表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
6.同行編:158-185話
176/323

176.剣姫



 ロジェが選んだ場所は少数用の部屋だった。

 更衣室と繋がる訓練場所は、室内にあるため雨の日にも使える。上側の通気口に加えて、閉じている窓を全開すれば風通りも調節できる。

 更衣室の棚から察するに十人未満での利用が想定されている。二人には広い。


 講義と重ならないよう予約して、教員から利用許可を得る。話の合間に語られたが、手配に手間を要しただろう。素人だとしても、時間分は対戦相手を務めたい。


 聖騎士の訓練着の方が動きやすかったが、残念ながら普段持ち歩けるものでもない。とはいえ庶民向けではない値段で、運動用である事は確かだ。

 男女での違いは見えず、体型に合わせて白色の中着と渋茶色の外装を着る。

 革でない厚手の外装が、頭部や胴体、関節周りを保護しており、転倒での危険も減らされている。


 後ろ髪を縛るロジェは模擬剣を二度ほど振ると、こちらに注意を戻す。

 寄ってくる間に半目を解いて微笑む。

「どうですか?」

「準備はできた」

 こちらの準備運動は長く、模擬剣を持って体を振り回し、最後は剣を様々に振る。


 ロジェの場合は、後ろ髪さえ揺れたと言えない動きだった。

 剣を振る腕に走りは合わせず、勢いを込める事も無い。

 柔らかい人を斬るには十分な動きなのだろう。探索者であれば大体の魔物は振り回しの利く鈍器で構わない。刃がある事で力が集中するものの、当たってこその攻撃だ。


 先ほどから見えている戦士の印で、一応の警戒はしている。勝てない自信はある。

「手合わせ、お願いします」

「ああ、頼む」

 頷いた後は、真剣な表情で進み来る。

 盾は無い。


 一閃。

 背丈肩幅を広く覆う大剣も見かけた事はあるが、小ぶりな模擬剣も自由に振り回せるほど軽くはない。

 下げ気味に構えた剣は、想像より滑らかに動かされる。

 踏みとどまるなら腕を振る間が失せてしまう。

 大振りを抑えて、襲ってくる剣をひたすら弾く。


 歩みに緩急は見えず、ロジェの体が揺れて、こちらの剣は空振る。

 防いだはずの剣がなおも迫り、道に舞い込んだ布のように、こちらは振り払われる。


 魔物相手に力と勢いで戦う時とは異なる、手数と余裕に満ちた動き。


 手と足の動きが器用に合わない。

 ロジェの違和感を追うほど、自分の動きが悪くなる。

「駄目。私を見て」

 一撃を狙うたびに、疲れが増す。

 筋力が劣っているわけでない。

 避けられ、逸らされている。


 込めた力を無駄に捨てているのは自分だ。

 相手の想定内では勝てない。

「そう……」

 諦める。足りないなら、賭けに出るしかない。


 自分が多く経験してきたのは、一歩引いた戦いだ。

 避けて逃げて、力で対抗して勝てない相手の隙を狙う。


 安定した勝ちを狙えないなら、そうするしかない。


 距離を取った後も、ロジェは悠々と歩く。

 捨て身で突進する。剣を投げるより有効な手だ。

 速度が変わらなければ寸止めも狙える。

 こちらの方が腕は長い。一歩の幅もある。

 

 屈み、踏み込み。

 躱されたのは当然だろう。

「私の方が長生きできそうですね」

「勝てないな」

 目の前にあるロジェの体がある。

「剣術はどのくらい続けているんだ?」

「十年以上ですね」

 体を離した後、呼吸を整えるのは自分だけのようだ。


「長いな……。普段から鍛えているのか?」

 問いかけると、話し辛そうしていた表情が晴れる。

「はい、歩きながら素振りしたり、剣筋だけを意識して変に振り回しています」

 年数も含めて、自分よりは確実に鍛えている。

「一時は剣を抱いて寝たりもしていました。……鞘に納めた状態ですよ」

 後付けの説明は疑わないが、剣に親しいというべきなのか。

「さすがに、それは疑わないぞ」

「そうですよね……」

 ロジェ本人は否定して欲しかったのか、変に落ち込む。


「剣を扱う上で、秘訣があったりするか」

「あくまで私の主観ですけど、構いませんか?」

 返事を返すと、ロジェが剣を横に抱える。

「剣を振るのは、相手を観察するついでにです。訓練を続けている内に、見覚えのある動きに勝手に反応するようになる。根性論ですね」

 ロジェが話し終えると共に、撫でていた剣が下ろされる。


「俺の立ち回りだと、どんな感じになる?」

「アケハさんは冷静な感じです。剣が寄ってきても、痛みを想像して委縮する様子はありませんでした。戦い方を変えた事もあります」

「切り替えたのは、ロジェの一声がきっかけだけどな」

「聞こえていたんですね」

 いや、他に音がなければ、聞こえるだろう。

「武器を構えると周りが見えなくなる方も多いので、聞こえるアケハさんは剣士としての見込みが十分にあります」

「落ち着いていたというなら、剣を受けても重い怪我をしない自信があったからだ」

 訓練だからと安心している事もあるが、硬化魔法は常に使っている。

 自分を刃の潰れた剣で殺すのは難しいだろう。

「自信ですか……」

「一応、魔法で防御している」

「全身、大丈夫という事?」

「ああ」

 鋭い物では傷を浅くする程度だが、無かった時と比較するだけでも、少々の自信は付く。

「何か変ですね。魔法が苦手と聞いていたのに」

 ロジェの疑問は当然だ。

 魔法の一覧によると、全身強化は難しい部類に入っている。

 制御によっては防御一方になり、他魔法と並列させないと攻撃できないという点でも、扱える者が限られてくる。

 才能に余裕がなければ、まず全身強化を学ばない。


 自分の場合は別だ。

 一般の魔法が使えず、学べる魔法も限られる。

 適性が無い事までは話さない方が良い。


「訓練相手というか、動く人形なら成れるぞ?」

「……少し卑屈すぎ。でも、相手をしてもらえるなら、いろいろ教えますね」

 不審な表情を解いたロジェが、遅れて答えを出す。

「いいのか?」

「はい。でも時々ですよ」

「これから、よろしく頼む」

 短い期間だが、技量は追い付かないまでも、自分の改善はできるだろう。

 教えてくれるロジェの、時間も無駄にはできない。

「こちらこそ。お願いします」

 握手で触れた肌は自分より柔らかい。

 重い物を扱う者は皮が厚くなるという話を聞く。探索者でも、手の一部が濃く変色していたり、硬くなっている場合がある。

 使い込んだ痕跡を、ロジェの手から感じ取れなかった。


 再開した訓練では、指摘を受ける連続だった。

 剣の振り方から体の動かし方まで。対人訓練に限らない指導をロジェが行う。

 結局、挑戦して一方的に打たれたまま、ロジェの体へ剣が届く事は無かった。


 更衣室は少数で使うわりに物が揃っている。

 壁の一面だけ十ほどに仕切られた棚があり、休むための椅子もある。部屋まで繋げられた水道のおかげで、水場まで移動する聖騎士より楽をしている。


 だが、男女で使うには悪い。

 自分が上半身を拭く間、ロジェは衣服も脱げずに留まっていた。

「少しの間だけ、後ろを向いていてもらえませんか?」

「部屋を移ろうか?」

 目線が気になるなら隣へ行かせればいい。訓練室なら外扉も開けない。

「いえ、向こうだと、体が冷えますから」

「わかった。終わったら呼んでくれ」

 動きの無い景色を見ていると、背後で物音が鳴り始める。

 脱げた服、絞られた布から滴った水。自分より時間をかけて行われている。体を拭くにも、髪を洗うにも。女性は容姿を厳しく見られるため手間がかかるようだ。


 香水か何か。容器が開けられて閉じるまでの音。

「女性に傷をつけた男性が責任として結婚を申し出るという、おとぎ話を知っていますか?」

 背後で着替えを進めているロジェが、話しかけてきた。

「いや、知らなかった」

 気配が近づき、足音の最後には背中から風を感じた。


「こちらを向いて、服を脱いでください」

「ロジェ」

 必要も無く、近寄られている。

 すぐ逃げられるよう、姿勢を意識して体を回した。


「傷薬があるんですけど、使いませんか?」

 目の前にいるロジェが容器を開けて、中の軟膏を見せてくる。

「思ったより強く当てたみたいで、アケハさんの肌に傷を残しそうなので……」

 転倒したり、剣を受けた傷も数日で治るものでしかない。

 ロジェが気にする事ではないが、先ほどの話に関係していそうで傷跡を早く消しておきたい。


 受け取った傷薬も、匂いは普通だ。

「届かないと思うので、手助けしますね」

 場所をわざわざ覚えるというのは、真面目過ぎる。

 怪我をさせた事に負いがあるなら、任せた方が良いのだろう。

「手の届く場所は、先に自分でしていいか?」

「わかりました」

 服を脱いでからは、自分の体を丁寧に見直して、今回が原因でないような傷も探す。

 それでも見落としはあったらしく、傷薬を返されたロジェが体側面に薬を塗り込む。


「実は衝立があって、背後を向いてもらう必要も無かったんですよ」

「使っていたのか?」

「いいえ。アケハさんがいつ気付くのか、笑いをこらえていました」

 いや、見られる心配をするのはロジェの方だ。言われる立場が逆になっている。

「あまり、慣れていないんですね」

「まあ、利用したのは初めてだな」

 作業が終わり、ロジェが傷薬を鞄に片付ける。


 服装を整えた後は、戸締りも済ませる。

 訓練室を去る直前、外扉の手前で止まったロジェが振り向く。

「大体でいいので、予定の無い時間を教えてもらえませんか?」

「日は分からないが、昼以降なら空く場合が多いな」

「わかりました。次、会う時に決めましょう」

 ロジェと別れて、待っている馬車へと向かう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ