17.討伐組合クロスリエ支部
奴隷商人が女の獣人は愛玩用に購入する事が多いと言っていたが、レウリファは家事ができるみたいだ。
「レウリファは他に何が出来るんだ?」
「この都市について教わっていますので、稼ぐ手段を見つけられるかもしれません」
都市に詳しくない自分にはできない事だ。
「何か生産できるものがあれば、職人組合に登録して都市内で販売するのはいかがでしょうか」
「他人に売れそうなものは作れていないな」
木の家具は素人作りであるし、木材や炭も大量には運べない。農作物も畑がまだ小さいため自分たちを養うぐらいだ。
大きな荷車を買って運ぶ場合でも、家までの道を整備しなければならない。
「私が狩りで捕まえた動物の素材を売る事もできます」
「どういった素材が売れるんだ?」
「基本的に毛皮や牙、鮮度がよければ肉や内臓も売れます。魔物であれば魔石も可能です」
魔物を召喚して素材に加工するなら安定した収入が得られるのか。
食料の次はお金になるのか。露店でも魔物の皮を使った靴が置いてあったのだ、確かに売れるのだろう。
生肉は2日もかけると悪くなるから運ぶことはできない。保存できる素材を溜めておいて売る方がいい。
「そうなのか、素材を売る方法なら自分もできそうだ」
解体に関しては、下手な自分が行うよりもレウリファに任せてしまった方が良いかもしれない。
腹切りねずみが持つような小さな魔石なら自分も集められる。
「貴族や商人に直接取引できるのであれば売価も上がりますが、そうでなければ討伐組合でまとめて売ることになります」
オリヴィアが貴族だったが懇意にしているわけでもない。
「取引できる相手はいないな」
「であれば、討伐組合にご主人様が登録してもらえると助かります」
「奴隷だけで登録はできないのか?」
「はい、主人の許可無く経済活動を行うことを防ぐためにそう決められています」
奴隷の行動の自由を主人が管理できるような制度が整っているらしい。
「わかった、明日にでも討伐組合に行こう」
持ち金にも余裕はある、消費も多くないので素材の売値が多少安くても構わない。腹切りねずみのような質の悪い魔石を買い取ってくれるか分からないが。
相談を終えて少し休憩する。
洗濯を終えたニーシアが部屋に戻ってくると部屋の一角に衣服が干される。
絞ってあるらしく水気が少ない。干しておけば明日には乾くだろう。飛び止めをしっかりと嵌めているニーシアを見ていると、料理と洗濯を任せっきりになっていることに気が付く。自分の分ぐらいは自分でしてもいいのだがニーシアに頼りっきりになっている部分もある。
「ニーシア」
「どうかしたのですか?」
「さっきレウリファから聞いた話だけど、狩った動物の毛皮や牙といった素材をお金に替えられるらしい」
「それならあの場所でも長く暮らせそうですね」
「ああ。素材を溜めておいて悪くならないうちに都市に運ぶ形にしようと考えているが、それでいいか?」
「はい、いいですよ。アケハさんの家ですから自由にしてもらって構いませんよ」
同じ場所で暮らしている分、生活にかかわることは知らせた方がいい。収入の有無でニーシアが目指す生活も変わってくる。
「ありがとう。それらの保存期間を延ばすための燻製場を別に作るつもりだ。あと、食事や洗濯をレウリファに頼んでもいいんじゃないか?」
「駄目です。それだと私の仕事が無くなってしまいます」
「そうなのか」
「はい。私だけ何もしないでいるのはつらいですよ。でも、レウリファさん」
「何でしょうか、ニーシア様」
「料理は教えてくださいね」
「かしこまりました」
洗濯物を干し終えたニーシアと揃って食堂へ行く。
奴隷や獣人は珍しいのか周囲の席からの視線が目立つ。大通りを歩いていても獣人が他に居た気がしない。聖光貨を使う機会なんて無いだろうし、都会で住むだけなら奴隷を買うのは無駄な出費になる。自分も臨時収入が無ければ買う事も無かった。
見られている本人は気にしていないようだが、聞いてみて嫌なら隠させよう。
自分も特徴的な耳の微動を見てしまうのをどうにか抑えている。料理が食卓に並んでしまえば、そんなことも気にはしなくなるだろう。それにあと数日過ごしたら、当分は人に囲まれない生活になる。
食事を終えると受付人から鍵を受け取り、自分たちの宿泊部屋へ戻るとそれぞれ眠るための準備をする。
獣人のレウリファは毛繕いをしている。数種類の櫛で梳かしていき毛を落とす。掃除の行き届いた場所で暮らすなら必要なことなのだろう。人間と異なる部分に注目してしまうが、レウリファはこちらを気にしていないように見える。
振り帰ると後ろの寝台にいるニーシアも、様子が気になっていたように顔を向けている。
少しの間ニーシアと目が合い、少し笑うと反応を返してくれる。
「アケハさんも、もう眠りますか?」
「そうだな、早起きできるように寝ておくよ」
明日は素材を売る事ができるように討伐組合で登録を行う。荷物になる食料も買い込んで、帰る準備が整ったら次の日に都市を出る。
「ニーシアは何か個人的に欲しいものは無いのか?」
「欲しいものですか」
ニーシアが視線を降ろす。指を動かし、握り込む。
視線の移動を観察しているとこちらに顔を向けた。
「あの、手鏡は買えますか?」
生活用品として購入していなかった事に、言われてから気づく。手鏡自体は露店でもあったはずだ、新品でも過度な装飾が無ければ草貨十数枚で収まるだろう。
「店にでも買いに行くかな」
「いいんですか」
「買えるなら早い方がいい」
喜んでいることを伝えるような仕草をしてくる。安いものが置いて有れば自分の分も買っておくのもいい、予備にもなる。
レウリファは布に落とした毛をごみ箱に捨てている。彼女が持っていた手荷物の中身を確認していない。
自分が寝転ぶと二人も眠れる体勢を取り始める。
左右から動く音が聞こえるのが気になる。ニーシアと二人の時はここまで気にならなかった。
まだ足元も確かな明るさであるが眠れるうちに眠ろう。レウリファが持つ武器はどうしようか。
部屋の鍵を返してから宿の受付人から討伐組合の場所を聞く。都市の大きな門のすこし進んだ所にあるようだ。手鏡だけ先に買いに行ってから駅馬車を使って向かう方がいい。
通りにある鏡を売る店に入る。レウリファが店の看板に気づいてくれなければ、通り過ぎていただろう。文字が読めないと少し不便だ。
この辺りでは鏡は生産していないようで他の都市から運んできた交易品らしい。落ち着いた木の縁取りの手鏡を選んでこちらに渡してくる。
レウリファも手鏡は持っていなかったので装飾の少ないものを1つ買うことにした。ニーシアが探していた間に自分の分も決めてあるので、それらを店員に渡して壊れないように布で包んでもらう。
ニーシアの要望も達成できたので討伐組合へ向かう。
建物自体は古いようだ、左右に立つ建物も同じ管理だとするとかなり大きな施設だ。建物を行き交いする人の流れが多いことを考えると建物同士に関係はあるだろう。
レウリファに聞いて、登録ができる建物の方へ進む。
「討伐組合の登録か。この時期に来るとは珍しいな」
討伐組合に登録することを伝えると受付の男はこちらを値踏みするように見てくる。
「最初はこの魔道具に素手で触れてくれ」
板の一辺が光る。大人の証となる洗礼を受けた事の確認だろうか。奴隷用の魔道具は扱えたため気にせずに触れてみたが、魔道具の反応が何を意味しているかは知らない。
男は机の下から用紙を取り出す。
「……戦闘奴隷がいるなら稼ぐことはできそうだな」
受付の男はこちらを一目見た後に横にいるレウリファの方へ視線を向けた。自分で狩りをするつもりは無い。戦闘の難しさは盗賊の時に知った。人間と他の動物では対処の方法が違うかもしれないが今は配下の魔物たちとの訓練だけでいい。
名前や出身を聞かれて受付の男が用紙に文字を記入していく。出身はニーシアの住んでいたナイアラムの村と偽った。ダンジョン出身とは言えない。
登録料を払った後に識別票の金属板を受け取る。
2枚が付いたもので数字と文字が刻まれているらしく、片方には細かい文字が刻まれている。
「一定期間貢献をすれば仮登録を終えて、他の場所でも実績を引き継いで活動できるようになる」
他の地域とも協力しているならば、かなり大きな組織だ。
「本当は初心者講座を受けさせたいが、今は事務処理に追われていてな、時間はかかるが口頭でいいか」
特に急いでいる事も無い。聞けることは聞いておきたい。




