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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
6.同行編:158-185話
164/323

164.学園



 鐘の音に起こされる事は、ここにくるまでにも都市の教会で経験している。

 教会の敷地内にある鐘塔は、清掃を行う者以外は上がれないらしい。

 朝の支度を済ませた後はレウリファと別れ、リーフと共に出発の時間を待っていた。


 乗っているのは二人乗りの馬車だ。印を除けば教会の物と判断できない外装をしており、中も座席以外の設備は少ない。荷馬車は別として、市街で走らせる物としては、一般的なものだろう。詰めれば四人乗る事も難しくない。

 聖者が遠出の際に使うような、寝台付き馬車と比較すると小さく感じる。


 アプリリスの従者であるリーフは対面から視線を向けてくる。

「うーん。地味……というか、笑顔が欲しいですね」

「似合わないか?」

「いえ、色合いは似合ってますよ」

 お互い、服の色合いは同じだ。従者の服を着ているため、教会関係者だと一目で分かる。

「学園内に教会関係者は少ないよな?」

「まったく、いないね。正式な訪問でもなければ、誰も立ち入らない」

 教会色をまとって目立つのは今日限り。以降は、すでに受け取っている学生服を着る。

「講義の時間中に訪ねるから、人混みも抑えられるはずだけど。実際はどうだろうね」

「立場の無いような人間だぞ」

「部外者はそんな事情は気にしない。教会というだけでも繋がりはあって損は無いでしょ」

 リーフは前傾になりながら幕を寄せた小窓から外を覗いている

 聖都に来たばかりで、教会の敷地から出た事が無い。街の景観に違いはあるだろうか。

「それに聖者付きと知れば、無理に群がってくるかもね」

「嫌だな」

「大丈夫。時間をずらして最初の勢いも抑えているし、慣れた頃には甘いお誘いも失せるよ」

 聖者付きとは公表されない。立場を明かすのは面倒が多いかもしれない。

「リーフには詰め寄ってこないのか?」

「まさか? 女に寄るのは婚約目当てだし、教会の下っ端といえば庶民だよ。無い、無い」

 小窓から遠ざかると、払うように腕を振る。下ろした手には戦士の印があった。

「しっかり背中に付くから、的になって私を安心させて」

 リーフは組んだ両手を持ち上げると、顔を半分ほど隠す。

「荒事になった時は助けてくれ。盾代わりする分には構わない。丈夫さだけが取り柄だからな」

「嘘でしょ。決闘なんて馬鹿は今どき行われないけど。力勝負で勝てないのは頼りない」

 急に落ち込んだリーフが、前に崩れた姿勢を戻す。

「……まあ、不当に傷害を負わされた場合は、教会からの圧力で平貴族はペシャンコだろうけどね」

「武器がなければ軽い傷で済むし、危なければ走って逃げるが構わないか?」

 学園は魔法を学ぶ場所であるため、出会う学生は使えるとみていい。

 魔法による攻撃なら一撃で死ぬかもしれない。

「うんうん。私も逃げ足には自信あるよ。通路だけは覚えておいてね。あー、アケハは探索者だっけ。そっちの連中の方が乱暴だろうね」

 探索者でも、街中で乱闘するとなると酒で興が乗る酒場くらいだろう。


「意地の張り合いなら盛り上がりそうだけど、大事になる前に警備の人が制止してくれそうだよ。……ってなんで暴力沙汰なの? どらちかといえば言いくるめられて、連れ去られる心配が先じゃない? 例えば、これ」

 そう言いながら、リーフが横の荷物から小さな容器を取り出す。

 指先で掴むと、こちらの眼前に持ち上げてくる。

「なんだと思う?」

 丸めの容器だ。色の付けられた硝子細工で、液体が詰められているのか、中で水面が揺れている。彫り跡も滑らかで、作るのにどれだけ手間がかかるのか、値段も相当だろう。

 飲み水にしては量が少ない。気付け用の強い酒なら、丈夫な容器に入れるだろう。

 会話に関わる道具、話題になるような液体か容器になるようだが。

「わからないな」

 答えを求めているらしく、リーフからは笑みしか返ってこない。

 口角が細く持ち上げられた後は前傾が増して、容器の奥からリーフの体も近づく。

 歯を見せると話すように口を開けてくる。

「これはねー」

 話の途中で、馬車が速度を落とした。

「――あっ!」


 驚いたリーフが姿勢を崩し、抜け出た容器をこちらで掴み取る。

 背を打ったリーフが今度は迫ってきて、容器を掴む手に手が重なる。

 焦ったのか勢いがあり、重ねた手もずれて、リーフが体ごと倒れてきた。

「リーフ、大丈夫か?」

 半ば抱き着かれている状態で、リーフから退く気配は無い。

 直接見れない硝子容器は、手ごたえがあるため無事のようだ。

「あー、うん。……ありがと」

 人間と違う、薄甘い花のような匂いがする。香水を付けているのだろう。


 再び、馬車が動き出して、体が押し付けられる。

「座れるか?」

「あっ、ごめん」

 急に離れて風が生まれる。遠ざかった匂いは、馬車が持つそれに隠れていった。

「これ返すぞ」

「うん」

 受け皿にする手に容器を置くと、少し間があって荷物の中にしまわれる。

「えーと、そう!」

 横向きの姿勢が戻ると同時にリーフが声を出す。

「気を付けておくのは、か弱くない女の子が倒れてきて、香水をかけるアレね」

 両腕が膝を押さえて、張ったような姿勢を取っている。

「匂いが落ちないまま自宅に帰り、両親ばれて交友関係を疑われて、女の子の実家に確認されて、謝罪の面会に来て、っていう風に関係がずるずる進んで、結婚する結末になるんだよ!」

「そうなのか?」

「そうだよ! 異性の噂は広まると面倒なんだ。貴族連中は約束事に厳しいからね」

「まあ、わかった」

 リーフは長く息を吐いて、姿勢を緩める。 

「……人を避ければ、ひとまず問題無いよな」

「大問題だよ!」

 リーフが勢いをつけて立つふりをする。

「名高い光神教の者が人を避けているなんて悪評は下手でも止めて。いっそ、豪遊してもらった方がましなくらいだよ」

「それも、それでどうなんだ?」

「清廉潔白、汚職豪遊。アケハも立ち振る舞いは堂々とすべきだよ」

 胸に手を置いて話しているが、リーフは処世術に長けているのだろうか。

「聖者への悪評を防ぐなら、一択しかないんだが」

「まあ、そうだね。頑張って」

「リーフは、学園で眠るなんて話をしていなかったか?」

「見つからなければいいんだよ」

 空き時間の対応は、従者経験の長いリーフから学ぶべきだろう。

「そんなものか」

「そんなものだよ」

 あまり、参考になりそうにない。

 こちらの考えを察したようにリーフが頭を傾けた。


 落ち着いたリーフは小窓から外を覗く。

 馬車道を進んでいるため、歩道より景色は広いだろう。

「もうすぐ、到着だよ」

 誘われて、外を眺める。

 歩道には制服を着た学生が歩いており、その横には高い塀が道に沿って続いている。

 塀の奥にある施設が学園なのだろう。

 眺めている間に長い距離を移動したが、景色に大きな変化は無い。庶民の建物なら何軒も通り過ぎていただろう。


 到着目前になり、窓から遠ざかるように言われる。

 服のしわを確認する間に、馬車の速度は落とされ、おそらく敷地の中に入る。

 呼び鈴が鳴らされ、返事をした後に馬車を下りる。


 馬車の停留場は、旋回用に広い道があり、中央に景観用の植物が設置されている。馬車道の掃除は欠かせないため、樹木の落ち葉もついでに回収されているのだろう。


「それじゃあ、また昼に」

「帰りもお願いします」

 リーフの声に続き、運んでくれた御者に礼をいってから馬車を離れる。



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