174.適性
「一度、手から魔力を放出してみるか? ……光の正面に手を向けて、抑えた状態から慎重に。《灯火》が消えたところで出力を保ってみてくれ」
魔力放出を増やすと、目の前の光が薄れる。
このまま消えていくなら、防御のための硬化魔法が無駄に思える。細かく調節するのも面倒で、魔力量だけに頼っても大体の魔法を消せるだろう。普段、硬化魔法に使っている分を流用しても、十分な防御になる。
光が消えて、部屋の明かりがひとつ減った。
「最低単位の魔法だが、妨害には比較的多くの魔力を消費する。アケハの魔力は抵抗力が低く、浸食力も低い。倍はいかないが、前回の計測で魔力量が少なければ教えなかったかもしれない」
魔力による妨害も、細かい実力差を補う程度らしい。
当然だ。絶対に勝つ方法があれば誰だって学ぶ。備えというなら、実力差を補う手段を大量に集めておく事だろう。
これまで安心できる状況など一度も無かった。一時の慢心だけだ。
「次は徐々にではなく、勢いをつけて放出する。魔力量は今の半分ほどで有効なはずだ」
マギポコの指導通りに魔力を動かす。
勢いをつけた事もあって、光は一気に消えた。
「慣れるのが早いな。魔力の放出も上手く抑えている。少し強めた状態で試してみるか?」
「お願いします」
マギポコに頼んで、魔力妨害を練習させてもらう。
明るさは変わらないが、消す際に必要な魔力は増えた。
光から外れた向きに放出しても妨害にはならず、
放出を止めて手で光を包み込むと、別の場所で光が生み出され、装置上部を手で覆うと、魔力供給が断たれるためか光は生み出さなくなる。
あらかじめ、十分な魔力を放出しておくと、光が現れるまで遅れがでる事も分かった。
「魔力濃度が悪い、少し換気させる」
「満たすのは危険ですか?」
光が再出現する時間を確認するために、最初より魔力を放出していた。
「悪いな。特定の魔力が濃いと機器が狂う。他人の魔力は不純物で、魔法の制御が難しくなる。魔力感知ができる者からすれば、威嚇や攻撃準備と思われる。やめておけ」
常用するには問題のある手段のようだ。普段は硬化魔法を保って、必要なら魔力による妨害を行うべきなのだろう。
「防御として一手ではあるが、妨害してくる相手にわざわざ寄ってくれるか? 距離が増すごとに消費も増大する、包み込む形を変える動的な妨害も可能だが、そこまでいくと直接的に攻撃する方が楽だろう」
魔力妨害では物理的な攻撃には対処できず、戦技に優れる聖者とは到底戦えない。他にも勝てない相手は変わらず多いはずだ。
「天井の照明にも影響がありますか?」
「良い発想だ。だが、中々難しいぞ」
マギポコが場を離れる。
「まず、対策として魔法に頼らず光を生み出している。魔力実験を行う度に、明かりが消えていたら困るだろ。それでも魔力で妨害は可能だが、魔力が通りにくい素材で被覆されている。結界で囲まれた、独立した《灯火》の魔法という感じだろう。槍なんかで突く方が早く壊せる」
目の前の魔法の光と同様、明るさ調節はできるみたいだが、魔法でなければ魔力による妨害は難しいらしい。
「言っておくが高いぞ。部品の換えは効くが市販じゃない。街の外灯より維持費は安いが、購入費用で圧倒的に勝る。やるなら、納得される言い訳を用意してくれよ」
一度くらい試してみたいが、誰でも壊せるなら試す理由も少ないだろう。
「少し、対象を変えてみるか。私が標的を用意しよう」
マギポコが隣に来る。
「《灯火》」
手を差し出したマギポコが告げる。
手の上に現れた光は、横の装置と変わりない見た目だ。
「今は放出だけで妨害してくれ。出力は今まで試した程度なら問題無い。直接魔法を向けられると、防御も貫かれるからな」
使える魔法は硬化だけ、攻撃魔法は教わっていない。
一応、体内の魔力を乱して怪我を与えられるが、離れていればまず無理だろう。
「妨害対策もいくつかあって、復元力より強度を高められる。魔力を迂回させたり、発動位置をずらしたり。途中の魔力を保護したり、あるいは出力を高めたりだな」
マギポコは話しながら光を自在に動かしている。
手で追えない速さや、緩急をつけた動きで光を消せない。
「後は最初から独立した魔法を使う事だ。供給が不要で制御を手放しても魔法が保たれる。
《火球》なんて最初に形と向きを示せば勝手に飛んでいく。一度形になってしまえば、作った相手を殺しても魔法が残る」
マギポコの手へ魔力を向けても、光は消えない。
妨害を防がれたのか、あるいは手以外から魔力を送っているのか、分からない。
「……魔法というより魔道具だろう。動作させれば後は自動。魔力を蓄え、制御するまでを魔力が担う。そこに関わってくるのが適正だ」
適性と言われると、魔力の復元力でも話していた。
「適性は道具や部品になる魔力の有無といっていい。水を運ぶのに器を使うとしても、アケハの場合は魔法の度に道具を使い捨てるしかない。他の者は常に道具を携帯しており有事の際、すぐ使える」
原始的な方法で効率も悪い。工夫を学べないと後になるほど苦労するだろう。
「魔法の規模が大きくなるほど制御が増大するが、アケハは制御による限界が早く訪れるだろう。制御の才能があっても適性が皆無だと魔法は難しい」
体系化された多種の魔法が使えないという点は大きく劣る。
「できない事は無いと思うが、魔法にしても完全に解明されたわけではない。アケハが優秀な列に並ぶには、魔法についての研究が数世代は足りないというのが現状だ」
数世代といわれると無理という事だろう。
「魔道具を集めるだけでも十分な戦力になる。務まらない部分を除けば、かなり優れた魔法使いになれるだろう」
狙われる立場になれば、いずれ勝てない相手が現れる。戦技で、魔法で勝てない相手を、ダンジョンを操って倒せるとは思わない。
隠れ潜むか、認めてもらえる相手を探すか。光神教を巻き込む賭けは怖い。獣魔の数体は認められても、際限なく増やせる魔物までは認めてもらえないだろう。
ダンジョンの機能を知り尽くしたわけでも無く、人間を殺す事が目的だとDP増加が示している点で、疑問も残っている。
最初に見かけた精霊も、正否は不明だが人を殺す事が正しいと主張していた。そんな相手が関わったダンジョンを残して問題が起こらないか。
とにかく、情報が足りず、集める手段も限られている。
アプリリスに賭けるにも本人も聖女についても知らない。
変に動くより、耐えるべきなのだろう。
「魔力妨害の解説はこのくらいだな。装置は残しておくから、試したい時は前日にでも知らせてくれ」
実験室を明るくしたマギポコが、退出の準備を始める。
部屋の施錠して、通路を進み、建物を移る。
二人で教授の部屋に戻った後は、昼になるまで座学を続けた。




