172.魔力の価値
「俺が関わったダンジョンの件はどうなったんだ?」
ダンジョンは壊れたが、襲撃犯の死体は組合で回収したはずだ。証拠品となるダンジョンコアを何故か報酬として受け取った件も、解決していない。
現物はニーシアに渡して行方知れずであり、手元にあるダンジョンコアは以前から持っていた物だ。加えて、魔族を自称するサブレが関わった誘拐事件についても伝えていない。誘拐犯は痕跡も無く消えたが、こちらは知られているだろうか。
一部情報を隠している事実が発覚すれば非難を受けるかもしれない。
それでも、こちらにも都合がある。打ち明けた場合に光神教が味方でいると判断できない。自分の身を捧げるつもりで話す事などできないのだ。
「討伐組合に潜んでいた内通者は捕縛されています。そこから得た情報で、犯人の候補にいくつか貴族名が挙がり、重要事案として貴族邸への捜索も行われました。参考人として保護する予定でしたが、邸宅内で違法な物品が発見されたため、一部の貴族が拘束、監禁状態になったというのが、これまでの推移でしょうか」
貴族か。
目の前にいるアプリリスも、聖女フィアリスも貴族名を持つ。貴族といえば権力が強い印象があるため、犯罪をするにも規模は大きくなりそうだ。
「あくまで状況証拠ですが、王都の件に関しては、ダンジョン襲撃を計画したのは複数の貴族で、犯罪組織へ依頼に加えて、ダンジョンへの潜入や道具の手配も行っていたようです」
内通者と繋がりがあれば、今言われた判断にはなるだろう。
「そうだったのか」
「はい」
高級な魔石が複数、光神教と敵対する勢力に流出している。事件に関わった自分も注目されたままの可能性があり、警戒を残すべきという話らしい。
アルベートから詳しい内容を教えてもらったが、理解できた内容は大して増えなかった。
談話を終えて、自室に戻ると、レウリファが飲み水を貰い容器を持って出ていく。
厚みのある壁、遮音性も高い室内なら隠し事もそれなりに可能だろう。教会施設は、薄板で区切られたような庶民の家とは比べるまでもなく頑丈だ。
都市を囲む壁には劣るが、壊れる事はあまり考えられない。
魔物からすれば別なのだろう。辺境の都市では襲撃の際に、壁も教会も壊れたらしい。
魔物は脅威なのだろう。上手く扱えるなら、普通以上の戦力が得られる。
ダンジョンだって使う者次第では、光神教と直接対立する力を持てるのかもしれない。
押し入れの中の金庫を開け、ダンジョンコアを手に取る。
棚を取り外すと上手く収まったため入れたままにしているが、鍵を失くす恐れもあって施錠せず、金庫は単なる収納に成り下がった。
付近に立ち寄る者は聖者関係に限られているが、盗まれる危険はある。教会内にダンジョンの事件に関わる内通者がいないとも限らない。ただ、普段から持ち運ぶわけにもいかず、ダンジョンを設置して固定するなんて手段も選べない。
そこらの魔石より形は整い、青色も深い。装飾品にもできそうだ。
10,345DP
意識を向けると、反応が届く。何もせず放置した事もあって、DPは以前と変わっていないだろう。
魔物でも少量は増えるが、人間を殺して得られるDPを見れば、用途は決まってくる。
ただ、ダンジョンが魔力で活動しているなら、殺して得る必要は無い。
ダンジョンを設置すれば規模に応じてDPは自然増加する。周囲に存在する魔力からDPが得られるなら、魔力を得る機会を増やせばいい。
魔道具に魔力を供給するように、ダンジョンコアに魔力を送ればいいのではないか。平均より優れていると判断された自分なら、DPの表示が増える程度の魔力を注げるだろう。
自分の魔力で運用できるなら、ダンジョンの利用価値も上がるはず。
魔力供給には慣れており、使役の指輪を付けたままでも問題は無い。
魔力を込めた際の抵抗は少ない。
アンシーから貰った魔道具で魔力供給に慣れた経験からすると、これまでで一番だと思う。
抵抗が少ないほど蓄える量も増えるというのが魔石の性質だ。ダンジョンコアを壊して得られる魔石は、手頃に買えるものとは別格なのだろう。
魔力を送っているが、DPの変化は感じない。
全体的に魔石のような見た目をしているが、全てが魔石として使われるわけでもないとは聞いた。ダンジョンコアも魔道具みたいに、魔石以外の部分があるのだろう。
抵抗は変わらない。
魔力を蓄えるほど、魔力を注ぎにくくなるはずだが、その感じが無い。
穴の開いた桶に水を注ぐように終わりが見えない。
学園で魔力量を調べようとした程度に続けようとしたが、扉が叩かれる。
「少し待ってくれ!」
ダンジョンコアに触れていた事を他人に見られたくない。
急いで金庫に納めて、押し入れを閉じる。
扉まで進み慎重に開けると、水瓶を持ったレウリファが立っていた。
「レウリファだったか……」
「アケハさん?」
「いや、何でもない」
レウリファが部屋に入り、水を机に置く。
こちらへ振り向いた後は、何かを探るように部屋を見回した。
「何かしていましたか?」
「少し、魔力を動かした」
「魔法の練習ですか」
「結果的にはそうなった」
ダンジョンコアに変化が無かったため、自分がした事といえば魔力を動かしたくらいだ。
気になる事があるのか、レウリファが嗅ぐように顔を寄せ、体に触れてくる。
理由の分からない探りは、一周してようやく落ち着きを見せた。
「何か変な部分でもあったか?」
学園でも普段以上に魔力を使っていたため、自覚できない異常があるかもしれない。
「いえ」
距離を取ったレウリファが外着を脱いで棚の脇に吊るす。
自室なら身軽でいる方が楽だが、先にいた自分が脱ぎ忘れていた。着たままでも構わないが、夕食まで時間はあるため脱いでおく。着脱の手間も少ない。
並んで座ったレウリファが、使役の指輪を気にしたように腕を捕まえてくる。
「首輪を確認してもらえませんか?」
前に調べてから、それほど日は経っていない。緊急の異常があるという様子でも無いため、あくまで魔力残量の確認なのだろう。
奴隷の首輪を調べると、十分な魔力が蓄えられている。
期限を二か月にした時点で簡単に減らなくなった。こまめに確認する必要も無いが、以前の習慣からか、レウリファに不安があるのかもしれない。
定期的に確認できるなら、壊れた場合でも早く対処できるだろう。
「私は、アケハさんの奴隷ですよね?」
形としては奴隷だが、養っているとは言い難い。
両者とも教会に住み、教会に養われている。以前より環境の整った生活で、レウリファの方は従者の見習いとして働いているのだ。
主人奴隷といえるのは魔道具の有無だけかもしれない。
「どうだろう」
「そこは断言してくれないと困ります」
獣人は奴隷という立場でないと社会で活動できないため、主人の役割は重要だろう。自分の奴隷であることを否定しようものなら、レウリファが奴隷屋に運ばれる事態になりかねない。
とはいえ、守り切る力も無い。
「魔法を学ぶから、多少は守れるようになるかもしれない」
「そういう事ではなくて……」
レウリファとしても、主人が死ぬ事は避けたいはず。強くなって困る事は無いだろう。
満足する答えでないのは当然で、レウリファの表情からも見えている。
靴を脱ぐと寝台に寝転ぶと、こちらへ手を伸ばしてくる。
「ご主人様。私を抱きしめてもらえませんか?」
突然だ。
話が噛み合っていないのは確実だが、断わる用事も無い。
目線を合わせて寝転ぶと、レウリファが胸のあたりまで潜って抱き着いてきた。




