済む頃には気兼ねなく話せる内容になるかもしれない。

「まだ、いける」

 こちらの言葉に対して、レウリファから容認が小さく返してきた。

 後は体を冷やさないように、目の前の体を抱きしめる。

 布団を被せる事は最後まで無かった。


 湿気による貼り付きを解いて、離れた後はお互い従者の服装になる。

 隣り合って座る今も、手は重なっている。

「ここでの待遇に不満は無いのか?」

 雇い主でない自分が聞いて改善できるわけでもない。

 加えて、庶民とも言えない半端な生活を送らせていた自分が、だ。

「はい。でも手料理を食べてもらえないのは残念です」

 専門の人が給食を作る厨房に、他人は立ち入れない。大勢が関わる場所では許可を取るにも待つはず。

「暇ができた時に、街の店で厨房を借りてもいいんじゃないか?」

 教会の食事自体に不満は無いだろう。

「それなら、市場を歩いて、食材を探しておきたいですね」

 聖都を出歩く、良い機会になる。

「賃金もたっぷりありますから」

「これまで使う機会が無かったな」

 賃金は半月経った辺りで知らされていた。

 住み込みで滞在費用もかからない割に、木貨に届いている。現金支給だが、教会預かりも可能で、身軽な量だけ手元にあればいい。

 レウリファの方が受け取りは多い。獣魔の世話代を差し引かれる自分だが、余りだけでも十分過ぎる金額だった。


 魔物素材が換金される瞬間を知る側としては、馬車に運ばれている時間が賃金に相当するのは奇妙だ。

 人を運ぶ事に価値がある以上、人が移動する事自体に価値があるのは事実だ。

 だが、教会の指示に従う対価としても、行動の制限は少なく、自由時間は多かった。

 働くという意味を狭く捉えていただけかもしれない。選ぶ余裕も無かったのだ。


 夕食後には獣魔達の下に向かい、様子を確かめる。

 光球の魔法による薄明かりを気付かれ、動いている姿が見えたため軽く毛繕いを行う。

 離れない雨衣狼へ仕草を交わしながら眺めた部屋は広い。駆け回るには狭いが軽い運動には気にならない。聖女専属の従者部屋より確実に広い部屋だ。

 大型の獣魔を納めるには必要な広さかもしれない。そんな魔物を貴族が飼っているとして、まず教会に持ち込まれる機会は無いだろう。途中の市街で混乱が起きる。


 部屋の壁に暴れた跡は無いため、極端な負担は与えていないみたいだが、庭に出す機会は増やした方が良い。

 寝床に敷かれる麦わらは聖都近郊で作られる物かもしれない。

 掃除と食事を任せている飼育係も世話には慣れただろうか。自分の獣魔は排泄場所を守る事に関して、他より優れている。

 魔物への警戒が薄れたら、世話は容易な方だろう。


 とにかく、自分の目的以外でも、時間を費やす先は多い。

 答えの見えない問題が解決するまで、余裕の無い日々は続くだろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ